18.嫉妬(1)
ノアの手伝いに着いていったリリィは、多すぎる資料を一度執務室に持っていくよう指示されたので、両手に抱えながら城内をひとりで歩いていた。
もちろんポケットにはターニアがいるので、全くひとりという訳ではない。
「我が主、あそこの柱の影に行って転移魔法を使いましょう」
「ちょっとの距離だし、大丈夫よ」
面倒ごとに遭遇しても、アーサーに教えてもらった言葉があるのだ。
今のリリィは、何事にも怯えずにのびのびと構える余裕があった。
「あ、ポピィ様、こんにちは」
苦手だと思っていたポピィに対しても、なにを言われても大丈夫だという安心感のおかげか、気持ちよく挨拶できた。
「こんにちは、リリィちゃん。あたし、アーサー様に用があるんだけど、一緒に行ってもいいかな?」
「はい、今は執務室にいらっしゃると思いますよ」
ポピィと普通に話ができるようになったことも、リリィは嬉しかった。
同じ国に住み、偶然とはいえ一時聖女候補生として働いた仲である。
互いに気持ちよく過ごせる関係を維持しておけるのが望ましい。
「今日はフレディ様と一緒じゃないんですね」
「彼は会議に行っちゃったから。あたしには、内容が難しいし、そもそもあんまり関係ないから」
「ああ! 西の砦の政策ですよね。凄くたくさん対応してくれるみたいで、私とても嬉しいんです」
西の砦行の物資を強奪していた者たちがいなくなれば、砦は今より豊かになるだろう。
砦を攻めてくる者たちが減ったなら、怪我する人も少なくなる。
(あれ、私のやっていた仕事が減っちゃうのか)
もしそうなら、自分は何をしただろうか。
銀みたいに畑を作っても面白そうだし、魔法の勉強を本格的にしても楽しそうだ。
たくさんのことが出来るようになる。
そのことに気付いたリリィは、やはりアーサーは凄いことをしてくれたのだと確信した。
「私なんかじゃなくて、偉い人に相談するのが一番でしたね!」
「でも、アーサー様に頼ってばかりじゃ仕事の実績が積みあがらないわよ? 聖女候補生として立ち行かなくなっちゃうけど大丈夫?」
「私は聖女候補生を辞めましたから。今はアーサー様の側近になっています」
「――へぇ。そうなんだ。ねぇ、ならどうやって聖女候補生になったの?」
ポピィに尋ねられて、リリィは西の砦でノアから手紙を貰った時のことを思い出した。
あれは中々しつこかったし、なんなら新しい兵士まで送られてきて自分も周囲も驚いた。
(たしか、ダニエル様のお手伝いで来たはずだけど。――あれ、なんでだっけ? なりゆきかな)
「元々は別の用件でノア従兄様に呼ばれてダニエル様の助手をすることになったんですけど、ついでに聖女候補生に加わったのかな。気づいたら入っていました」
あの頃は、両親と別れて寂しかったし、浄化の陣は失敗するしで、いろいろあった。
花祭で銀に会いに行ったら、エリオットに偶然出会ったのもあの頃だ。
「私、王都にきて半年くらいですけど、いろんなことがあって、でもとっても楽しくて。来てよかったって思っています」
怖いこともあったはずなのに、今は全部が楽しいことのように感じられた。
「ふーん。聖女候補生の仕事って大変なはずだったけど。――ああ、解呪の仕事しかしてなかったんだっけ」
「聖女候補生の仕事だと、そうですね。でも量があったので結構時間が掛かりました」
そういえば自分の仕事ってなんだっけ。
改めて聞かれると、どこまでが仕事で、どこまでが付き合いなのか曖昧だった。
(ダニエル様の実験のお手伝いでしょ。でも陣の東の砦設置は私の希望だし。銀は従者で、ダニエル様から薬草づくりを指示されてて、アーサー様からノグレー樹海との取り引き補佐を頼まれているわ。銀とエリオットに勉強を教えるのと、だれか来たら対応するのは私の仕事かな。ターニアはダニエル様の転移魔法に必須だし)
各々が得意を活かして物事が進んでいるので、もう毎日執務室にいることが仕事なのかもしれない。
「今は、解呪の仕事は終わりましたけど。そうですね、いろいろお手伝いしています」
「いろいろって、雑用ってこと?」
「そうですね。簡単なものだと来客対応とかもしています。今はノア従兄様のお手伝い中です」
ダニエルの実験補佐や他の仕事は、詳しく聞かれると話せないことが多いので、リリィはあえて口にはしなかった。
「側近の仕事っていうか、お手伝いレベルじゃない。どうして側近になれたの? あたし今これでも結構苦労しているの。よかったら教えてくれない?」
「よくわかんないです。アーサー様に聖女候補生を辞めて側近になってほしいって言われただけなので」
「っ! へ、へぇ。そうなんだね。ラッキーだよね。そう言ってもらえたなんて。でもさ、聖女候補生ってアーサー様の婚約者候補って言われていたじゃない。正直なところ、外されたってことは、リリィちゃんがそういう相手じゃないってことになるのよね」
そんな話もあったな程度に思い出したリリィは、素直に自分の考えを口にした。
「私、気にしていません。だって聖女候補生にも聖女にもなりたい訳ではなかったので」
「っ!」
ポピィが喉から手が出るほどに欲するものを、リリィが、まるでその辺の石ころのように言ったことで、心の闇が溢れ出す。
ずるい、卑怯だ、ふざけるな。
ポピィが、どんな思いで、どれだけのことに耐えてここまできたと思っているのか。
ポピィの口から、自分ですら初めて聞くぐらいの、地を這うような声が出た。
「――――なら、最初っから入ってこないでよ。目障なのよ」
とんでもないところで週末になってしまった。
次回の更新は3/1になります。
============================
【宣伝】
下スクロールしていただくとバナーがあります。
他作品も応援していただけると、すごく嬉しいです!
。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*゜




