21.守りたい人(2)
とある昼下がり、執務室でリリィはアーサーに願い出た。
「アーサー殿下にお願いがあります。私、本格的に防御魔法を学びたいと思います」
ポピィとの一件で考えを改めたリリィは、『強くなる』という目標を掲げた。
そこからなにをするか悩みに悩んで、とある答えに辿り着いた。
それは、『自らが何をされてもへっちゃらになるほど、防御力を上げる』というものだった。
明るい表情をしたリリィのお願いに、アーサーは理由を尋ねた。
「理由を聞いても?」
「はい! いつなんどき、矢が飛んできても、火を放たれても、大勢で突撃されても、殴り掛かられても、刃物を向けられても、防御魔法を操れたら怪我しないと思うからです!」
大きな声で元気よくリリィが答えたのだが、物騒な言葉をたくさん並べられて、アーサーは驚いて目を見張った。
執務室にはいつものメンバーもいる。
リリィの言葉にしんと静寂が広まった。一拍置いたあと、全員が過剰に反応しだした。
「どどど、どういうことなの。何があったの、リリィ! 邸でなにかされていたの?!」
「先日の非じゃない事件ですよ! どうして早く言わないんですか。言ってくれたら、僕は――」
「わ、わたくし、ずっとリリィ様と一緒にいたのに、気づけませんでしたわ!」
「ターニア様、落ち着いてください!」
「さすがに俺もちょっと気になる。なにがあったんだ?」
「……?」
特別なことを言ったつもりのないリリィは、周囲の反応に首を傾げた。
「王都で起きたことじゃないわ。西の砦であった、私的に怖かったことベスト5よ」
「「「「「……」」」」」
王都で起きてないことに安心したが、以前そういう目にあっていた事実には、全員がドン引きしていた。
そんなことはお構いなしに、リリィはアーサーに是非を問う。
「で、お勉強したいので、先生を付けてほしくて」
「リリィ、なんで殿下にお願いするの。そういうのはティナム伯爵家で用意するよ」
「え、そうなんですか? ごめんなさい、アーサー殿下」
困ったらアーサーに相談するのだと決めていたリリィは、なんの迷いもなく彼を選んでいた。
間違えたと指摘されて、慌てて謝罪したのだが。
「いや、側近の仕事の合間にできるよう、こちらで用意する」
「え、殿下、さすがにそれは」
「リリィが不在になると、困ることが増えるんだ」
アーサーの脳内には、ターニアの不在で不貞腐れるロビンにキレるダニエルまでが鮮明に浮かんでいた。
エリオットも城に滞在している身なので、銀やリリィがいないと相手をする者が別で必要になってしまう。
リリィ不在でダニエルが嘆くのも目に浮かぶし、研究も止まってしまうだろう。
リリィが求める魔法は、実践で使えるレベルを習得しようとすれば、かなりの時間が必要になる。
そんなに不在にされては、あらゆる方面で困ってしまうのだった。
(それに、笑顔の戻ったリリィがいると全員が元気になる。執務室がにぎやかで居心地がいいしな)
ポピィとの一件のあと、リリィを心配した他の者たちが躍起になり、ギスギスしていた。
今は、口にすることが物騒だったことを除けば、目標を掲げて元気な姿に誰もが安心しているようだ。
アーサーは、今感じている心地の良い時間を維持することに、使命感めいたものを抱いたのだった。
「防御魔法以外に、攻撃魔法は学ばなくていいのか?」
「――攻撃魔法は、父に止められているので。ただ、聞いてみて許可がもらえたら、学んでみたいです!」
身を守るのなら、攻撃魔法も多少覚えた方が安全だろうに不思議な話である。
「他に心配事は?」
「ありません! 早く習得してお役に立てるよう頑張ります!」
こんなに、ハキハキと意見を言う娘だったろうか。
アーサーは多少の違和感を持ったが、本人が目標をもって歩みだしたからだろうと結論づけて、見守ることにした。
優柔不断なリリィだが、彼女は攻撃を受けて大切なものが脅かされた瞬間、一歩前に出て脅威に向かっていく質だった。
度胸があるとも無鉄砲ともいえるその性格ゆえに、父親からは攻撃全般を禁止されている。
右も左もわからない王都の生活で、不安を抱え大人の庇護下でのんびりと生きていた彼女は、ポピィの敵意にさらされたことで、元の生活で培った感覚がしっかりと舞い戻った。
東の砦に行くことも相まって、ここから力強く飛躍するのである。
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