第18話 月見里 望
5歳の頃、月見里 望は西大陸のヤマナカ村で暮らしていた。
富士山の中腹に、数百年前からひっそりと存在する場所だった。
「望! 早くしなさい」
「待ってよっ はぁ、はぁー、私の足はお母さんより小さいんだよ」
望は険しい山道を息を切らしながら登っていた。
着衣が義務づけられている道着はとても薄く、標高が高い場所では風も冷たく凍えるようだった。
そんな望の様子を少し先を進む両親は、時々後ろを気遣うように振り返った。
今日は望の5歳の誕生日だった。
ヤマナカ村では5歳になると、初めて山のお社に行くことが出来る決まりがある。
「山道は岩でゴツゴツしてて歩きにくいし、登るのは大変かもしれないが、ちゃんと一人で頑張るんだぞ」
「はぁッ、分かってるよ!誰の助けも借りちゃいけないんでしょ? ふぅ、はぁ…… うん、だいじょぶ。 だって私、この日を楽しみにしていたんだから!」
望は道着の内側から、銀色に光る十字架を取りだした。これは5歳になった祝いに、両親から送られた誕生日プレゼントだった。
それを見た望は、思わずニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべる。初めてもらった物だったからだ。
「ふふっ、山の上には何があるのかな?」
そうして、歩き出す元気がわいた望は、再び富士山を登り始めたのだった。
しばらくして、三人はお社へとたどり着いた。
村よりもだいぶ標高が高いので、空気が薄く呼吸がしずらい。
また辺りには濃い霧がかかっており、空気も非常に冷かった。
霧の中を進み続けると、ぼやけた景色の中から薄っすらと赤い小さな鳥居が姿を現した。
鳥居は塗料を何度も塗りなおされた形跡があり、とても古そうだった。
そして鳥居の向こう側には、村の建物と同じく木製のまたもやとても古そうな建物があった。
旧文明でいうと、神社とか言われる建築物に近い見た目をしている。
「望、コッチに来て」
母にいわれるままに、彼女は神棚と呼ばれる四角い箱の前までやってきた。
神棚の戸を開けると、中には女の人の像が飾ってあった。やや不格好だが、聖母像だ。
「この人だれぇ?」
「うん。この人はねえ、みんなの心の中にいる神様かな?」
そう言うと、母は聖母像を神棚から降ろした。
そして神棚の下に隠されていたノートパソコンと、ケーブルがいくつも伸びた何かの機械を取りだす。
──それからの両親は、まるで別人になってしまったようだった。
狭いお社の中で、二人は望の周りをウロウロしながら、その不思議な機械を操作していた。
「…そちらをお願いします」
「了解しました」
最終的に母はノートパソコンを操作し、父は謎の機械から伸ばした電極を黙々と望の頭につけ始めた。
望はその様子に、ただただ困惑するしかなかった。
「い、いったい何なの!? 二人とも何をしているの??」
しかし両親は、もう望の問いかけには答えようとはしない。
やがて、電極をすべてつけ終わると、父は望が逃げられないように身体をしっかりと押さえつけた。
「準備いいぞ」
「わかったわ………… ショックボルト・リベンション!」
そう言って母がエンターキーを押した途端、望の身体には凄まじい痛みと強い電撃が流れた。
「うう!あ゛あ゛あああああああああッ」
「ダメね。もう一度いくわ……フンッ」
―……なんで、こんな事をするの?――
望には、二人が自分をいじめる理由がさっぱり分からなかった。
いつになったらこの拷問は終わるのか。楽しみにしていたはずの誕生日だったのに。
望は痛みと悲しみで涙を流した。父と母はそれに気づいてすらいなかった。
「まだ足りないかも。もう一回しておきましょう」
そういって母がもう一度エンターキーを押す。だがその時、背後の霧の中でとつぜん何かが蠢いた。
「………様子を見てくるわ」
そう言って、彼女はパソコンから離れ、霧の中へと入っていった。
そして一分も経たないうちに、母の悲痛な叫びがお社の中まで聞こえて来たのだ。
──自分の理解を超える事象が立て続けに起こったせいで、望の心はまさに恐怖でいっぱいだった。
母が出ていってからも望を押さえ続けていた父は、ふとその手を離すとこう言った。
「いいかい。お父さんはお母さんの様子を見てくる。だからここを動かないように!」
「ぐす……なんでこんな痛い事するのぉ! お父さんも、お母さんも嫌い!」
「…………これはとても大切な事なんだ。仕方がない事なんだよ。けど望のためにもこうした方がいいから。ねっ」
どうして?どうしてなの??
だがそう尋ねる前に、父は望の元を去っていく。
「うわあああああ!!!」
次に父と再会したのは、血相を変えそう叫びながらお社の中に駆けこんでくる瞬間であった。
父の身体の半身はエナジーのように結晶化しており、既に絶命していた。
背後からはツヤツヤした肌を持つ隻腕のミュートリアンが追って来ていた。
父はそのミュートリアンに殺されたのだった。
望は無我夢中で御社を飛び出した。
途中で結晶になった母の姿を見つけた。
母も隻腕のミュートリアンに殺されていた。
望はヤマナカ村を目指して駆けだした。
背後からはミュートリアンが迫って来る。
「はあ、はあっ」
さっと後ろを振り返ると、霧の中から自分の背中に青白い手が伸びてくるのが見えた。
鋭い爪の生えた手。人を命なき結晶にさせる手だ。
「いやっ、いやぁぁ……!」
……その時、ようやく望は悪夢から目覚める事ができた。
目を覚ますと、そこはコロニー〈ダイバーシティ〉にある宿の寝室だった。
今までの事はすべて夢だったのだ。
額からは滝のような汗が流れていた。
望はベットから起き上がると、水をためた桶で顔を洗った。
―久しぶりに、昔の夢をみた……―
鏡をみながら望はぼんやりと夢の内容を思いだしていた。
あの後、望はなんとかヤマナカ村まで逃げ帰ったのだが、既に村もミュートリアンによって占拠されていた。
しかし運よく生き残っていた祖父と合流でき、村から脱出する事に成功したのだ。
祖父とは別のコロニーに移った後も一緒に暮らした。
なので自分を襲ってきた父母よりも、祖父の方が今の望にとっては親しみがある。
「懐かしいな。おじいちゃん」
そんな祖父も、このダイバーシティに来る旅の途中で命を落としていた。
「おじいちゃん…… 約束したレリックは、ちゃんと見つけたよ」
祖父との懐かしい思い出に浸って感傷的な気持ちになり、望は小さな涙を流した。
桶の水で再び顔を洗うと、自らの気を引き締めるように頬をパチンとたたいた。
「そうだよね。ちゃんと前を向かなきゃだ」
ベットに戻ると彼女は鞄から服を取りだし、いつものハーフパンツと装備を固定するガーターベルトを身に着けた。
ここまで着ていたボロのマントはもう捨ててしまった為、上着は袖の短い半袖だ。
しあげに十字架のネックレスを首からかけた。
下の階の酒場からは、とても愉快な(騒がしい)声が聞こえて来る。
「ぎゃはははあ」
「がっはっは」
ディップ達はサンドスケイルを倒したネベルを巻き込み、連日連夜、宴と称して酒盛りを行っていたのだ。
「はあ、あの人達まだやってるわ」
望はあきれ顔でそう呟いた。
はじめは宴の主役であるネベルも乗り気でなかったし、酒場に良い酒もそろっていなかったので、すぐにこの宴は終わると思われていた。
しかし運よく(もしくは運わるく)、このタイミングで良質な上等酒が大量に眠っている遺跡の情報が〈ダイバーシティ〉に入って来たのだ。
この報せを聞いたダイバー達は、力を合わせて遺跡を攻略した。
遺跡の攻略にはネベルも参加したため、上等酒を手に入れる事は簡単だった。
遺跡の攻略後、望は大量の酒を手に入れ舞い踊るディップ達にこう尋ねた。
「お酒って高価なものなんですよね。それならいざという時のために保管とかしなくていいんですか?」
「ハハー、望ちゃんはまだ分かってないね」
「え、何が?」
「俺たち、ダイバーってのはみんな馬鹿なんだ。短絡的な馬鹿さ。みんな今と目の前の事しか考えていない。だから保存とか、そういう細かな計算ができるわけないだろう。もちろんこのレリックは全部うたげで使っちまうつもりだぜ!なあ、野郎ども!!!」
「「ディップ!ディップ!ディップ!」」
「はいはいはいッ …………よーーーッ! (パンパパパン!!!)」
ディップの手の動きに合わせて周りのダイバー達は手拍子をする。
見事息が合うと、ダイバー達はさらに低い声で「いぇーい」と唸りながら互いの友情を確かめあった。
それを見ると、呆れながらその場を立ち去ったのだった。
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