エリオットと祝福の飴ちゃん
書籍発売記念SSその②です!
(こちらは、第1部終時点のお話になります)
そして、明日(6/9)に書籍発売となります!!
口に入れた瞬間に、ぐっと口を真一文字に引き締める。
エリオットは、吐き出したい衝動を堪えるのに必死だ。
「少し刺激が強すぎたか?」
アーサーの気遣いに、否と答えようと首を横にふったが、内心はそれどころではない。
「口に合ったのならよかった」
ちがう、そうじゃない。口内を転がる飴から舌が逃げまわるのに必死で、勘違いを訂正できなかった。
ジルバ国第一皇子という高貴な身分が、吐き出す行為を拒む。
(頂き物を、目の前で吐き出すなんて、できない‼)
悩んでいるあいだに飴玉が溶け、口の中いっぱいに、あまくて苦い味と香りが広がっていた。
発端は、無心でアーサーが食べつづける飴に、エリオットが興味を示したことにはじまる。
ガリガリと響く音が気になり、病みつきになるほど美味しいのだろうかと心惹かれた。
相手はエリオットと同じ王族である。常に高尚な料理を食べているだろうに、そこまでハマる味とはどんなものなのだろうか。
『――ひとつ、いただけますか?』
思わずアーサーに強請っていた。
『ああ、かまわない』
手のひらに転がった黄金色の美しい球体。
天上の甘露のごときあまさを期待して、ドキドキと胸を高鳴らせて口へ入れた。
次の瞬間、冒頭の惨事に見舞われたのだ。
「その飴は、リリィの手作りで毎回味がかわるそうだ」
「っ!」
リリィの名に、エリオットの体はびくりとはねた。先だって妹の命を救ってくれた恩人の名である。
(妹の命を救ってくれた彼女の手作り!?)
急に、この飴の苦さには理由があるような気がした。不思議と舌が飴を受入れようとしている。
もごもごと積極的に舐めて、最終的にはガリガリ噛み砕いて、ごっくんと飲み込んだ。
煎じ薬のような香りが、顔中に纏わりつく後味だった。
「――ふぅ。食べ終わりました」
「たくさんあるから、いくつか持っていくといい」
やっと食べ終えたはずの飴玉が、エリオットの小さな手に握らされた。
食べきれたからといって、また食べたいとは限らない。
ちょっとだけ涙目になったものの、丁寧にお礼をいって懐にしまったのだった。
****
「いや、その飴は不味いだろ」
持て余した飴を、同い年の友人である銀にお裾分けしようとしたところ、あっさりと事情がバレた。
「食べたことがあるのですか?」
「おう、改良するために最近毎日食べてる。――これは、初期型だな」
エリオットの手から飴玉をひとつとり、銀は口に入れた。渋い顔をしてガリガリと噛み砕いて呑み込んだ。
鼻腔にとどまる青臭い味。あまみは中和などしてくれず、壮絶なハーモニーを奏でている。
「僕の国の品とはあまりにも味が違ったので、人は味覚が異なるのかと思いました」
不安に思ったエリオットは、自国の菓子を取りにいって、戻ってきたところであった。
腰に下げていた巾着から、小振りの桃饅頭を取りだして銀に手渡す。
「――――っ! うっま!」
受け取ったものを疑いもせず一口で食べた銀は、目を丸くして叫んでいた。
「なんだこれ! もっとくれ」
「こ、これはアーサー殿への返礼品です。竜人族以外が食べると不味いのであればと確認したかっただけで――」
両手を掲げて巾着を死守するエリオットに、銀が飛び跳ねながらまとわりつく。
「不味い、不味い! 不味かったから、ぜんぶ俺が引き取ってやる!」
「なっ! 先ほど美味しいといっていたじゃないですか!」
「アーサー殿は番の飴で満足なんだろ。下手に渡すと野暮だろ!」
野暮の意味はよくわからなかった。だが、アーサーの番であるリリィの手作りの飴を楽しんでいるところに、返礼品を渡すなど不調法ではないか。
(確かに、番が自分のために作ってくれた飴なら、一番美味しいに決まっている)
エリオットはまだ番に巡りあえていない。ただし番の尊さは知識として学んでいた。ついでに番夫婦である両親をみるに、第三者がうっかりあいだに入ると理不尽な事件になることも身をもって経験済みである。
番とは竜人族や獣人族などの人以外に存在する文化のひとつ。エリオットは、アーサーとリリィが番であると勘違いしてた。
(そうか、番の手作りだからアーサー殿は美味しいといったのか!)
まごうことなき勘違いが引き起こした、解釈違いである。
ともあれ、エリオットは危うく水を差すところだったので、胸を撫でおろそうとした。
胸より先に腕をおろしていたせいで、桃饅頭は銀にかっさらわれてしまった。
「これ、うめーな! リリィの飴ばっか食ってたから、余計にうめぇ!」
「あっ。もうぜんぶ食べたんですか!?」
「おう、巾着返すわ」
投げ渡すと同時に、銀は子犬姿に転換して逃げ出した。
数秒後。
「ま、まてコラー‼」
キレたエリオットは、けれど小犬の銀にあっさりと捲かれてしまったのだった。
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