14.ジルバ国滞在記 リーラとエリオット
予定を大幅に見直して続行した非公式訪問も、明日で終わりを迎える。
連日銀に連れまわされて、途中から合流したダニエルに質問攻めにあったエリオットは疲れ果てていた。
自国のことなので、全てに答えたいと思っていたものの、上手く答えられずに持ち帰りにした質問がいくつかあった。
それらを調べるために蔵書室へ来たのだが、うっかりリーラと遭遇してしまった。
「ごきげんよう、エリオット」
「ごきげんよう。リーラ様」
ご機嫌がすこぶる悪そうなリーラに、エリオットはげんなりする。
挨拶してそのまま通り過ぎようとしたら、珍しくリーラがエリオットを呼び止めた。
「あなたにお話ししたいことがあります」
「え?」
「なにか文句があるのですか?」
「そういうわけではなくてですね。珍しいなと思いまして」
どうして、こうも悪い方に物事を受け取るのか不思議でならない。
エリオットは、リーラのこういう揚げ足取りのような発言が苦手なのだ。
「単刀直入に伝えます。あなたが連れてきた男――犬にならないほうの名前を教えなさい」
「ダニエル殿のことですか?」
「そう、ダニエルというのね。エリオット、そのダニエルにこれらを渡して勉強するように伝えなさい」
リーラが指さした方向には、数十冊の本が山積みになっている。
「これらは原書の複製品です。ダニエルの国は書物の質が劣悪でした。見るに堪えませんので、こちらを持たせて少しでもマシになるよう努力しろと伝えなさい」
「リーラ様、確かに聖アウルム王国の本の質は決して良いとは言い難いでしょう。ですが、僕の客人を悪く言うのはやめてください」
「――別に、悪くなど言っていません」
「言っています!」
珍しく反論してきたエリオットに、リーラは片眉を吊り上げて怒ったように言い返す。
「人が大陸一、弱く短命なのは周知の事実! あの者たちの寿命は百年もちません。ゆえに知識の継承が間に合わず愚かな出来事を繰り返すのです。そう習っていないのですか?」
「な、習っては……いますが」
「では理解できますね!」
険しい顔でリーラは念押ししたが、エリオットは何やら心ここにあらずな表情で、見つめ返してくるばかりだ。
ややあって、エリオットは口を開いて、リーラにおそるおそる確認した。
「リーラ様。人は本当に百年生きられないのですか?」
「そうですよ。――エリオット、どうしたのです?」
リーラは慌てて駆け寄ると、エリオットの顔を両手でつかみ乱暴に持ち上げた。
泣かせるつもりなどなかったのに、呆然と涙を流す甥っ子に動揺して、袖口で乱暴に涙をぬぐった。
「泣くほどの話などしたつもりはありませんよ。泣き止みなさい。でないと、わたくしが姉様に怒られてしまいます」
「な、泣いてなど、いません。でも――」
リーラの頭は真っ白になった。彼女は末娘であり年下の面倒というものをみたことが無い。
エリオットも生まれてから専任の女官が面倒を見ていたため、ほとんど関わってこなかった。
リーラにとって甥っ子とは、最愛の姉ヴェルデの愛情を取り合う敵役でしかない。
それが理由で、つい当たりがきつくなってしまっていたのだ。
おろおろした後、リーラはいつもヴェルデが自分にしてくれるように、エリオットを抱きしめて背中や頭を撫でてやった。
「――どうして、すぐに死んでしまうのですか? どうしてあのように弱いのでしょうか」
「そんなこと、わたくしが知りたいわ。どうして人なんかに――」
大陸一最強の種族は、寿命千年を生きながらえる。
最強の体躯に強大な魔力を操り、地底深くで静かに時を過ごす。
そのことに誇りを持ち、種族の力を讃えて生きてきたのだが、今は好いた相手とたった百年も共に歩めないことが悲しい。
二人は抱き合って静かに泣いた。
そこへ、エリオットを探しに来たヴェルデが到着し、珍しい光景に目を丸くしたのだった。
顔をくしゃくしゃにゆがめて泣きじゃくる息子と妹に、ヴェルデはあきれ顔で話を聞きだした。
聞いても答えず、細かに質問してやっと出てきた返答は、嗚咽交じりで聞きづらい。
経緯を知るのに大分時間を使ってしまった。
「人の寿命について、二人で憂いていたのですか」
リーラについては先日番が人間であると知ったので納得できたが、聖アウルム王国に入り浸っていたエリオットは知ったうえで遊びに行っていると思っていたので、盲点であった。
(短期間でそんなに気の合う友人ができたことは喜ばしいことだけど――)
思いが強くなれば、別れがつらくなるものだ。
耐えられないのならば引き返すのもありだろう。
「エリオット。こればかりは仕方のないことです。つらければ、しばらくは聖アウルム王国に行くのを控えてもいいのですよ?」
「え?」
「母は良かれと思って勧めていただけですから、お前の好きにしなさい」
問われたエリオットは、銀やリリィの顔を思い浮かべた。
ダニエルやアーサーやノアも思い出せば、もう会えなくなるのは嫌だった。
「会えなくなるのも、嫌です」
「なら、笑顔で行ってきなさい。悲しい顔では相手に失礼ですよ」
エリオットの頬を優しく撫でて、ヴェルデは元気づけた。
その光景を見てリーラは頬を膨らめると、不満げに言った。
「わたくしは、会いになど行きたくありません!」
ヴェルデがエリオットばかりかまうのもイラつくし、番が人なのも嫌で仕方ない。
上手くいかないことばかりで、心も体も身動きがとれなくなる。
ただ、リーラにはどうしてもしなければならないと思うことがあった。
これは自分の希望や願望ではなく、あくまでも義務だと心の中で何度も反芻する。
泣き止んだエリオットの傍に立つと、リーラは腕を腰に当てて胸をはってこう言った。
「エリオットに頼みがあります。ダニエルの素性と行動、周囲の情報を逐一わたくしに手紙で報告しなさい」
人の番などお断りだが、それでも番という縁のあった人物だ。
放っておくのは無責任であるからして、リーラは責任を全うすべく情報提供をエリオットに依頼した。
「え、どうして……」
「仕方のないことなのです! これは、義務です。大事なことですから、もう一度言いますね。ダニエルの情報を全て手紙で書いて送るのです。いいですね。わかりましたね!」
どんどん口調が強くなり、ずんずんエリオットに近づいてくる。
その顔は鬼気迫った形相で不機嫌なオーラがビシバシと伝わってきた。
エリオットは怖くなり思わず頷いてしまった。
「わかればいいのです。よろしく頼みましたよ。それと本も届けるのを忘れないこと!」
テキパキと用件を伝えると、リーラはさっさと出て行ってしまった。
頷きはしたが納得できないエリオットは、ヴェルデに説明を求めた。
「リーラ様は、どうしてダニエル殿のことを知りたいのでしょうか?」
「どうも番らしいのです。勘違いかもしれないから口外してはいけませんよ」
「っ! ええ?!」
ダニエルがリーラの番かもしれない事実に、エリオットは驚愕した。
「エリオット、お願いですから内密にしてくださいね」
「は、はい、わかりました」
ヴェルデに念をおされて、エリオットはこの件について、口を噤むことにした。
とりあえず頼まれた手紙を送ることと、本を渡すことはしなければならないが。
◇◆◇◆
部屋に本を運び込むと、ダニエルは非常に喜んで手に取った。
「こんなにたくさん、本当に頂いて大丈夫なのかい?」
「はい、えっと。リーラ様が――『よかったら、これで勉強してください』と言って用意してくれたんです」
とてもではないが『少しでもマシになるよう努力しろ』などと口にできず、またリーラが番であることも考慮して穏便な言葉を選んで伝えた。
「ええ?! リーラ様が! 嫌われてないみたいで安心したよ。ありがとうございますと伝えておいて。お礼は国に戻ったら改めて贈ることにするから」
「あ、はい」
ダニエルの返事に、リーラが態度悪く接したことを察したエリオットは苛ついた。
つい先ほど、リーラのことを庇って嘘をついたことも後悔している。
ダニエルは早速本を手に取ると、ひとり別世界へと旅立ってしまった。
それを見届けたエリオットは、珍しく絡んでこない銀が気になり部屋を見回す。
銀はなにやら隅の方で夢中になって作業しているようだ。
近づいても気づかない銀の背中から、エリオットはそっと覗き込む。
その手には、昼間案内した工房で分けてもらった竜の鱗が握られていたのだが、指先が傷だらけでボロボロになっていた。
「なにしてるんだよ!!」
「うひゃあ!」
突然背中で叫ばれて、銀は驚いて飛び上がった。
「い、いきなり大声出すなよ。なんなんだよ!」
「手! 傷だらけじゃないか。竜の鱗はそのままだと固くて鋭いから、危険だって説明しただろ!」
「ああ、かすり傷だから平気だよ。汚れを落としてみたんだけどさ。やっぱり竜の鱗って綺麗だな!」
獣人も竜人より弱く短命な種族である。
銀の迂闊な振る舞いに、エリオットは腹を立てた。
きっとリーラとの話がなければ気にしなかったのだろうが、今のエリオットに銀の行動は自傷行為にしか見えなかった。
「医官を呼んでくる。それ以上触らずに置いておくんだ。綺麗なものが欲しいのなら、別で用意するから!」
叫んで直ぐに、エリオットは部屋から飛び出していった。
「ええ~? こんなのほっときゃ治るだろ。変な奴だな」
何も知らない銀は、この時以降ことあるごとに過保護ぶりを発揮するエリオットと、後々揉めることになるのである。
次回の更新は2/22になります!
==================================
【宣伝】
下スクロールしていただくとバナーがあります。
他作品も応援していただけると、すごく嬉しいです!
。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*゜




