9.西の砦へは戻りたくありません(3)
アーサーにフレディを引き合わせて以降、リリィは勧誘されなくなった。
その代わりに、アーサーが連日忙しくなってしまったので、リリィはちょっとだけ気に病んでいた。
「ノア従兄様、私がフレディ様を連れてきたせいで問題が起きたのでしょうか?」
「リリィのせいじゃないよ。ちょっと込み入った話に発展してね。でも大丈夫だから」
ノアなら何か知っているだろうと期待して聞いてみたのだが、何も教えてはもらえなかった。
ノアがリリィに説明しないのは、込み入った話が非常に下らなくて馬鹿らしくて、聞かせるのに躊躇う内容だったからである。
そもそも西の砦の過酷な状況は、なぜか情報があまり中央に伝わっていなかった。
フレディが話を盛ったのか、誰かが話を止めていたのか。
調べてみると後者が正しく、コープル辺境伯と中央の間に入っていたクロッシェル公爵家が情報を止めていた。
クロッシェル公爵家の言い分としては、精査して中央に知らせるべき事柄だけを報告し、細々とした対応はしているのだと主張している。
が、対応は辺境伯に丸投げで、公爵家と辺境伯の領地の境目で起きる問題は、互いに押し付け合ってばかりで、全てが後回しにされていた。
耐えかねた辺境伯が、直訴しようと中央に赴けば、それを阻止しようとクロッシェル公爵家が割って入る。
そうすると、辺境伯はムキになってクロッシェル公爵家に向かっていくので、いつも本筋から外れていたのだ。
その影響で、西側全体の整備が東側に比べて大分遅れていることも分かった。
その状態で何年も放置できたのは、王家の視察をクロッシェル公爵家が上手く理由をつくって肩代わりしていたことと、西の砦の防衛が鉄壁であったことに起因する。
西の砦が一度でも突破されていたのなら、中央の目は向いたのだろうが、何も起きないので問題なしとされていた。
問題がないので視察も代理を立てて済ませてしまっていた。
それどころか、安定しているのならそのままでいいだろうと、増員要望も物資の追加も見送られるようになっていたのだ。
誰が一番悪いのかといえば、公爵と辺境伯がちゃんと上告しないのが一番の原因だ。
彼らは互いに睨み合うことに忙しくて、今回の件も相手が悪いと主張を譲らない。
なんでそんなにコープル辺境伯とクロッシェル公爵の仲が悪いのか。
聞いてみたところ、その昔、ひとりの女性を間に挟んで二人が争ったとかなんだとか言っていた。
くだらない。
実にくだらない。
そう言って一蹴したいところではあったが、亀裂が深すぎて修復不可なのが痛かった。
両者とも『貴族が義務を負う』を掲げているはずなのに。
貴族とて結局は人なのだ。
上手いこと自らの怨嗟を隠し、どんな話題も湾曲させて、互いに揉める着地点に向かっていく。
醜悪な舌戦を見せられれば、駄目さも分かるというものだった。
アーサーはちょっと面倒になったので、国王を巻き込んだのだが、珍しく父が匙を投げた。
『あそこまで拗れたら引き離すしかない。無理だ』
高圧的に場を制する父から諦めろと言われて、アーサーは逆に気分が晴れた。
仲を取り持つのではなく、間に人を入れる対処を迷わず選ぶことができたからだ。
方向性が定まると、アーサーは早速ゴルド公爵家子息のディランに声を掛けた。
ありがたいことに、話をしたら他領地の揉め事にも関わらず、ゴルド公爵が非常に協力的かつ友好的に動いてくれた。
好きに使っていいですよ、と息子を惜しげもなく差し出してくれたのだ。
どうやら、度重なる失態を挽回するチャンスがきたと判断したようである。
東の大地を治めるゴルド公爵家のノウハウを生かし、きっと西の大地を整備してくれるだろうと期待されたディランも、快く参加してくれた。
フレディと引き合わせて、やっとアーサーの手から事案が離れようとしていた矢先――
『フレディのことなんだが、人当たりも良いし知識も常識もあるが――なんかこう、上手く噛み合わないんだ』
アーサーとディランは、フレディの本質に気付いたのだった。
◇◆◇◆
西の大地の大改修を国政に組み込んだあと、アーサーは経緯を一切合切省いて、結果のみをリリィに説明した。
「王都から西の砦までの整備と、砦の部隊配置の見直しが正式に決まった。砦の周囲も山や森で見通しが悪いと聞いたから、そちらも手を入れたらどうかと話が出ている」
「……」
大規模な話にリリィは言葉を失う。
なぜフレディはリリィさえいれば解決すると思ったのか。
(やっぱり、ちょっと、フレディ様って……変)
絶対にこっちの方が、みんなに喜ばれるし効果が大きいことなど、リリィにだってすぐに分かった。
「ありがとうございました。なんとお礼を言ったらよいか」
「西の砦は――リリィの父君は相当の手腕なのだろうな。何事もなく治めていたと聞いた」
父親を褒められて、リリィは笑顔で頷いた。
それ以上に、アーサーの権力に感激しっぱなしだった。
(アーサー殿下すごい……王太子様ってなんでもできるのね)
何かあったらここに駆け込もう。それが一番安全だ。
リリィの中で、アーサーは安全基地になった。
両親の庇護下から出てしまった彼女にとって、この全部丸っと引き受けて、なんとかしてくれそうな雰囲気が、とても居心地良く感じたのだった。
◇◆◇◆
城内北の畑近くにあるベンチに座り、ポピィはフレディの仕事が終わるのを待ちわびていた。
本当は常にフレディにくっついて行動し、アーサーに会いに行きたいのだが、彼女は学生のため学園が終わってからしか活動できない。
どうにか聖女候補生として実績を積みたいのに、そこに掛ける時間が思うように捻出できない。
フレディに協力すれば、なにかの取り組みに参加し、そのまま一気に目的を達成できるかと思っていたのだけれど。
ことはそんなに簡単には進まなかった。
(せっかく会議に出させてもらったのに、おいしい話が全くなかったわ。――それに、なにを言っているのか全然わからなかった)
メタウ、ベル、マディン、コラルの町は、西の砦と王都の間にある主要な町の名前だったろうか。
タラ、ズドラ、アランは大陸西の小国の名前。どれも授業で習ったことがあり、テストのために暗記した。
それらを含め、ポピィの知らない言葉が飛び交う会議では、内容が理解できないまま次々と話題が切り替わっていった。
切り込む場所が何一つ見つけられなかった。
ポピィ以外の参加者は、全員当たり前のように話をしていたので、これが普通なのだろう。
――無知な方は本当に狭い世界しか見えていないようで、逆に羨ましいですわ
分からないことに不安を覚えるたび、オリビアの声が聞こえてくる。
――平民上がりの男爵令嬢
ポピィの強みであったものは、今は弱点へと変わっていた。
今さら教科書をひっくり返して言葉を調べてみても間に合う気がしない。
頑張り方が分からない。
気持ちだけではどうしようもなくて、なにも進んでいない現実に胃がキリキリと痛んだ。
「こんにちは、ポピィ様。具合が悪いのですか?」
いつの間にか目を瞑ってうつむいていたらしく、顔をあげると、畑に水やりをしにきていたリリィが、心配をして声を掛けてくれた。
「――こんにちは。大丈夫、ちょっと考え事していただけ」
「そうですか。もし動けそうになかったら教えてください。人を呼びますから」
「うん、ありがとう」
リリィが畑へと戻っていく姿を見つめながら、ポピィは腹部をギュッとつかんだ。
西の砦の田舎から来た女の子なら、貴族よりも平民のポピィと近しい感覚を持っているのではないか。
リリィがやっていけるのなら、ポピィだって通用するような気がした。
(でも、高度な光魔法を操れることを黙っていたから、実は性格が悪くて計算高いかも?)
自分のなにがリリィに劣るのか、どうして上手くいかないのか。
考えても出ない答えに嫌気がさして、ポピィはその場から逃げるように立ち去った。
次回の更新は、2/15になります。
ジルバ国に行ったメンバーを追いかけますよ٩(´꒳`)۶
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