16.あわただしい日々(1)
ジルバ国から持ち帰った品を見分したアーサーは、魔石の質の高さに魅了された。
人が持つ魔力の量は生まれながらに個体差があり、訓練で多少の増量は見込めるが、ほぼ決まっているようなものだ。
そうした者たちも、魔石で魔力を増幅できれば、国力を上げられると考えたのだ。
そして銀も、取り引きに使う対価に魔石を推した。
竜の鱗も捨てがたいが、加工前のものは角が鋭く傷を負いやすい。
人が扱うのは難しいだろうという判断だ。
ただし内心は、竜の鱗を個人的にジルバ国にお邪魔して仕入れることで、流通量を少なくし稀少性を保って値段を高く設定しようと画策している。
アーサーと銀が、さっそくエリオットに魔石の取り引きを打診すれば、あっさりと良案を出してくれた。
「その小さな魔石は国では使っていません。ある程度溜まったら、もっと地下深くに下って溶岩にくべます。その労力が無くなるような取り引きであれば、反対する者はいないと思います」
取りに来て勝手に持って行ってくれるなら、喜んで渡しますよという話である。
問題はジルバ国までの運送手段をどうするかであるが――
「叔父上、転移魔法陣の進捗はどうですか。上手くいきそうですか?」
「本一冊を隣の部屋の陣に移動するのは、成功したところだね」
「なら、陣を使って魔石を移動することが叶えば、移送手段が手に入ります」
「そうだね。ジルバ国の集積場にあらかじめ陣を描いておいて、発動したら送られてくれば楽かな」
誰もがそれなら頷くだろう。
段取りは決まったのなら、あとは陣の完成を急ぐだけである。
話が途切れたところで、リリィはダニエルに声を掛けた。
両手を胸の前で握りしめて、なにやら目がキラキラと輝いている。
「ダニエル様、東の砦とも陣を繋げることはできますか?」
リリィはどうしても、この便利な陣を使って一度両親に会いに行きたかった。
特に用事はないが、顔を見たいのである。
「人への使用も検証したいね。それができたら有事の際に、東の砦へすぐに駆け付けられるからね」
東の戦火を考えれば、実用化することは必須だ。
全部が組み合わさって、上手いこと進んでいくのは良い流れである。
リリィの輝かんばかりの顔を、彼女の肩の上で目にしたターニアは、なにやらウキウキとしながら話しだした。
「我が主のご両親に会えるのなら、一度ご挨拶せねばなりませんね」
この企画の主力となるターニアは、ご機嫌であった。
なにせ彼女が何年もかけて鍛え上げた技術で実現させるのだ。正直成功する可能性しか見えていない。
加えてリリィの役に立つとわかったので、嬉しくて仕方ないのだ。
銀に勝つという密かな願望も、これが無事に達成できれば落ち着くだろう。
「ターニアを紹介したら、私のお父さんとお母さんは驚くかもしれないわね」
「ならば、控えた方がよろしいでしょうかね」
「う~ん。逆にターニアとの関係を説明したら安心するかも?」
いつでもどこでもターニアと一緒なら戻ってこられるというのは、アダムとエマなら喜んでくれる気がした。
「わたくしは、我が主が喜ぶほうで大丈夫ですからね」
本当はめちゃくちゃ紹介してほしい。
だがしかし、ターニアはリリィに気に入られるためなら、どんなことでも我慢するのだった。
転移魔法陣、そんな面白そうな話となれば、黙っていない者がひとりいる。
「俺も行きたい! 転移魔法陣で東の砦に行ってみたい!」
銀は村で移動の魔法は使っていたが、陣は初めてである。
しかも行き先は、初めて足を踏み入れる東の砦。
断られたら小さな姿に転換し、リリィに抱っこで連れて行ってもらう気満々だった。
リリィと銀が行くとなれば、必ず混ざらないと気の済まない者もいる。
「なら僕も行きます! 銀やリリィだけだと心配ですからね」
エリオットは執務室で過ごすうちに、東の砦は危険な場所という印象を受けていた。
リリィや銀を守りたいのなら近くにいる必要があるので、絶対に参加すると勝手に決めた。
次々に参加人数が増えて、ダニエルは頭を掻いた。
誰か一人だけ選んだら喧嘩になりそうなので、そうなると全員参加できる方法を考えるしかない。
「大きな陣が必要になるな。ターニア様は一度にどのくらいの人数を転移できそうかな?」
「巫女姫の拡張なしですと、二~三十人が限界かもしれません。まぁ十人程度なら楽勝かと」
「なら、私が頑張って陣を作るだけで済みそうだ。アーサー、悪いけどしばらく執務を離れて、こちらに専念しても構わないかな?」
「はい。それが確約できなければ竜人、獣人との交渉は難しいのでお願いします。最近は執務の量も落ち着いてきましたから問題ありません」
ダニエルが加わり、先んじて仕事をこなせるようになった恩恵が、やっとアーサーにも返ってきつつあるようだ。
このように、アーサーの側近は優秀なので、特別指示を出さなくても、つつがなく物事が進んでいくのであった。
◇◆◇◆
ダニエルは、ジルバ国から持って帰った資料をひっくり返すと、陣の拡張について書いてあるものを探した。
目次を読みながら関連するページを開くと、驚いたことに聖アウルム王国の言葉で翻訳した紙が挟まっていた。
どうしてと思わなくはなかったが、そんなことより、内容が気になってしまい、すぐに読みふけってしまう。
リーラの遠回しな好意では、ダニエルには中々届きづらいようだ。
陣の規模を広げる場合、単純に大きく描くだけでは実現しないと書いてあった。
その拡大分を補填する命令を追記し、完成させなければならないのだ。
貰った書籍の中には、都合よく古代語の辞書らしきものも含まれていた。
書籍に記された手順に従い、単語を拾って、意味を調べていく。
なんの滞りもなく調べ物は進んでいき、ダニエルの予想より早く、拡大版の陣の設計図が完成した。
まだ陽は高くて、今からなら屋外での実験も可能だろう。
ふと書籍に目をやると、過不足なく揃ったそれらを渡してくれたリーラを思い出したのだが、記憶の中の彼女は相変わらず怒っていた。
「こんなことで喜ぶなんて、水準が低いですね。って言われそうだな」
ダニエルは気づいていないが、彼にしては珍しく他者に興味を示していた。
ダニエルは、リリィとターニアを連れて城内北へと向かった。
そこでは、先に執務室を出た銀が、畑で収穫作業をしているようだ。
蔓が伸びていた畑は綺麗に刈り取られ、土が掘り返されている。
畑の外に置かれた籠からは、紫色の物体が山積みにされ、溢れて転がっているものもある。
その紫色の物体にダニエルとリリィは目が釘付けになった。
「銀! あなたまさか、本当にお芋を育てたの?!」
「みろよ! 中々大きく育っただろ!」
銀は大きな芋をひとつ選ぶと、リリィに渡した。
「薬草は? どうしてお芋なのよ!」
「薬草も育てたさ。そっちも一部は順調だ。ただ、毒を含むものはダメそうだ。育ちが異様に悪い。あと野菜はデカくなるのが早すぎるな」
「どういうこと?」
「土に含まれる成分のせいだろ。国の名前に聖ってつくぐらいだし、癒しとか育てとかが強いんかな」
「非常に興味深い話だけど――、今は陣を優先しないと、なにもかもが中途半端になる、よね」
「もちろんですわ、ダニエル! 陣が最優先です」
「おう、早く完成させて俺を東の砦に連れってってくれよな!」
それだけ言うと、銀は畑に戻っていった。
ちなみにエリオットは銀の畑仕事を傍で見ていたのだが、飽きたのかリリィたちについてきた。
大地に陣を描き、ターニアが魔法をかける。文様が光るその場所にリリィが立って合図を送った。
「僕も入ります!」
エリオットはリリィの横に並ぶと手をしっかりと握った。
ダニエルが陣の発動呪文を唱えると、二人の姿は消え失せる。
少しして数十メートル先に描いた到着先の陣に二人が現れた。
「お、うまくいったね」
「実績のある魔法ですもの、当然ですわ!」
あとは東の砦に陣を設置すれば、長距離移動の実験が可能となる。
アダムとエマに会う目標へ大きく前進したことを、リリィは大喜びしたのだった。
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