22.今日と同じ明日はこない
銀はエリオットに貰った甘栗の皮を剥いて口に、放りこんだ。その目線は、吹っ飛んで転がりながらすぐに起き上がって走り出すリリィに注がれている。
次に放たれた攻撃魔法に構えるリリィに感化され、銀の腕がピクリと反応した。
(アーサー殿、中々やるな。めちゃくちゃ面倒なところに攻撃魔法を放ってきやがる!)
リリィが防御魔法を学ぶと宣言した翌日から、教師が見つかるまでのあいだ、アーサーが相手をすることになった。
無論、その話を聞いたノアは蒼白になり断ろうとしたのだが。
『俺では不足か?』
『いいえ、滅相もありません!』
という、短いやり取りであえなく撃沈していた。
『初代聖王に並ぶ優秀な魔法士』と称えられる王太子に、不足などあるわけがないのだ。
リリィは唯一操ることのできる光魔法を駆使して防御しているが、先ほどから風魔法を受けて転がってばかりいる。
その様子を銀と一緒に見ていたエリオットが、騒ぎだす。
「ああ! あんな攻撃するなんて、酷すぎる」
「なあ、銀。リリィは怪我しているんじゃないのか?」
「ほら、起き上がるのに、苦労している!」
「いや、間違いなく目で見て避けはじめてる。魔法の訓練になっていない。エリオット、お前の目は節穴か?」
銀は止めに入ろうとするエリオットの服をつかみ、その場に留まらせた。
「もう十分だと思う! だって初日なんだし!」
「リリィがやる気満々に立ち向かっているから、もう少し待ってやれよ」
どうも、ジルバ国から戻ってきてからというもの、エリオットがノアのように過保護になった気がする。
銀が少し怪我しても喚くし、リリィが危ない目に合うと途端に激怒する。
(正直、俺もリリィも生傷の絶えないような生活していたからな。エリオットの気持ちはさっぱりわからん!)
銀がリリィと初めて会った時は、山の中を歩き回っていたせいか、掠り傷だらけだった。
銀とて畑以外に行商の手伝いで遠出することもあったので、移動中に運悪く怪我を負った経験もある。
「なぁ、なんでそんなに過剰に反応するんだ? 怪我したってリリィは治せるだろう。誰もこれくらいで死んだりしない」
「そんなこと、分からないだろ!」
エリオットにしては珍しく叫ぶように怒鳴った。
「どうしたんだよ、お前おかしいぞ」
「おかしいのは銀たちの方だ。そんなに弱いのに無茶ばかりして」
「ああん?」
弱いという言葉に銀は苛つきを覚えた。
竜人は大陸最強の種族だが、そうあからさまに見下されればムカついた。
銀がしかめっ面をしたことに、エリオットは勢い削がれて目を泳がせた。
「違うんだ。その、あの。お前たちの寿命が……」
「寿命?」
「僕たちと比べて少ないから、心配で。――だって、百年しか生きられないって聞いたから」
銀は、はんっと鼻をならすと、エリオットから視線をそらした。
「百年も生きないよ、俺たちは」
「ぇ」
「だから、百年も生きないんだよ。俺の村で百歳近いのは長老だけだ。でも長老よりも前に死んでいった大人はいる。俺より年下で死んじまった子供だっている。たまたま運のいい奴だけが、百年生きられるかもしれないってだけだ」
「そんな」
百年よりも短いなんて聞いていない。
ジルバ国で味わった絶望以上の喪失感が、エリオットの心に広がっていった。
「でも、お前が俺より長生きする保証もないけどな!」
「……?」
「だから、何があるか分からないって言ってるの。俺が明日うっかり死ぬかもしれないし、お前が先に死ぬかもしれないし。分かんないだろ、そんなこと!」
「僕は、死なない」
「なんでそう言えるんだよ」
「なんでって、強いから」
銀は頭を掻きながら大きくため息をつくと、ぐるりとエリオットに向き直り、指をさしてねめつけた。
「強くったって、お前の妹は死にかけていただろ。あのときはリリィに偶然会えたから助かったみたいなもので、そうじゃなかったら死んでいたんだ。竜人だから天寿を全うできる保証はない!」
「ぐっ」
「今日が平和だからって、明日が平和だって保証はどこにもない! 今日と同じ明日はこない! もしそんなんだったら――」
一度言葉を切ると、銀は小さく息を吐いた。
「もしそんなんだったらな、俺はリリィの従者になっていない。俺はきっと今も村に住むことができたんだ」
ここ半年で銀の人生はがらりと変わった。
目の前の目新しい楽しさに夢中になって、ずっと考えなくて済むようにしていた。
村にあった銀の居場所は、帰るたびに誰かが代わりを担っている。
それを見るたびに、銀はもう村に戻ることはできないのだと思い知らされていた。
ただ幸いにして、今も村と関わることもできて役にも立てているから、銀はこの結果に運命を感じていた。
いや、必要なのだと自分に言い聞かせているのだ。
「俺は過ぎたことを悩みたくないし、今よりも先に起こることに怯えるのも嫌だ。好きな奴と楽しく過ごす時間が大事だと思う」
銀の言うことはどれも正しくて、エリオットが必ず長く生きていられる理由はないのだと知った。
ただ順当にいけば、やはりエリオットだけが取り残されて、長い年月を生きることになるのは変わらない。
俯くエリオットに、銀はひどく明るい声におどけた調子で話を変えた。
「大体さ、俺たち出会ってからまだ半年しかたってないんだぜ? 一年先も長い気がするし、十年先って言ったら、すっげー長く感じないか?」
「っ! ……確かに、この半年の出来事と同じ時間を過ごすのは、長い気がする」
「だろ、百年先なんて長すぎて悩むのが馬鹿らしくなるな!」
「――そうかもしれないな」
ここから十年、二十年と、銀やリリィと過ごすのはとても長く一緒にいられる気がした。
寿命の差は理解し合うことはきっとできない。
でも、百年先に二人が居なくなった悲しみは、その時に受け取ろうと心に決めた。
どうにか心の区切りをつけたエリオットだったが、少し前にリリィが故意に害されたことは、未だ心に爪痕を残していた。
「僕は、銀とリリィが無闇に傷つけられるのは見たくない。そんなことをする奴は殺してしまいたい」
「ああ? 俺に向かってくる奴は俺が自分で殺すからいいよ。リリィは、――あいつ逃げ足が速そうだな」
今も目の前で、素早くアーサーの攻撃魔法を、体を捻ってかわしたところだった。
「リリィ! 避けたら訓練にならないだろう」
「だ、だって、絶対に防御が負けちゃうから、その時はこうやって逃げた方が助かりますよ! はぁ、はぁ」
「実践ならそれでいいが、今は防御魔法の訓練をしているんだ。耐えないと意味ないだろうが!」
「きゃー!」
アーサーの語彙が少々乱暴になっているのが気になった。
ただ、アーサーがリリィを逃がさないように魔法を繰り出しても、なんでか彼女は上手く避けている。
「あいつ、すげぇな」
「そうだな。なにがきても絶対に逃げきりそうに見える」
銀もエリオットも、リリィの奇怪な動きに声を立てて笑った。
とても面白いのだが、防御魔法が上達しそうに見えないことだけが残念である。
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