第35話 獅子奮迅の戦い
現在、クライシスには5種類もの魔法効果が重ね掛けで付与されている。
加えてパーティーメンバーにも補助魔法を使ったことで、体内にはもはや攻撃魔法や奥義を使うようなマナの余裕は残されていない。
もしマナがゼロの状態で魔法を使えば、オーバーゼロといって問答無用で気絶してしまうのだ。
だが、それほどマナが少なかったとしも、さして問題は無かった。
補助魔法で限界まで高められた大剣の鋭さ、狂戦士の怪力から繰り出される破壊的な一撃を止められる魔物など、もうここには存在しなかったのだから。
─ザシュッ…パン! ズバッ…パスン!
クライシスが剣を振るう度に血柱が立ち、同時に彼に飛び掛かった数匹のクモ達は一瞬で木端微塵に爆散していた。
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。とはまさにこのような事をいうのだろう。
クライシスが単身で突入してからまだ10秒ほどしかたっていないが、一秒間に二回以上剣を振るっているため、すでに足元には80匹分くらいの血だまりが出来ている。
だがこの無双タイムも長くは続かない。
バフの中でも、真紅の脈動の効果時間は30秒しか続かないのだ。
それが過ぎれば次第に魔物側の勢力に押され始めるようになり、いずれ数に飲み込まれるように殺されるだろう。その前に勝負を決めねばならない。
暗黒の森の中心でクライシスは暴れまくる。
当初は彼も火付け役に回る予定であったが、ラザルスも火付けに加わってくれたため、その分アタッカーに専念することが出来た。
それに魔物たちの劣り役のタンクとして、少し離れたところでマルティやダリアも奮闘していた。
「ハーッ おりゃァ!」
マルティは、クライシスとの修行で確実に身に着けた大神灼波を使いながら、数匹の巨大クモを相手に受けきっている。
またダリアも得意の剣術を駆使して、ぎこちないながらもクモたちを蹴散らしていた。
そして20秒が経過した。
それまでは、魔物はジャイアントスパイダーの変異種しか現れず、ダリアやマルティも十分に戦えることが出来ていた。だがそこに、ついに龍樹が群れでやってきたのだ。
中層にいる龍樹はギードヌの木に擬態して狩りをしている。彼らの移動の速度は遅いが、その分人間よりも倍の体格と強い魔力を持つ手ごわい魔物だ。
「気を付けてください! 少々、大物が来たようです」
クライシスは二人に注意をうながした。
直後、群れは一斉に火炎のブレスを吐き出す。炎は後ろからマルティを狙っていた。
真っ先にその事に気づいたクライシス。
彼は龍樹の群れへと疾風のごとく駆けだすと、マルティを追い越し、火炎の熱さなどものともせずにブレスの中へと突っ込んでいった。
そして、そのまま龍樹の口元目掛けて跳び上がると、まるで自身に纏わりつた炎ごとかき消すような豪快な回転斬りをお見舞いする。
遠心力で威力の増した巨大な鉄の刃が、空中を恐ろしい速さと勢いで飛んで行った。
─ザシュッ! バキバキバキ……
まるで樹木が雷に打たれて根本からへし折られるような轟音が聞こえ、次の瞬間、目の前にいた10体の龍樹の首は残さず地面に落っこちていた。
「ス、スゲー…… マジかよ……っ」
クモと戦いながらも、クライシスの剣技を目撃したダリアは思わず感嘆のため息をもらした。
「マルティ。くれぐれも油断はしないように……」
「は、はいッ! すみ゛ま゛せんしたッス!」
マルティは焦りのあまりうわっずった声になる。
自分のミスのせいでクライシスに余計な負担をかけさせた心苦しさなどもあった。
しかし何より、魔物と本気で戦い全身に返り血を浴びていたクライシスの姿は、普段の紳士的な人物像とはかけ離れており、猛獣のようなまさに見た者に畏怖を抱かせるに十分な狂戦士たるものだったからだ。
クライシスは周囲を警戒しながらも、ギードヌの森の遠くの方をぐるりと見渡した。
まだここからでは、炎が立ち昇っている様子は見えなかった。
そうすぐには森中が大炎に覆われるようなことはないだろうと心得ているが、それでも少しばかり計画は遅延傾向にあるようだ。
そして、真紅の脈動の効果も今切れてしまった。
「マルティさんッ、ダリア! こちらに来て、ワタシ様のフォローをよろしくお願いします」
「「了解ッス!」「おう!」」
ここからは、三人で陣形を組みながら魔物たちの相手をする。
巨大クモの数はかなり減らすことが出来ていたが、時間が経てばまたどこからかスポーンしてくるはずだ。
魔物はダンジョンで生まれるものだ。
そして、クライシス達に与えられた時間はとても少ない。一か所にとどまった状態で、このように増え続ける中層魔物の攻撃に耐えられるのは、恐らく残りもって数分足らずであろう。
ただ現在は真紅の脈動で蹂躙したばかりなので、三人の周囲にいる魔物の数は比較的少なかった。
更なる補助効果を付与するならばチャンスはここしかないと判断したクライシス。パーティーで密集陣形を組むよう指示を出す。
「できればもっと多くの魔物を巻き込みたいのですが、あなた達への狂気耐性の付与も兼ねて一度スキルを発動しておきます。マルティさん!」
「了解っス! オーパーツですよね」
そう言うとマルティは、道着のポケットから銀色の鈴を取り出した。剣闘技大会の優勝賞品、天界の鈴だ。
少し揺れるだけでシャラランという軽やかな高音域が響く。
この音色に注意深く耳を傾けている間だけは、ある種の状態異常への感染を防ぐことが出来るのだ。もちろん、強力な精神異常である狂気状態も防ぐことが出来る。
クライシスは精神を研ぎ澄ませ、鋼の大剣を天高く掲げた。
すると大剣はまるでその根本から浸食されるように、漆黒のオーラに染まっていった。
これは大剣を媒介として、戦意狂渇の効果をより広範囲に届けるためのテクニックであった。
「あ、そういえば今思い出したのですが。天界の鈴は隠れ効果がありまして、邪悪な心の持ち主に対しては逆に精神崩壊を引き起こすのです。 ところで二人は~ ……その点、大丈夫そうですかぁ?」
「えぇっ! そんなの聞いてないッスよ!!?」
「はい。今言いましたから」
クライシスはまるで何事も無かったかのように平然とそう答えた。
「あぅぅ…。ちょいと自信ないかも」
「う、うん。まあオレっちは、日ごろからお年寄りの手伝いとかしてるしぃ~?たぶん問題ないはず……だぜ?」
そんな風に、突如うろたえだした二人の様子を見ると、クライシスは思わず兜の中から笑いを漏らした。
「フフフッ すみません。つい脅かしてしまいました」
「うへへへ、なぁーんだ。クライシスさんも性格悪いッスね! まさかこんな時にウソをつくなんて」
「いいえ、それは本当ですよ。 誰でも状態異常が防げるのだったら、もっとオーパーツとして価値が高いはずですからね」
「………? ええー……」
「ですが、あなた達のような純粋無垢な少年少女であればきっと大丈夫でしょう。ワタシ様が保障してあげます」
「はぁ。まあクライシスさんがそう言ってくれるのはありがたいんすケどー。だったら最初から言わないでほしかったっス。あーあ、もう内心冷や冷やっスよ……」
そうしてマルティとダリアは、クライシスの後ろに隠れると、共にドキドキしながら鈴の音に耳をすませた。
それで二人の精神が破壊されることは無かったのだが、その直後、鈴の音につられて魔物たちが勢いよく集まってきたのだ。
「ク、クライシス!」
それを見て焦るダリア。
だが鈴の音と同時に、狂気は解放されたのだ。
「ジョブスキル発動、戦意狂渇!」
漆黒の魔力波が大剣を要として同心円状に広がる。
複数の魔物たちが悲痛なる叫びを上げながら同士討ちを始める眺望が見られた。中にはひたすら自傷行為に努め、血涙を流し快楽のまま死に至る個体も見られた。
「無事ですか。二人とも」
「は、はい。なんとかね」
「にしても、スゲー光景だな……。何つーか、その…」
二人は狂気状態になった生物の行動パターンを見慣れておらず、ひどく困惑しているようだった。
だが、そんな風にビビっている暇など有りはしない。
狂気になっても、こちらにとって都合の良い行動パターンをしてくる個体ばかりとは限らないのだ。
「ブシャアァァァッ!!!」
先程より向かってくる数はかなり少ないが、魔物たちはより狂暴性を増していた。
「さあ、ここからは戦闘第2フェーズです。気を引き締め直してください」




