20.守りたい人(1)
リリィがポピィに階段の上から突き落とされた事件は、結局対応されずに終わった。
目撃証言できるのが妖精しかいないこと。
リリィが怪我をしていなかったこと。
その状況でポピィに事実を突きつけて、すべてを明らかにすることは難しかった。
当然、その結果に納得できない者が多数出た。
エリオットは、口から煙が上がり火をちらつかせて激怒していた。
ターニアも、己が妖精であるせいで証言が難しいことが口惜しくて、ふとした時に怒りがぶり返して頭を抱えている。
ノアも階級下の貴族に歯向かわれた事実が腹立たしく、リリィをひとりで出歩かせることをしなくなった。
むしろ過保護さに拍車がかかってしまったようだ。
リリィを取り巻く環境が一変し、息苦しいものになってしまった。
ポピィに酷い目にあわされた以上に、大事な人たちが心を痛めて怒る姿が、リリィの気持ちを遠慮なくえぐる。
アーサーの執務室の空気は重苦しくなり、けれどリリィは気分転換に外に出掛けることも周囲に止められてしまっていた。
そんな中で、銀だけが変わらずに普通に過ごしている。
「リリィ、畑に行こう。収穫がたくさんで手が足りないから手伝ってくれ!」
いつもどおり畑仕事をリリィに手伝うように言ってきた。
「おい、銀! リリィを外に連れ出して怪我したら危ないだろう!」
「じゃあ、エリオットも来いよ。お前が一緒ならリリィは安全だろ。ターニア様も来たらいいさ。みんなで一緒にいるのが安全なんだろ?」
「それは、そうですけど」
「ノアやダニエル殿やアーサー殿がいないうちに、早くみんなで行こう!」
銀がリリィの手を引っ張って執務室を出れば、ターニアもエリオットも後に続いた。
畑の収穫を済ませて休んでいると、銀があらかじめ仕込んでいた焚火の中から、何かを取り出して渡してきた。
「焼き芋作ったんだ。食うだろ?」
「銀、城内で焼き芋を作るなんて、怒られるわよ」
「誰に怒られるんだよ。ほら、エリオットも食えよ」
投げられた芋を受け取り、熱くて手の上で放りながら、三人並んで焼き芋と格闘した。
「こ、これはどうやって食べるんですか? なんか焦げているし」
「外に巻いた紙を外して皮剥いて食べるんだよ。焦げたとこは捨てるんだ」
銀に世話されながら、エリオットは生まれて初めて焼き芋を食べた。
リリィは手慣れた様子で皮をむき、一口目を頬張る。
甘くて懐かしい味がした。
「ターニアも食べる? 今なら誰もいないし出てきてもきっと大丈夫よ」
「はい! ぜひ、いただきますわ」
従者として主人の提案にはすべて答えると決めている。
妖精姫は身に着いたマナーへの葛藤をかなぐり捨てると、小さな口で焼き芋にかじりついた。
「おいしゅうございますね。我が主!」
ターニアの笑顔につられて、リリィの口元が綻んだ。
リリィは、当たり前にあった優しい時間が戻ってくるのを感じた。
うっかり攻撃されたせいで、一瞬に壊されてしまった、大切な時間である。
突き落とされた事件は、どう考えてもポピィが悪いとリリィも思っていた。
ただ、ターニアに教えてもらった「お先に失礼します」作戦をつかったのに切り抜けられなかった。
アーサーにもらった言葉も、あの場では上手く切り出せなかった。
そうなると、同じことが起きたときに、リリィはまた同じように苦しむことになる。
それだけは、絶対に避けなければならない。
(私が強くなるしか、ないんだわ)
西の砦がなにもしなくても、西の大陸から攻撃する人は次々にやってきた。
聖アウルム王国の人たちが、そういうことをすると思っていなかったけれど。
あの時のポピィの目は、あの人たちの目と同じだった。
リリィが勝手に聖アウルム王国の人だから、一緒に聖女候補生になった人だから、大丈夫だと思っていただけなのだ。
(関係ないのよ。私がなにをしてもしなくても攻撃する人はいる。それを知っていたのに、ちゃんと気付けなかった私が悪いんだわ)
きっとリリィが強くなって、怪我しないように振る舞えるようになったのなら。
エリオットが、敵を討とうと口から火を噴くことはなくなる。
ターニアが、怒って飛び回ることもなくなる。
ノアが静かに切れて、過保護になることも減るはずだ。
(私が変わることで全部解決するなら、安いものよ)
不敵な笑いを浮かべたリリィは、焼き芋に大きな口でかじりついた。
「いた、リリィ! どうして執務室から出たの!」
「あ、ノアだ」
「ノア従兄様だ」
「ノアですわね」
「ノアですね」
遠くで腕を振り上げて叫ぶノアを見ながら、全員焼き芋をむしゃむしゃと食べ続ける。
「ちょっと、城内で焼き芋?! なにしているのさ、銀くん! リリィもそんなものを外で食べないで。はしたないだろう!」
「やい、ノア! そんなものってなんだ。俺が丹精込めて育てた芋でつくった、美味しい焼き芋なんだぞ!」
「みんないるから安全だもん。別にはしたなくてもいいもん」
むくれる銀とそっぽを向くリリィの横では、ターニアとエリオットがショックを受けている。
薄々感づいてはいたが、やはり作法的にはまずかったんだと知り、顔が青くなっていった。
「い、芋ならスイートポテトとか、モンブランとか、もっと美味しくて上品なものがあるだろう!」
「ノア、モンブランは栗だ。僕はなんだか甘栗が食べたくなってきた」
「すいーとぽてと? もんぶらん? あまぐり? なんだそれ? どれも知らない、聞いたことないな!」
銀の目がらんらんと輝いて、覚えたばかりのお菓子の名前を連呼した。
銀に便乗してリリィも手を挙げる。
「私も食べたことなーい。ノア従兄様、今度食べに連れてって!」
「俺も混ぜろよな! エリオットもあまぐりってやつくれよ。俺の焼き芋食べただろ」
「なっ! これは銀が勝手に渡してきたのに! ――まぁ、甘栗ぐらい、いつでも馳走するけど」
「わ、わたくしも、なにか。なにか美味しいものを我が主に献上しますわ!」
「えへへ、楽しみにしてる!」
そのまま、ぎゃんぎゃん騒いで片づけを済ませると、全員で執務室へと戻っていった。
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