17.あわただしい日々(2)
西側の諸問題を検討するため、関係者を集めた会議が頻繁に開かれていた。
つい先日、王都から西の砦へ治癒魔法師が出立したところである。
彼らが到着すれば目先の問題は対処可能だろう。
残す課題は、王都から西の砦までの治安改善、西の砦外周の整備だが、クロッシェル公爵が、自らが取り組むべきだと主張して譲らないのだ。
王太子や東を治めるゴルド公爵家がコープル辺境伯からの依頼で働きかけたことを知り、焦ってのことだろう。
今もクロッシェル公爵は顔の汗を始終拭きながら、なんとか主導権を譲ってもらおうと言葉を探していた。
「西の領地は我がクロッシェル公爵家が取り仕切るのが道理! ありがたい申し出とは存じますが、どうか任せて頂きたく存じます!」
至極まっとうな主張ではあった。
それに否を唱えるのは、はりきって参加したゴルド公爵家のディランである。
「十年、いや二十年と対処できずにいた貴殿が、今からできるとは到底信じがたい。できるというのなら、今日までの間にやるべきだった。今あなたがすべきことは、自らを売り込むことではなく、感謝と謝罪でしょう」
「ぐぅ……。ひ、東の公爵家が西にまで手を伸ばせば、均衡が崩れてしまいます。それは由々しき事態となりますぞ、陛下!」
「……」
話を振られた国王陛下は、アーサーとディランへ一瞥をくれたあと、肘をついて目を瞑り沈黙した。
どうやら二人に丸投げ、もとい任せることにしたらしい。
アーサーはいきり立つクロッシェル公爵を黙らせるために、口を挟んだ。
「たかが整備計画を練っただけで、ゴルド家に呑み込まれるほどに、クロッシェル公爵は力弱き者だというのか?」
「そ、そういう意味ではなくてですね!」
「東の功績を参考に、早急に西の治安を安定させたい意図が伝わらないのは嘆かわしいな。それに今の言いようだと、ゴルド家が国に混乱を招くともとれるのだが?」
クロッシェル公爵は目を見開き、自分が想像以上に信頼を欠いていることに、やっと気が付いた。
なにか言わねばと、口を開けたり閉じたりしているところに、ディランが口端を吊り上げた笑みを浮かべて、畳みかける。
「それは心外ですね。東の戦火に備えて注力すべき時に、困っていると思ったから時間を割いて対応しているだけですのに」
やれやれとディランは首を横に振り、心外だと言わんばかりに残念な表情を作る。
「そも、クロッシェル公爵ご自身が対応されると言われるが、出来る算段はあるのですか?」
「それは、その。こういった計画も出していただけましたので、出来ると思います!」
むっとした顔で、クロッシェル公爵はディランを睨みつけた。
息子ほど年の離れたディランに責められて、腹を立ててムキになっているのだろう。声色からひしひしと伝わってくる。
ディランは、おやと驚いた顔をしたあと、次いで笑顔を浮かべ諭すようにクロッシェル公爵へ提案した。
「ゴルド家に丸投げし、問題の片付いた領地を治めるほうが、これ以上墓穴を掘らずに済みますよ。私の計画が失敗したときに糾弾することもできるのに。失うものの無い提案に否を唱えるとは、別の思惑があると疑われても仕方ない。例えば不正の証拠が隠してあるとか――」
「い、言いがかりだ! そんな、根も葉もないことを!」
「であれば、他家が介入しても問題はない。いかがです?」
こういった、汚れ役を率先して引き受けるのがゴルド公爵家のやり方である。
怨嗟や逆恨みを王家から逸らし、自らの家へと向けさせる。
このまま任せておけば、ディランはクロッシェル公爵を追い込んで頷かせるだろう。
ここまできたならいつも通りだと、アーサーも口を閉ざした。
ただ、アーサーは先ほどからディランよりも近くに座るフレディが気になって仕方なかった。
(……嫌な予感がするんだが。気のせいだろうか)
アーサーの目線の先に座るフレディは、瞳をキラキラさせてディランの言葉に頷いている。
笑顔を浮かべ、まるで崇拝しているかのように恍惚とした表情を浮かべてさえいた。
(仲が悪いよりは良い方がいい筈なんだが、どうにも気になるな……)
というのも、フレディの好意に対してディランもまんざらではなさそうなことを言っていたからだ。
最初こそフレディの機転の利かなさや物足りなさを指摘していたディランだったが、打ち合わせを重ねるたびに言うことが変わっていった。
『フレディは今まで一体何を学んでいたんだ。まったく』
『フレディもやる気はあるんだが、いかんせん足りないところが目立つな』
『まあ、フレディも悪気はないんだ。彼なりに努力はしていることだし』
『少し助けて成立するのであれば問題ないだろう。それにフレディは、やる気があるんだ』
アーサーは肩入れしすぎではないかと思ったが、ディランがいいなら別に良いかと放っておくことにした。
問題が起きないのであれば、個人の付き合いや考えに口を挟むものではない。
暫くして、ディランがクロッシェル公爵の口を封じて頷かせた。
今後は、ディランとフレディが主体となり改善案に取り組むことになったのだった。
◇◆◇◆
フレディは、西の砦の問題が大きく改善に向かっていることを単純に喜んでいた。
それに人生で初めて、ディランという頼れる友人を得たことも彼にとっては浮足立つほどに嬉しい出来事であった。
父親であるコープル辺境伯にこのことを連絡したところ、すでに王都から派遣された治癒魔法師団が到着したらしく、こちらは気にせず最後までやりきってくれと返事を貰っていた。
順調なフレディとは対照的に、ポピィは体調を崩しがちだ。
カルコス男爵邸に滞在しているフレディは、ポピィのことを心配し声をかけていたのだが、彼女は曖昧に笑うだけだった。
今日は体調が良いのか広間で本を読んでいる姿を見かけたのだが、その顔はなんだか険しくて、思わず声をかける。
「ポピィさんは、なにを読んでいるの。地図?」
「フレディ様! 気付きませんでした。ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。もうすぐ学園のテスト時期なのかな」
「いえ、そういうわけではないんですけど」
ポピィは無駄と思いつつ、国の地図を読み直していた。
なんとなく理解していたことをはっきりさせようとしたのだが、焦るばかりで全然頭に入ってこない。
これらを記憶してどうすればよいのか。
何を学んだら、価値ある意見を出せるのか。
一体ポピィは、これから何をすれば、みんなに喜んでもらえるのか。
どうしたらそれが思いつくのか。
地図と土地の名前を読むことが解決するように思えないけれど、他に方法が思い当たらない。
別のもっと有益な勉強方法を求めて、思わず目の前のフレディに尋ねる。
「フレディ様。領地を治めるためにどういう勉強をされたのですか?」
「というと?」
「聖女候補生の成果を上げるのに、なにをしたらよいのか分からなくなってしまって」
「難しい質問だね。私も今はアーサー殿下やディラン殿に助けていただいて、なんとか砦の対応に漕ぎ着けたところだからね。私なんかより、もっと優秀な人に聞く方が良いかもしれない」
そんな人脈、平民上がりのポピィに、ある訳がなかった。
仲良くしていた人たちも、悩みを聞いてあげるばかりで聞いてもらったことなど一度もない。
だから、どう話していいのかさっぱりわからなかった。
選ばれるために磨き上げた爪も、髪も、美貌も、立ち振る舞いも、今困っていることにはなんの役にも立ってくれない。
(あんなに努力してきたのに――)
ジクジクとお腹が痛みだして、思わず手で押さえた。
そのまま前かがみに倒れたポピィに驚いて、フレディは慌てて人を呼びに行った。
ひとり残されたポピィは、痛むお腹を撫でながら涙を流す。
どちらに進めばいいのか、どうしたらいいのか。
何が足りないのか、一体どこに立っているのかすら、ポピィには分からなくなっていた。
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