第１話　その男、狂暴につき

　ダンジョン。そこには望むもの全てがある。

　人間の髑髏よりも大きなダイヤモンド。

　つけた者の願いを叶える指輪。

　伝説の竜を斬った魔法の剣。

　冒険者たちはロマンを求め、危険を顧みることなく魔物の潜むダンジョンへと突き進む……。

　狂戦士クライシス・フォン・ハイブラスター。

　付け焼き刃の補助魔法と身の丈よりも大きな極大剣のみで、盾も持たずに魔物の群れに無謀な特攻攻撃をしかけるような生粋のバーサーカー。

　そんな彼も、ダンジョンに眠る至宝の数々を追い求める冒険者の一人だったが、普段の素行にはかなりの問題があった。

　もし、彼に悪名高い死霊術師の討伐を依頼すれば、その死霊術師の隠れ家だった農村も次の日には焼野原に変わっていることだろう。

　また、目的のオーパーツを入手するためだけに、ダンジョンを丸ごと壊滅させてしまった事例も珍しくない。

　そんなわけで、狂戦士クライシスは多くの者から反感や恨みを買っていた。

　だが、彼はかなりの実力者でもあったので、他の冒険者は誰も手が出せずにいたのだった。

　しかし、ある日事件は起きた。

　冒険者ギルドの依頼を受け、悪徳領主やゴブリンの群れを周辺の村ごと破壊したその日の夕刻。

　依頼の報告を終えたクライシスがトーンタウンという街の酒場でエールを飲んでいると、いきなり背後から慣れ慣れしく話しかけてくる者が現れた。

「よぉ。久しぶりだな、クライシス」

　その男は派手な赤いマントを羽織り、腰には二刀の剣を装備していた。

　クライシスとは対極の軽装だ。

「相変わらず、ゴチャゴチャと重そうな恰好してんなー。また新しいオーパーツが増えたんじゃないのか？」

「ええ、だって冒険者ですから」

　カウンター席にいたクライシスからはその男の姿は見えていなかった。だが彼はわざわざ後ろを振り返って声の主を確かめようとはしなかった。

　それどころか、男のことなど全く気にも留めないといった様子であり、悠然とした所作でジョッキを持ち上げると、フルフェイスの兜の隙間からエールを器用に流し込んでいた。

「ハンッ、何言ってんだクライシス。冒険者だからだと？」

　するとマントの男は、目の前の戦士の世間知らずを鼻で笑いながらこう言った。

「いいか。お前みたいにS級装備をコレクションしてる冒険者なんて、俺は他に知らねーぜ。お前は自分が異常だってことを、もっと理解した方がいいんじゃないか？」

　そんな風に男は説教じみた事を言いながら、ガッと勢いよく肩に腕を回してきた。そして、どうしてそんなに喋る続けられるのかと呆れるほどの早口で、再びクライシスに話しかけ始めた。

「そうだっ、いい事を思い出したぜ！　ロッドタウンの冒険者ギルドに、すんげー可愛い受付嬢が入って来たのを知ってるか？今度一緒にナンパしにいこうぜ。フツーの冒険者の生活ってのを、またレクチャーしてやるからよ！ガハハハッ」

　一度もやるなどと言ってないのに……。彼だけ勝手にナンパの話題で盛り上がっていた。

　しかも、大声で笑いながら背中をドンドンと叩いてくるので、そのはずみでクライシスはジョッキのエールをうっかり噴き出してしまった。

　せっかくの鎧が酒でべとべとになってしまってる。

　それで、少しばかりむすっとしたクライシス。彼は小さなたくらみを思いついた。

「……はてー、あなたとはてっきり初対面だと思ったのですが。以前、どこかでお会いしたことがありましたっけ？」

「ハ？お前、なに言って……　ハハ―ン、さては俺をからかってやがんなー」

「…………はてぇ？？」

　そういいながら振り返り、両手を上げて頭の上で輪を作るようにしながら、最大限の侮辱のポーズを決める。

　もしこのポーズに名前をつけるならば、「ウキウキッ(サルの尻) ウキキーッ(煽り)」だろう。

「ぐっ、こいつ！」

　ざまあみろだ。

　しかし、とぼけた振りはしたものの、実際の所、クライシスは赤マントの男をよく知っていた。

　彼の名はチンゲンサイという。同じ冒険者で、暗殺者(アサシン)の称号を持つ。

　派手な見た目のお茶らけた奴だが、根が真面目なので、とてもからかいがいのある男なのだ。

「オイ、いい加減しらばっくれてんじゃねー。　……それともまさか、本当に忘れちまったのか？？？」

　すると彼は、正面から回り込むようにして、不安気に兜の中をのぞき込んできた。

　そんな風に十分懲りて困っている様子を見ると、クライシスは含み笑いをしながらこう答えた。

「フフフ、冗談ですよ。　あなたのような馬鹿でアホで観察しがいのあるオモシロ人間を、そう簡単に忘れられるわけないじゃないですか」

「なにッ、てめーっ！　…………チッ、まあいい。今日はゆるしてやる」

　そう言うと、チン・ゲンサイはクライシスの隣の席に腰かける。

「一応言っとくが、お前も相当オモシロ人間だからな？？　オイ店主。俺にもエールをくれよ」

　てっきりクライシスは、いつものようにチン・ゲンサイが自分の兜に殴り掛かってきて、いつものように殴り合いの喧嘩が始まるものだと思っていた。

　なので、あてが外れ少し驚いていた。拍子抜けといってもいい。

　その後、クライシスは言った。

「ところでゲンサイ。この最強の狂戦士であるワタシ様にいったい何の用ですか？　こんな田舎まで追ってくるなんて。ちん毛の跡取りもそんなに暇ではないでしょう？」

「チ、チンゲじゃない。珍(チン)家っだ！　……ハンッ　そんなの決まってるだろう。半年前に俺の私領で暴れ回ってくれた弁償がまだだぜ？　１億ゴールドだ。さっさと払えっての！」

　ダンジョンで入手できるオーパーツには、その価値や能力を評価基準としたEランクからSSまでのレアリティが存在している。

　中でも特に入手難易度が高いSやSSランクオーパーツには、物によるが時に数百億ゴールド相当の価値が定められる事もあった。

　なので、Sランクの強力なオーパーツを複数所持しているクライシスなら、１億ゴールドくらい決して出せない金額ではない。

　しかしクライシスは、チン・ゲンサイへの支払いを何故かずっとしぶっていた。

「フフフ、はて？　なんのことやら」

「ハァーー？！？　オイ、てめーッ」

「あいにく、そのような些末なことでせっかくのオーパーツを失いたくないのですよ。さてと、ワタシ様はこの辺でそろそろ失礼しますね。ではご機嫌よう」

　チンゲンサイを充分おちょくれたのでクライシスは満足していた。カウンター席から立ち上がる。

　だが、そこで予想外の事態が起きた。

　そうして酒場から立ち去ろうとした時、彼は背後からの殺気に気が付く。

　────振り向くと、そこには立ち上がったチン・ゲンサイが二刀の剣を抜き放ち、こちらに向かって刃を水平に突き付けてきていたのだ。

　思いもよらぬ光景を前にし、クライシスは彼に正気を問うた。

「えーと。まさか、さっきの挨拶程度のおちょくりで、切れちゃったわけじゃないですよね？？？　それは流石に、雑魚すぎやしないですか？」

「さぁな。理由なんて、どうでもよくないか。戦いが終われば必ずどちらかは死ぬんだから」

「なにっ！？　…………冗談、じゃないのか…」

　たしかに殺気は感じたが、それも含めていつものふざけ合いである可能性もまだあった。

　ゲンサイの真剣な表情を目にするまでは。

「……剣を向けるという行為が何を意味するのか、あなたは分かっているのですか？」

「もちろんだとも。冒険者どうしの争いはいつだって命がけ、だろ？」

　そう言うと、チン・ゲンサイはフッと冷ややかな笑みを浮かべた。

「いいえ、分かっていない。あなたじゃ絶対に、ワタシ様には勝てないのですよ。　馬鹿だ馬鹿だと思ってましたが、まさかここまで愚か者だったとは！」

「うるせぇッ、何度も言わせるな！　俺には全部わかってるんだ。俺じゃあ、お前に勝てないこともな。だからこそ、俺は本気なんだよッ！！！　……さあ、出番だ野郎どもッ」

　そして次の瞬間、酒場にいた他の冒険者たちが一斉に剣や魔法の杖などの武器を取り出すと、あっという間にクライシスを包囲してしまった。

　元からいた人数と数が合わないことから、事前に数人は透明化で潜伏していたようだ。

　どうやらこれは衝動に任せた行動ではなく、綿密に計画された襲撃のようだ。

　

「……やってくれましたね。このワタシ様を罠に嵌めるとは」

「ここまでしないとお前は倒せないだろう。それに、コイツらは皆、お前に何かしらの恨みがある奴らばかりだ。こういうのを因果応報っていうんじゃないか？」

「ゲンサイ…………」

　流石のクライシスでも、こんな狭い屋内で数十人の冒険者相手では厳しい状況だ。

　彼は、本気の戦いをする時にしか使わない極大剣ブラックエクスブレイドの柄に手をかけた。

「本気で行きます。……死んでも恨まないでください。　蹂躙形態(リモーバルフォーム)、オン！」

　だがしかし、補助魔法が完全に発動する直前に、クライシスの足元には転移魔法の陣が浮かび上がる。

「し、しまった！」

「クライシス。お前の装備は全部いただいておくぜ」

「ゲンサイッ　待て！」

「……じゃあな。相棒」

　転移魔法の陣がひときわ強い輝きを放ったかと思うと、その直後、クライシスの姿はトーンタウンの酒場から跡形もなく消え去っていた。

　跡には彼の身に着けていたと思われるフルプレートの鎧や極大剣ブラックエクスブレイドなどが、地面にむなしく散乱しているのみであった。