第112話 死。大いなる改変
―ズドン
地下水路に突如響き渡る一発の銃声。
レーザーブレードを振り下ろそうとしていたシリカは、ふと自分の下腹部に目をやる。
自分の着ていた白いシャツがみるみるうちに、真っ赤に染まり上がっていた。
「……ガリバー、やはりあなたでしたか。 うっ」
「っ! シリカ師匠ーッ」
シリカが倒れると、ロンドと望はすぐに彼女の元へ駆け寄った。
街への出口をふさぐように立っていたシリカの後ろには、いつのまにかガリバー・ゼムスが立っていた。
彼の手には拳銃が握られている。
「残念だよシリカ。本当に残念だ。でも、君が裏切るという運命は私にはわかっていたんだよ」
そう言うと、ガリバーはとどめを刺そうとシリカに拳銃を向けた。
だがそれを見た望は、シリカの前に出ると、手を広げ彼女をかばうような仕草をした。
ガリバーは慌てて銃の照準を上げる。そして望にこう尋ねた。
「なぜだ! シリカは君たちを殺そうとしたんだぞ? なのに何故かばおうとする?」
「……それでも! 簡単に命を奪うなんてしちゃダメなんです!」
しかし、それを聞いていたシリカは、かすれるような声でこう言った。
「あなた達は…本当に甘ちょろいですね。しかしそれも意味ないでしょうね。……どうせもうすぐ、私は死ぬのですから……」
「そ、そんな」
仰向けのシリカは、虚ろな瞳で天を仰ぎ見ていた。そしてうわ言のようにこう呟いた。
「私は死ぬ。この世から消え去る。 あぁ、最後にもう一度、あの子に会いたかった……」
悲しみの表情を浮かべながら、現世と決別し、そっと目を閉じようとするシリカ。
そんな彼女に対し、突然ピクシーはこう言った。
「ダメ! それ以上、闇にのまれてはいけないよ」
「は? 何をいって……」
「マキリが死んだとき、確かに彼の心は辛かったかもしれない。でも安心して?マキリは健やかだよ。きっといつか、またどこかで会える。だからあなたもっ」
「……ふふ、ありがとう妖精さん。たとえ慰めだとしても私は嬉し……っ」
そうしてシリカ・トネックは、静かに息を引き取ったのだった。
そして、ほぼ同時刻。
ネベルとフリークによって最終兵器タイラントを破壊されたロワンゼットは、エクリプスを突き付けられた状態で地面の上で仰向けにさせられていた。
「お前もこれで終わりだ。観念しろ」
自分を守るすべての駒を失い、もはや何の抵抗もできないはずだった。
だがロワンゼットは突然ぶきみに高笑いを始めたのだ。
汎用型人機の鉄の顎がカタカタと動き、機械の瞳がこちらをバカにするように何度も点滅した。
「ふふ……、いいだろう! さあ、ヤレ。この儂を殺したいんだろう?この人殺し! さっさとこのポンコツロボットでも破壊して満足しろ。 …クフフ! 儂の本当の体は今もプールの中で保管されている。つまり、貴様に儂を殺すことはできないのだぁーーーー!」
「はッ? クッ、お前ーッ!」
「ほーれ? さっさとその物騒な剣を振り下ろしたらどうだ? いいかげんここにいるのも飽きてきたのでなぁ。はっはっは」
ロワンゼットは何度もしつこくネベルを挑発した。これまでの事もあり、ネベルはつい怒りのままに剣を振ってしまいそうになったが、その前にフリークが制止した。
「ここは私に任せてください」
そういうとフリークは、ロワンゼットの入っている汎用型人機に触れた。
「はッ 何をする気だ馬鹿エルフ。何をしても無駄だ。お前はさっきの儂の話を、まるで理解できていなかったようだな」
「……理解できていないのは貴方の方ですよ?」
「な、何?」
当然ながら、フリークはネベル以上に怒っていたのだ。かつて愛人だった者のクローンをあんな形でもてあそび、あまつさえ目が見えないことを利用し自分を散々コケにしたのだから。
汎用型人機に触れていたフリークの手には、黒い闇のオーラがあった。
「闇魔法は精神に直接作用する。心には物質的な距離も、時には時間さえも関係ないと思いませんか?」
「? 何言ってるんだ」
「じきに分かります」
ロワンゼットは、ダークヘイズを浴びたのだ。特殊な条件下のため効果が出るまで時間はかかるが、数分もすれば負のエネルギーに侵され確実な死が待っていた。
フリークは立ち上がり、死にゆく者から離れる。そして、その事をネベルに話した。
「そうか。じゃあ、今度こそ戦争は終わったんだ」
「ええ、その通りです」
だんだんと遠のく意識。ロワンゼットも、死ぬはずのない自分が死ぬということを実感し始めていた。
「いやだ。この儂が、こんなところで死ぬなんて御免だ。そんな、バカな…」
「何か、言い残したいことはあるか?」
酷いやつだが、せめて最後の情けと思いネベルはそう尋ねた。だが、すでに朦朧とした意識の中にあったロワンゼットには、ネベルの言葉は届いていなかった。
そして、恨み節を吐きながらあの世へと旅立っていったのだ。
「くそー。こんな事になったのも全部アレックス・ブレインズのせいだ。表面上とはいえ、あんなAIの傀儡になったのがそもそもの間違いだった。ああ、恨めしい。この儂が、こんな所で終わるなんて……!」
「コードブレイン社の創設者がAIだって? それはどういう事だ?!」
──そして、その直後。世界に大きな変革が起こったのだ。
突然、激しい稲光と共に、空をオーロラが駆け巡った。その不思議な光は西の方からやって来て、あっという間に世界を覆いつくしたのだった。
「何をした!オイッ」
ネベルは、ロワンゼットに今起きた現象について尋ねようとした。だがすでにロワンゼットはこと切れた後だった。
「ネベル。これ以上ここにいても意味はありません。今の光…、ケイブロングヴェルツにいる皆さんが心配です。急いで戻りましょう!」
「……ああ。そうだな」
そうして、二人はケイブロングヴェルツへと帰還した。
ネベル達は砦門に戻る途中でも、信じがたい光景の数々を見る事になった。
ミュートリアンの全てが洗脳されていたのだ。
また、戦場には同じく魂の抜けたクローンが残っており、数十万の兵たちの中で動いているモノは一人もいなかった。
「これは …地獄でしょうか」
「……急ごう」
ネベルたちは更に速度を速めた。




