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第17話 気功師の技

ほんとうは割り込み投稿をしたかったんですが、やり方が分からなかったので17話と18話の間の話を後ろに挿入しています。つまりこのページは2話分です。見にくくてすみません。

 昨日とは違って、自分たちにはダンジョン攻略に挑むための豊富な用意と算段がある。

 内部の構造や罠も把握してるし、出現する魔物に対抗できる様々なアイテムもそろえた。

 これだけの入念な備えをしていけば、きっとマルティもパーティーへの同行を快く受け入れてくれるはず。


「さあ、彼女を迎えに行きましょう!」


 クライシスは意気揚々とギルドハウスの扉をくぐった。

 その後ろから、ペペロンチーノもひょこひょこと後をついて行く。


「そう上手くいくかなぁ? (私は別にマスターと二人っきりでもいいんだけどね)」



 時刻はお昼を少し過ぎた頃。

 冒険者たちは既にほとんどが近隣のダンジョンに出向いており、ギルドハウスの中はとても閑散としていた。


「この様子だと気功師の子も、ダンジョンに行っちゃってるのでは? マスターとの約束も覚えてないかもしれませんよ」


「いえ、どうやら待ってくれていたようですね」


「えっ、本当ですか?」


「はい、あそこに。 ただ、少し様子がおかしいようですが……」


 たしかにマルティはギルドハウスの中にいた。

 しかし、その時クライシスが見たマルティは、数人の巨漢の冒険者たちと敵対し、今まさにトラブルを起こしている最中だった。


 何故だか、つい昨日もここで同じような光景を見た気がする。

 まるでデジャブのようだ。


 そして、彼らの話し声が聞こえてきた。


「この小娘! よくも我ら、チーム筋肉(マッスル)守護者(ガーディアン)S()をデブデブデブデブ!と何度も馬鹿にしおったなっ」


「へへッ だってそんな風にほぼ全裸で歩きまわるなんて、バッカみたいじゃん」


「これが筋肉美なのだ。 貴様のパーティー加入を断ったからとて、あちこちで我らの悪口とは、腹いせとはいえ見苦しいぞ!」


「くッ。 ……でも、デブには違わないでしょ! このデブ!デブ!醜い肉の塊!」


「ヌぅーーーっ!」


 ……どうやら騒動の原因は、マルティの方にあるようだ。

 しかし彼女から挑発を受けた男たちは、すでに地面に倒れているマルティに対し集団で何度も蹴りを加えていた。

 それは一人の少女に加える暴行にしては残虐であり、明らかにやり過ぎだと思えた。


「気功師ぃ? 知らねえな。そんなローブなんか着て、本当は魔法使いなんだろ!」


国家祓魔法師(エクソシスト)を呼べ! 小娘、お前を火炙りにしてやる」


「ハッ、スライムも倒せないらしい雑魚のくせに俺たちに逆らってんじゃねーよ。オラッ!これが俺たちの筋肉パワーだ。ハハハ」


「そもそもお前のような異端者が、我らの仲間に加わろうと思うこと自体が間違いなのだ。これはその罰だ!」


 マルティは地面の上で身体をうずくまらせながら、男たちからの暴行を必死に耐えていた。


 蹴りと罵声の嵐の中、身体のダメージは気功活性(シェアム)で、暴言に対しては出来るだけ心を無くすよう努めた。

 遠い異国の地でずっと一人で修行の旅をしていたマルティは、この様に除け者にされることに慣れていたのだ。


 ─……体の痛みくらい我慢してれば、そのうちコイツらも諦めてくれる……─


 そう思って耐えたのだ。



 しかし、マルティはたとえ我慢できたとしても、近くで見ていたペペロンチーノは、彼女のことを見過ごせなかった。


「あなた達、やめなさい!!!」


 その声に一番驚いたのは、地面で倒れていたマルティ自身だった。

 今まで見ず知らずの他人である自分に、危険を冒してまで手を差し伸べる他人などいなかったからだ。


 巨漢の男たちは、私刑(リンチ)の邪魔をしたペペロンチーノの方を一斉に睨みつけた。


「なんだ! お前も雑魚(コイツ)の仲間か!」


「うん、仲間よ」


「そうか……。ならお前にもお仕置きが必要だなぁ」


 男たちはニタニタと笑みを浮かべながら、ペペロンチーノに近づいてくる。

 彼らは、ペペロンチーノの身体をなめまわすように見つめ、下衆な妄想を企てていた。


「あなた達、すごい勘違いしてるよ」


「は?何言ってんだてめぇ。それより乳もませろ」


「その子のジョブは魔法使いじゃなくて気功師。それに、私の方がよっぽど魔法使いよっ!」


 そう言うと、ペペロンチーノは思いっきり息を吸い込み、直後に肺の中でマナを練りこめた火炎のブレスを吐き出したのだ。

 傍から見ればそれはまるで龍のブレスのようだったが、その技の正式名称は高位火炎魔法:灼熱の渦奔流(ハイエンドブレイザー)という。


「フゥーーーー!!!(ブォォォオォオオッ)」


「うあチチチッッ!?!」


 火炎のブレスは扇状に広がり、ほぼ素肌の男たちの表皮を軽く焼いた。

 突然の炎に慌てふためき、筋肉(マッスル)守護者(ガーディアン)S()の巨漢たちは逃げるようにギルドハウスから去っていった。


「あははっ ザマァみろぉー!」


 だがその間際、彼らのうちの一人がこんなことを言った。


「このクソ魔法使いどもめ、覚えてろッ! 絶対にチクってやるからな?! お前らなんか、全員火あぶりになって殺されてしまえ!!!」


 それを聞いたペペロンチーノは、思わずドキッとしざるを得なかった。


 この地域─ウポンドーハで、魔法使いがよく思われていないことは、昨日の時点で知り得ていた情報だった。

 それなのに、こんな公けの場所であんな目立つ魔法を使ってしまった。


 もしも、魔法使いであるという噂が立てば、これから様々な危険が伴ってくる。

 それは彼女にも容易に想像がついた。


 王の出した禁止令に歯向かったのだから、国から刺客が差し向けられるかもしれない。

 上位のオーパーツで武装した賞金稼ぎに狙われることになるかも……。

 それに、もし犯罪者となってしまっては、ギルドの管理するダンジョンに堂々と挑むことも出来なくなる…………。


 そういった悪い事が、いくつも思い浮かんだ。


 するとペペロンチーノは青ざめながら、クライシスの元に戻る。そして、その場で跪き謝罪をした。


「も、申し訳ございません、軽率な行動でした。 っ……、私のせいでマスターにご迷惑をおかけすることに……」


 しかし、クライシスは黙ってかぶりを振った。


「いいえ、何も問題はないのです」


「ですがッ!!!」


「……ワタシ様があの程度の集団に、どうにかされるとでも思っているのですか?」


「そんなことありませんっ。ですけどッ…… 私のせいでマスターのお立場が!」



 筋肉(マッスル)守護者(ガーディアン)S()の力量は、装備無しでもクライシスの足元にすら及ぼないだろう。

 しかし、魔法使いが異端とされるウポンドーハでは、魔法を使えると他人に知られること自体がもはや危険であるのだ。

 どんな時でも用心深い最強の狂戦士なら、もちろんその可能性も考慮しているはずだった。


 それにペペロンチーノは、一時の感情に流されたせいで、マスターを貶めるかもしれない原因を招いてしまったことをもっと謝りたかった。

 なので彼女は、とにかく何かを口に出そうとした。


 だが直後、クライシスはペペロンチーノの口をとっさに塞ぐと、それ以上の謝罪を禁止した。

 そこに意義はないと分かっていたからだ。


「ふが?! マ゛ヌ゛ナ゛ー???」


 その場で膝をつき、うなだれているペペロンチーノの手を取る。

 そしてクライシスはこう言った。


「たしかに、冒険者としては少し軽率な行動ではあったかもしれませんね。ですが、冷淡無情ではなかった。人としては正しい行動だったと思います」


「ああ、マスター」


 するとペペロンチーノは、何かに気づき顔を上げた。


「むしろよくやってくれました。まあ、ワタシ様の力では手加減が出来なかったと思いますから」


 そういいながら、クライシスはペペロンチーノの頭を優しく撫でる。


「は、はい! ありがとうございます」


 ペペロンチーノの瞳には生気が戻っていった。



 次にクライシスは、地面の上でただ呆然と座り込んでいたマルティの元に近づいていった。


「たしかクライシスだっけ。こんなことでアタシに恩を売ったなんて思わないでよ! あんなの、どうとでもなったんだ。余計なお世話なんだよッ!」


 心も身体も傷ついたばかりのマルティには、周囲のものはすべて敵に思えた。

 ひん死の獣が全身の毛を逆立てて威嚇するように、彼女はクライシスをギリッと睨みつける。

 だがクライシスには、そんなことなどどうでもよかった。


「なんで、やられっぱなしだったんですか?」


「はい?」


「鑑定魔法でステータスを確認したところ、あなたの持つマナの量はあの冒険者たちを完全に上回っていました。それなのになぜ、気功術で反撃しなかったんですか? なにか理由があったのですか?」


 それを聞いたマルティがみせたのは、昨日見たのと同じクライシスのことを見限ったような冷たい視線だった。


「へへへっ やっぱり何も知らないんスね。気功師のスキルは身体強化が基本で、派手な攻撃技なんかないんだ。だから、いつもアタシはやられっぱなしなんだ……」


 そして彼女は、再び地面の上で自分の身体を小さく丸めた。


「いくら修行しても全然強くなんない……。こんな弱い奴、なんで仲間にしたいんだよ。 もうアタシなんかに関わらないでよ」


「マルティ……」


 心配そうに見つめるペペロンチーノ。

 寂しそうに膝を抱えるマルティが、ドォルポルポラの城でひとり孤独に過ごしていた頃の自分の姿と重なってみえた。

 それゆえに色々悩んでしまい、うまく言葉をかけてあげることが出来なかった。


「なるほど、攻撃技を知らないということですか。……ふむ。ならばワタシ様について来てください」


「え? ちょ、ちょっと!?」



 マルティは、言われるがままにクライシスについていくと、そこはギルドハウスの裏手にある冒険者専用の修練場だった。


 そして雑に藁と木で作られた練習用のかかし人形の前で、クライシスは中腰になり拳法のような構えをとっていた。


「アチョーッ! たしか、こんな感じだと思ったのですが……」


「一体なんのつもり??? あなたは狂戦士っスよね?アタシを馬鹿にしてるんスか!!!」


 素人がいきなり真似ごとで気功術ができるわけがない。

 実際に見るまではそう思っていた──。


「吼えろ、大神灼波(ロウシャッハ)!」


 上下に二つ合わせた手のひらから押し出すようにして、圧縮された気のエネルギーが一気呵成に放出された。

 気弾の直撃したかかし人形はその圧力に耐えきれず、中心から引き裂かれるように爆散したのだった。


 マルティは、思わず言葉を失う。

 彼女の目から見ても、今のは気を使った攻撃技だったからだ。


「ワタシ様の知り合いにも気功師の冒険者がいるのです。その方をイメージしながら試しにやってみました。 といっても、今使ったのはほとんどマナでして……。気をうまく練り切れてないワタシ様でも使えるのですから、マルティさんならもっと強力な攻撃が出来ると思いますよ!」


「クライシス……いや、クライシスさん! あなたって何者なんですか???」


「フフフ、何度も言ってるじゃないですか。 ただ最強の狂戦士ですよ」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【第17.5話 疾走】




 ──その日は、南の森がいつもより騒がしかった。

 ドタドタという異様な地響きが何時間も続き、朝日が昇る頃になってようやく鳴りやんだ。


「ぜェー、はァー。 ぜェー、はァー」


 木々の間から陽光が差すと、汗でねっとりと油まみれになった巨漢たちの肌が照り輝く……。



「はァー、はーっ。 あー、チキショー!!!あの小娘共、よくも我らを散々コケにしおって!」


 そこにいたのは、冒険者パーティー筋肉(マッスル)守護者(ガーディアン)S()のメンバーだった。

 彼らはギルドハウスでペペロンチーノに敗れた後、ザクロ村を飛び出して、ついにはこんな所まで逃げて来ていたのだ。


 ギードヌの植生地帯からは既に抜けており、辺りにあるのは緑の葉を持つ広葉樹林だ。

 木々の少ない開けた場所で、彼らは立ち止まって休憩をしていた。


「ハァ、フゥ…… コザック、これからどうするんだ。もう充分、逃げ切れたんじゃないかな?」


「黙れぇッ、ふんス!」


 それを聞くと、コザックと呼ばれた冒険者は、いきなり仲間に張り手を喰らわした。


「愚か者がーー!!!」


「ぐはあッ」


「いいか、我らは奴らから逃げたのではない。あの、ひきょう者の脱法魔法術師どもに逆襲するため、一時的に撤退しているだけなのだ!それと、吾輩のことはリーダーと呼べと言ったはずだぞ!」


「ご、ごめんリーダー」


 張りてを喰らった冒険者は、頬を痛そうに抑えながらそう謝罪した。

 しかし殴られた彼以外にも、冒険者たちはまだリーダーに物申すことがあったようだ。おどおどとした様子で、彼らのうち一人がこう言った。


「だけど…….。 そんな当て、俺たちにあるのか?」


「はぁッ?なんだとッ」


 コザックはイラつきながら怒鳴り返すが、続いて他の二人もこう言った。


「そ、そうだぜリーダー。もちろん、アイツらを国家祓魔法師(エクソシスト)にチクってやりたい気持ちはそりゃあるさ。でも国家祓魔法師(エクソシスト)が常駐している王都ジャハージまではまだ遠すぎるし。かといって魔法通信は禁止されてるから使えないし……。どうすんだよ一体」


「それに、あの炎を吐いた小娘も恐ろしかったが、後ろにいたクライシスとかいう冒険者もかなりの威圧を出していたぜ。我ら筋肉(マッスル)守護者(ガーディアン)S()の筋肉パワーでも勝てるかどうか……」


 そう言うと、冒険者たちは心配そうな眼差しをコザックに向けた。

 しかし、コザックはこう言った。


「お前たち心配するな。全部リーダーであるこの吾輩に任せるがいい!」


「「おおっ 流石マッスル!」」


 コザックは満足そうな笑みを浮かべる。


「ふふ…… 実はな、この森を抜けた先にあるグローチェリー村には、吾輩の事を知っている神父がいるのだ。神父は国家公認の魔法術師。奴に頼めば法の番人共に連絡を取ることくらい可能だろうさ」


「でもっすよ? 王都からじゃあ、国家祓魔法師(エクソシスト)が駆け付ける頃には季節が変わっちまってますよ」


「間抜けがッ ふんス!」


「ぐはぁーー!」


 コザックは、先ほどのように失言した仲間に張り手を喰らわした。


「コザックさん! 何度も痛いじゃないですか!」


「愚か者め。忘れたのか? オッドポウルにも、あの恐ろしい女がいたじゃないか。あそこからなら、そう時間はかかるまい」


「あぇッ?! もしかして、あの()()()のことを言っているんですか?」


 コザックの言ったオッドポウルの恐ろしい女というキーワードは、ある人物を連想させるには十分だった。

 愚王と呼ばれた先々代の王に仕え、国家の反逆者を次々と惨殺した挙句に王都から追放されたエリミネーターだ。

 おそらく彼女のことを言っているのだろう。


「嫌だ、あんな血も涙もない恐ろしい女に関わりたくない」


「俺たちまで殺されちまうッ!」


 巨漢の冒険者たちは子犬のように震えながらそう訴えた。しかし、コザックはこう言った。


「お前たちは本当に馬鹿だな。脳みそまで筋肉で出来ているのかぁ? 別に、我々が標的になるわけじゃないんだぞ」


「ああ、そうか……」


「我らはゆっくり王都を目指せばいい。ふふ、今から処刑台で奴らの断末魔を聞くのが楽しみだ」


「さ、流石リーダー!」


「ふん、当たり前だ。さぁ、あの小娘やクライシスとかいう怪しい冒険者が逃げないうちに、さっさとグローチェリーまでいくぞっ!」


「「おーう! マッスルマッスル!!」」



 ……だがその時、筋肉(マッスル)守護者(ガーディアン)S()の前に、突如何者かが現れた。


「オイ、そこのくそデブども!」


「お、お前っ…… いったいどこから現れたんだ?!」


 筋肉(マッスル)守護者(ガーディアン)S()の冒険者たちも、それなりに戦いの経験も積んでいた。

 森の中といってもここは見晴らしが比較的良い。何者かが近づいて来ていたら、すぐに気づけるはずだった。


 それでも気配が分からなかったということは、相手は隠密系のスキルを使っている可能性が高い。そう推察ができた。

 それに服装も戦士のような鎧ではなく、盗賊のような黒装束だった。


 襲撃者はこう言った。


「ククク、お前らさっき面白いことを言ってたよな? 俺にも聞かせてくれよ。そのクライシスとかいう狂戦士の話をな」


 黒装束の男は全身に不気味な紫色のマナのオーラを纏うと、ふわりと宙に浮かびあがった。

 そして男の背後からは、恐ろしい怪物が次々と姿を現したのだ。



 後日、筋肉(マッスル)守護者(ガーディアン)S()の消息は完全に絶えた。あれから四人の見たものは誰もいないという……。



お話を読んでいただきありがとうございます!


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