第115話 アポストロス
天空の柱を通りすぎ、ジャパンの目印である富士山に近付く。
それを過ぎれば、いよいよ約束の場所は目の前だ。
〈ガブリエル〉上空にいるダイバー達の眼下には、機械化されたかつての都市群が広がっていた。サイバーエイジの物が、地下に埋もれることなくそのまま残っているのだ。その中には明らかに稼働中らしきものもいくつか見受けられた。
「これは、まるで異世界だな。俺たちの見てきたどんな場所ともここの光景は異なっている」
「私が初めてこの科学都市の光景を見たときは、まさに狂気乱舞しましたよ。今はまったく異なる複雑な気持ちですが」
黒鉄の塔の隙間を練るように、飛行車両は進んでいく。
「気をつけろ。あれは全部墓の塔だ」
「ひえっ もっと高く飛んで!」
だが冥界のモンスターが襲ってくるどころか、飛行の間、彼らの進攻を妨害するようなクローンの襲撃も無かったのだ。一行はどんどん目的地に近付いていった。
「ヘイ望! 秘密の部屋が隠されているという君の両親の墓標というのは、どの辺りにあるんだい? そろそろ見えてくるんだろう」
「はいっ、多分あっちです。この辺りの景色が子供の頃とはまるで変わっていて、少し自信はないんですけど」
「ワッツ?それは魔合の後に都市が開発されたということかい」
だがその時、ダイバー達は突如不思議な光につつまれた。と思ったら次の瞬間、彼らは飛行船の中ではなく、遺跡の中のような未来的な建造物の中に移動していたのだ。
「いったい何が起きた?!」
「こ、これは! エクスポートディメンション!!!」
「なに?」
「どうやら…、私たちはどこかにテレポートされたようです」
すると、彼ら一人一人の頭の中に知らない男の声が聞こえてきた。それは一方的な精神の直接通信だった。
(「先へ進め、冒険者たち。あなた方の持つそのキューブが本来あるべき所は、この先の部屋の中にあります」)
「誰だ!お前がアレックス・ブレインズか!」
(「残念ながら月見里家の墓だった石はもうありません。しかしその本質は変わらず今も現存しています。月見里コトブキに託されたのでしょう。さあ、こっちです」)
声がネベルの問いに答える事は無かった。
そして、声に呼応するように目の前の扉が左右と上下に開く
「……先へすすもう」
「ああ」
銀色に輝く鏡のような通路をしばらく進んだ先に、再び扉があった。そこには遺伝子配列と惑星軌道を模したコードブレイン社のマークが描かれており、ダイバー達が近づくとそれは自動で開いた。
扉の先は八角形の形をした部屋でかなりの広さがあった。
壁一面にコンピューターが埋め込まれていた。そして部屋の中央には、ひと際大きなコンピューター高性能管理演算機が置かれていた。
「ようこそ、大聖堂へ」
ダイバー達の目の前には、一体のクローンが立っていた。アポストロスだ。
「初めまして、ダイバーの皆さん。ひとまずアレックス・ブレインズと名乗らせていただきますね」
「お前が…! コードブレイン社のボスか!」
「そして、久しぶりだねフリーク。いや私たちが会うのは初めてなんだけどね」
「はぁ?何言ってるんだお前。頭おかしいんじゃないのか?」
ディップはいつもの喧嘩腰でブレインズを挑発する。
だが、アレックス・ブレインズの姿を初めて見たときから青い顔をしていたフリーク。彼は受け入れがたい現実を前にどうする事も出来ないまま彼にこう尋ねた。
「……その声、その姿! あなたが18年前に起きた魔合の夜の魔法通信の本当の相手なんですね!!!」
「ああ、それは正解だと言っていいね」
「「ッ!!!!!」」
そのクローンは半身がロボット、もう半身はエルフの体で出来ていたのだ。
エルフのレッドアイと機械カメラのオッドアイ。片方の腕は生まれた時から失われており、特殊金属の義手が取り付けられていた。
「あなたがアースの偽物として成り代わり、私たちの世界融合計画の邪魔をしたんですね」
フリークがそう尋ねると、ブレインズと名乗ったクローンはかぶりを振った。
「残念。それは少し違うな。確かに、今私が操っているこの体は最古のクローン体であるのだが、アースそのものと言っても過言ではないのだ。その証拠に、この体の中にある意識体は私だけではない。ほら、彼女も挨拶したがっているよ」
直後、ブレインズの操るアポストロスの顔が、まるで中身の人格がまるっきり置き換わったような表情の変化をみせた。
「あは~ん、見てっフリークぅ! 男と女が合体するって、こんなに気持ちいいのよ! どお、うらやましいでしょ?」
彼女は自分の恥部を激しく弄りまわしながら、フリークの事を愛狂と愛憎の入り混じった瞳で睨みつけていた。彼女は1000年もの孤独とその後の度重なる変体により、大きく精神を歪ませてしまっていたのだ。
それを見たフリークは思わず吐き気を催した。ネベルは彼に声をかける。
「……惑わされるなよ。ああやって心を揺さぶろうとしているだけなんだ」
「ええ、そうだといいですけどね」
「フリーク…!」
するとそれを聞いたアレックス・ブレインズは、フリークの事を嗤った。
「君は話に聞いてた通りの最低な奴だな! 私が彼女と出会ったのは2142年4月の香港だった。第三次世界大戦は終わらせる事が出来たが、その後の世界をどうやったら平和に導いていくことが出来るか悩んでいた時、色々相談に乗ってくれたのが彼女だったんだ。彼女の心にはずっと埋まらない穴があるようだった。彼女の寂しさを辛さを、お前は知っていたはずだ。なのに、道具のようにあっけなく切り捨てた!」
「くっ」
~ブゥン
アポストロスに備わったアドレナリン制御システムが作動し、ブレインズは即座に落ち着きを取り戻す。
「失礼しました。思わず生前の人格が表面上に現れてしまったようですね」
「生前?そもそもお前はAIだろう」
「はい。ですが私も以前はアレックス・ブレインズという製薬会社のただの社長だったのです。しかし死期を前にしても、世界にまだ不穏な戦争の空気が残っている事に不安を感じた私は、自分の脳をスキャンし人工知能と化したのです」
その何者かの話を聞いて、ダイバー達はひどく困惑していた。
「なんだそりゃ、結局お前は何者なんだ?」
「私はアポストロス。文明のさらなる発展を望む者です」
彼の望は、何百世紀をも先を見据えた人類文明の発展だ。そのためなら、もうほとんど見込みのない現在の世界など、多少犠牲になろうが構わなかった。
そして彼女の望は、フリークに対する復讐だった。
「最後に、もう一つ教えてください。班目マダムは?彼女は今どうなっていますか?」
「あいつはー……あなた達がここに来る前に殺しました。ドッペルゲンガーってしってますか?同じ人間が顔を合わせると死んでしまうという伝承的な怪物の話です。そこまでではないのですが、同じ人間が何人もいると、本来の力って引き出せないんですよね。簡単で便利ですが、その点だとクローンは失敗だったなと思います」
「そうですか…………」
「…さて、そろそろ本題にはいりましょうか」
アポストロスは集団の中から望の姿を見つけると、彼女に向かって機械の腕を差し出してこう言った。
「望さん。私に神の雫を渡しなさい。それが一番世界のためなのです」
望は懐から神の雫を取り出すが、キッとアポストロスをにらみつけてこう言った。
「あなた達には渡さない。私たちの未来は自分で決めるんだ」
「そうですか、あくまで抵抗するのですね」
「だとしたらどうするつもり? え???」
いつの間にか、自分の手の中にあるはずの神の雫が、離れた所にいるアポストロスの機械腕の中に移動してしまっていた。
戸惑っている望に対し、彼はこう言った。
「初めて見ますか。これは物体転移装置という物です。さて、これで神の雫は手に入った」
そう言うと、彼は中央コンピューターを操作し神の雫をはめるための台座を呼び出した。そしてそこにキューブをはめ込む。
「やめるんだ!」
しかし、アポストロスの様子がおかしい。どうやら上手くレリックが動作していないようだった。
「うむ。これは面倒な事になった。望さん、どうやら君にしかこの鍵は起動できないように電気的な暗号工作がされているようだね。いったい何処でこんな邪魔をしてくれたのやら……。望さん。もう一度考え直してみてはくれないかな。そうでないと力づくで言う事を聞かせないといけないのだが…」
それを聞いたダイバー達は、武器を持って望を守るように、アポストロスの前に立ちはだかった。
「そんな事はさせるか」
「やいっ AI野郎! 望ちゃんのレリックをこっちに渡しやがれ」
するとアポストロスは、大きくため息をついてこう言った。
「はー、またしても私の邪魔をするのか? ウェーバー博士の息子よ」
「ウェーバー、博士だって?!?」
ネベルは驚いて聞き返した。
「はい。この部屋に入って来た時、君たち全員の遺伝子情報は調べさせてもらいました。ネベル・ウェーバー。君には確かに裏切り者の血が流れている」
「どういう事だ。俺の父さんはロボットの整備員じゃなかったのか?」
「知らないのなら教えてあげるよ。過去に起こった真実を。ただし、時間という資源は限られているから、戦いながらでもいいかな?」




