第91話 ケイブロングヴェルツ
暗黒洞窟を離れてから数日後、ダイバー達はついにケイブロングヴェルツの正面にたどり着いた。
リ・ケイルム山の南西側に、ぽっかりと大きな穴が開いていた。
歴代のドワーフ達が何世代もかけて坑道の採掘を続けた結果、何万人も住めるほどの巨大な山窟にまで成長したのだった。
また横穴の前には、ボロン平原という山々に囲まれた草原地帯が存在する。
その向こうにある白馬の丘を越えた先が、コードブレイン社の本拠地〈ガブリエル〉なのだ。
ケイブロングヴェルツの勇士バ・バルゴンが、40人以上の疲弊した獣人族と数人の見知らぬ人間達を連れて遠征から戻ってくると、入り口で見張りをしていた若いドワーフの戦士たちは大いに驚いた。
そうして急いでバルゴンの元に駆け寄り、彼に諸々の事情を尋ねた。
「バルゴンさん!? 何があったんですかっ 彼らは一体?」
「うん。彼らはクローン兵士に操られていた捕虜達なのだ。わしも危ないところじゃったが、ここにいる友人たちのおかげで九死に一生を得たのじゃよ」
「なんと……」
若いドワーフ達は目を丸くしながら、バルゴンと彼の紹介した人間たちを交互に見ていた。
「この件について、わしは直ちにジ・ガルゴン王に報告せねばならない。至急、王のいるロックキャッスルに連絡してくれ」
「は、はい! 了解しました!」
そう言うと見張りの一人が詰所に戻り、何らかの魔法具を使って慌ただしく連絡を取っていた。
その後、バルゴンは残った門番たちにこう告げた。
「この者たちはクローンの秘密基地でずっと強制労働を強いられていたのだ。だから彼らには十分な休息が必要じゃ。たしか、外国の貿易商用の客間があっただろう? そこを使わせてやれ」
「ええっ ですが、あそこは上流階級専用の館だったような」
「ううむ…。いいから、さっさと連れてくのじゃっ!」
「は、はぃーー!」
獣人族たちは奴隷労働から解放された後も、暗黒洞窟からここまでずっと歩きどうしだった。なので既に精神と体力の限界だった。
しかし自分たちに暖かい寝床がもらえると知ると、彼らは喜んでドワーフの戦士の案内に従い街の中へと入っていった。
「バルゴンさぁん おれたちはー?」
「すまんのぉ。おぬしらは少し待っててくれ。先にわしと共に王に謁見してほしいのじゃ。何しろ事の次第を説明する者が必要じゃからの」
「それもそうだね。やることは先に終わらせなきゃ。でもその後は、少し休みたいよぉ」
「グッハッハッハッ そうじゃのぉ。おぬしらには助けてもらったからの。ガルゴンに頼んでとびっきりの部屋を用意してもらおう!」
「え、マジ!?」
ロンドは、何気ない一言から舞い込んだ思いがけない幸運を喜んだ。
するとその時、狐人族の商人チャード・フルーレムがバルゴンにこう言った。
「バルゴン様。ワタクシもご一緒してよろしいでしょうか?」
「何故じゃ」
バルゴンはケイブロングヴェルツの戦士として、王の居城にまだ信用のおけない外国の者を立ち入らせることは憚られたのだ。
しかしチャード・フルーレムはこう言った。
「はい。不躾ながら、他種族の国々に今回の件についての書状を出す際の橋渡し役として、ワタクシは他の誰より適任でしょう。ならば途中からではなく、初めから貴国の会議に参加していた方が迅速に事が進むと思ったのです」
「うむ」
それを聞いたバルゴンは、今は緊急事態であることもあり、チャードを入れても構わないと思った。
「よし、いいだろう。チャドさんもついてくるのじゃ」
「ありがとうございます」
「一刻を争う。すぐに王の元へ向かうのじゃ」
そうしてダイバー達もドワーフ国の中に入ろうとした。
だが直前で、門番の一人がエルフのフリークの存在に気が付いてしまった。
「ちょっと待ってください? バルゴンさん、そのエルフは何ですか?」
「う゛うっ これは、そのぉ~」
「ドワーフとエルフが仲が悪いからと言って、入国を禁止しているわけではないんですよ。ただ……、男のエルフ??」
そういって彼は、おもむろに入国禁止者の名前が書かれたブラックリストを取り出す。
「失礼ですがそちらの方。お名前はッ?」
当然といえば当然。400年前には国庫の金を根こそぎ奪い、200年前には国中の女をナンパしたエルフなんぞ入国させられるわけがない。(ちなみに18年前には世界を一つ滅ぼしている)
ダイバーたちの間に緊張が走る。じっとフリークの動向を窺う。
「フ…フリー」
「フリ???」
「あ。いえ…… 私の名前は、フリリャンセです」
咄嗟に、彼は適当な偽名を名乗った。だが門番は変わらない目つきでフリークを怪しんでいる。
するとバルゴンはこう言った。
「彼の名はフ、フリリャンセ?じゃ。例の極悪エルフとはなんの関係もないぞ」
「そうですか……。バルゴンさんがそういうなら」
すると門番はダイバー達の通行を許してくれた。
だが入り口を通りすぎた後、バルゴンは半べそをかきながらこう言った。
「おぬしぃっ、その見た目何とかならんのかぁ? 男のエルフなんぞ一発でバレてしまう。これ以上誤魔化しきれる気がしないぞ!」
「そうですね……。なんとかしましょう」
先ほども言った通り、バルゴンは一刻も早くジ・ガルゴン王に、ケイブロングヴェルツに迫るクローンの脅威の事を知らせたいと考えていた。
暗黒洞窟内のテレポート装置は破壊したが、こうしている今も〈ガブリエル〉は20万の軍勢を待機させ、侵攻の準備を着々と進めているに違いないのだ。
なのでバルゴンはそのどっぷりした胴体をゆさゆさと動かしながら、できる限り速足で市街を通り抜けようとした。
だが一方で、ダイバー達の足取りは非常にのろのろとしたものだった。
彼らは初めて見る山の中に栄えた坑道都市の不思議な光景に、すっかり目を奪われていたのだ。
少し進む度にその闇の中に映る道沿いや建物の灯りなどが気になり、立ち止まざる得なかった。
横穴の中に作られたこの国は、限られた空間を有効活用するため、すでに作られた住居の上に追加で別の住居が増設されるような階段状の都市構造をしていた。
その立体的で風変りな形も、ダイバー達にとっては物珍しいものだったのだ。
「アメイジング! ドワーフの国が坑道の中にあるなんて実際に見るまで想像もつかなかったけど、これだけ大きくて立派な都市なら、オラリンピークが開かれたっておかしくないね」
鉱山の中に住むというのはドワーフが本来持つ習性であった。
だがケイブロングヴェルツは、都市が丸ごと坑道の中に納まっていた。
左右それぞれの壁面に市街が密集しており、街をつなぐ連絡路がいくつも宙にかかっている。
ダイバー達は今それを渡っていたのだ。
望もこう呟いた。
「とっても綺麗ね。町の灯りがまるで蛍の光みたい」
「この国の街灯は鉱山で採れる精霊結晶を利用しておるのじゃ。だからあのような淡い緑色の光なのじゃよ」
「へぇー、そうなんですか。私この国の景色けっこう好きかも」
「そうかそうか。それは良かったのぉー…… って、今はゆっくり観光してる場合じゃないのじゃ!おぬしら先を急ぐぞ」
そう言ってバルゴンはダイバー達を急かし、再び彼らを先導しだした。
だがその直後、連絡通路を渡り終えた先の曲がり角で、彼らは思わぬ人物と鉢合わせした。
「えっ、あなた達だれ? アスカの知らない人達なの……」
困惑した表情でこちらをじっと見つめてくるのは、人間の女の子だった。白いブラウスと赤いスカートを身に着けており、手にはドワーフの技術工房部で使ういくつかの電子部品の入った木かごを抱えていた。
彼女の姿を見てダイバー達も驚いていた。
「俺たち以外に人間?! 〈ダイバーシティ〉を出てから初めて出会ったぞ」
「しかもさぁ、ちょっと可愛いよ…」
ロンドは同じ年頃の女の子を見て顔を赤らめた。
彼女の名前はアスカ・シャムと言った。そう、〈ゼルエル〉の老技術者ハリス・シャムの孫娘だ。
アスカと顔見知りであったバルゴンは、彼女にこう言った。
「アスカ。彼らはわしの友人で恩人たちじゃよ。〈ダイバーシティ〉という東大陸のコロニーから遥々旅してやってきたのじゃ」
「ふーん。あなた達、外から来たんだ」
すると彼女は、先ほどから自分を見ているロンドの前に行くと、弾けるような笑顔を作りこう言った。
「ようこそ旅の人達! ゆっくりしていってね!」
「うんうんうんうん…! もちろんだよッ!!!」
「ああ、もし良かったらこの国を案内してあげようかっ」
「えっ、本当!?」
しかし、それを聞いたバルゴンがこう言った。
「すまんが、今は急いでいるのじゃ。また後にしてくれるか」
「えーそうなの? あ、そういえばアスカもお使いの途中だった! あなた、ここの案内はまた今度ね!」
アスカはロンドにそう告げると、さっそうとその場から去っていたのだ。
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