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聖女になりたい訳ではありませんが【書籍化・コミカライズ】  作者: 咲倉 未来
第3部:成金大国の金策騒動 編

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6.コープル辺境伯子息

 執務室では、アーサーとノアが先ほどからリリィをじっと見つめている。

 リリィはノアから教わった資料整理をしながら、向けられる視線をあえて無視し続けた。



 アーサーもノアも、城内でリリィに親しげに話しかけてきた、西の砦のコープル辺境伯子息との関係を気にしているのだ。


 ちなみに、その場は食事の予定があるからとノアが間に入り、その隙にアーサーがリリィを連れていったので事なきを得た。


 食事中も、そのあとも、リリィはフレディについてあまり話したがらない様子だった。

 ノアがしつこく聞いたところ、リリィは悩んだ末にフレディの人柄を簡潔に答えた。


『悪い人ではないんです。良い人ですよ。お菓子くれますし』


 その説明に、アーサーは納得していない。


(良い人の基準がお菓子をくれるというのは、どうなんだ?)


 酷く動揺していたので、絶対になにかあると確信していた。

 どう切り出して話を聞きこうかと、あれこれ話題を考えてみる。


 その空気に耐えられなくなったリリィは、手早く仕事を終わらせて逃げることした。


「資料整理が終わりました。今からは銀の畑の水やりに行ってこようと思います」


 リリィから資料を受け取ったアーサーは、ならばターニアを付き添わせようとロビンに声を掛ける。


「ロビン、ターニアを呼んで付き添ってやってくれ」


「あ、ひとりで大丈夫です」


 ――ガタガタ!


 ドールハウスから激しい物音がした。何かが割れる音も聞こえた気がする。

 リリィは、また失敗したのだと悟り目を瞑った。


「ロビン、お前とターニアの二人で付き添えるか? 何かあったらターニアはすぐに執務室へリリィを移動してほしい」


 少しして、慌てて身支度したターニアが飛び出してくる。


「かしこまりましたわ! さあ、行きましょうか、我が主!」


 元気な笑顔を浮かべたターニアは、いつも通りの彼女であった。


(どうして、ターニアは元気になったのかしら?)


 命令したアーサーのほうが、心配してターニアに遠慮したリリィよりも優しいというのは納得しがたい。


 面白くなさを感じながらも、リリィは二人と一緒に銀の畑へと出掛けていった。



 ◇◆◇◆


 夏に土地を耕して作った畑は、みんなで土を盛って作った(うね)に蒔いた種が勢いよく芽吹き、今は緑の葉を茂らせていた。


 水場に一番近い支柱の立っている区画から順に水をやる。

 次に蔦が畑一面に伸びている区画に来たリリィは、水をやりながら首を傾げた。


「お芋の葉っぱに似ている気がするけど、まさかね……」


 ダニエルは薬草の栽培を期待していたので、まさか銀は野菜を育てはしないだろうと、嫌な予感を打ち消した。



 リリィが水をあげているあいだ、ターニアとロビンは周囲が見渡せる木の上で監視することにした。

 辺りに人はおらず、結果ふたりでのんびりと会話しているようだ。


「まったく、あの()()はリリィ様に水やりをまかせるだなんて。従者のくせに図々しい」


「ターニア様は、どうしても銀殿のことが気になるのですね」


「あたりまえです。わたくしより先に従者になったのですから。あんな毛玉には負けたくありませんわ!」


 ターニアは銀を密かに毛玉と呼び捨てにし、その実狂ったように敵視している。


 今回のジルバ国行きも、あっさりと主人の元を離れて旅立った銀に面食らった。

 ターニアなら、例え主人の命令でも残ることを選択するので余計である。


(従者として主人の側から離れないのは当然なはずなのに。ですが主人の命令を遵守するあの姿勢。わたくしにはできないからこそ、格上だと見せつけられた気分ですわ。それにリリィ様がジルバ国行きをやめたのは体調不良ではなかったのですもの……)


 ターニアは、リリィがジルバ国行きを止めた理由をノアに説明している場にうっかり居合わせてしまい、全てを知った。


 己の不甲斐ない態度が予定を変更させたと知り、ひどく落ち込んだ。


 それもあって、主人の命令に従い忠実に行動しているように見える銀への嫉妬がとまらないのだ。


 銀は己の物欲に従ってジルバ国行きを選択しただけなので、これは単なるターニアの空回りである。


 ターニアは失敗の痛手から逃れるため、打倒毛玉に意識を集中させて、前向きになろうと必死だった。

 今のターニアは、リリィが遠慮するたびに傷つくし、アーサーから的確な指示が出れば名誉挽回のチャンスとばかりに張り切るのだった。



 ロビンとターニアが話し込んでいるとき、リリィのところへフレディとポピィが颯爽と現れた。

 これには当のリリィも驚きである。


「こんにちは、リリィちゃん」

「久しぶりね! リリィちゃん」


「こ、こんにちは。フレディ様に、ポピィ様」


 畑の通路で両側から挟まれてしまい、リリィは逃げ場を失った。

 木の上では、駆け付けようとしたターニアをロビンが必死で止めている。


「ロビン、離しなさい!」

「今出ていったら、あの者たちに俺たちの姿が見られてしまいます。危険が無いのなら待機すべきです!」


 危険かどうかも分からない人物に危害を加えてしまっては問題になる。

 いつでも出られるように二人は様子を窺った。






「城内に畑があるって、めずらしいわね! リリィちゃんの畑なの?」


 ポピィが中腰でリリィに目線を合わせて笑いかける。

 その笑顔に少し安堵したリリィは、ポピィやフレディに意味もなく慌てたことを恥じた。


「私の畑ではないです。水やりを頼まれただけです」

「そうなんだ。こんな仕事までこなしているなんて、偉いね」

「これはなんの植物だろう? あっちは見たことがあるな」


 フレディが少し移動したときだった。

 彼の服に支柱が引っ掛かり、そのまま動いたせいで大きく曲がった。


「ふ、フレディ様! 動かないでください」


 リリィは慌てて桶に柄杓を突っ込んで置くと、フレディの服に引っ掛かった支柱を外す。

 動いていいと許可がでてフレディが振り返ると、その肘が支柱にあたって激しく揺れた。


「フレディ様、ここだと狭いですし、あそこのベンチに行きましょう」


 畑を荒らされたくないリリィは、フレディとポピィを連れてベンチへと移動した。





 リリィは、二人が一緒にいる違和感に気付き、そのことを思わず尋ねた。


「お二人はお知り合いだったのですか?」


「フレディ様は、今はあたしの邸に滞在しているの」

「そうそう、王都に来るまでに道に迷うわ、馬車が壊れるわで散々だったんだよ。ポピィさんに出会えて本当によかった」


「そ、そうなんですね。はは~」


 西の砦から王都までならリリィも旅してきたが、そこまで危ない道のりではなかったはずだ。

 どうやったらそんな目に遭うのか不思議で仕方ない。


(悪い人じゃないのに。むしろ限りなく良い人なのに……不思議だわ)


 今も昔も、フレディは人当たりの良い好青年である。やる気もあり頭だって悪くない。

 次期コープル辺境伯の跡取りとして、砦にもよく顔を出してくれていた。


 ただ――


『リリィ、フレディを連れていってくれ。救護班の休憩場でお茶でも出してやれ。話し相手して引き止めておいてくれ』


 西の砦の見回りに出るとき、父はフレディを置いて行きたがった。


 いくら断られても、フレディはついて行こうとするので、アダムはリリィに相手をさせているあいだに出発する作戦を、何度も使っていた。


『また置いて行かれてしまったよ。次こそは着いていきたいものだね』


 父の雑な扱いも怒らず笑って済ませてくれる優しい人。

 けれどフレディがついていった見回りの日は、なぜか怪我人が多くでるのだ。


『あれはダメだ。向いていない』


 傷の手当てをしていたエマは、アダムの投げやりな態度を少しだけ責めた。


『そうなの? やる気があるのに?』


『やる気があるからこそ、まずいんだ。知らないくせに行動だけはしようとする。任せたって経験も考えも浅いから思った通りに事が運ばない。こっちは当てにしているから、全員が被害を食らってこのざまだ。あいつだけはダメだ』


『丁寧に教えて差し上げたら? やる気はあるのに勿体ないじゃない』


『俺もそう思ったさ。ただな、どう教えてもフレディ様の理解が浅いんだ。そうなると、どう言っても伝わらないんだよ』


 小さな傷を顔にたくさん作ったアダムが零していたのを、リリィはよく覚えていた。







「ねえ、リリィちゃん、このあとお茶でもしようか」


「私は水やりがありますから。ポピィ様とお二人で行ってきてください」


「リリィちゃんと話がしたいんだ。水やりを手伝うから。そうしたら早く終わるだろう」


 リリィが返事をする前に、フレディは桶と柄杓を手に取って畑に戻っていった。

 慌てて追いかけると、フレディが水やりをした畝は柄杓から落とす水が強すぎて根がむき出しになっている。


「ふ、フレディ様。水やりはもう少し優しくしないと」


「そうなんだ」


「根っこの部分に、少しずつゆっくりかけてあげてください!」


「こうかな?」


「そんな感じです」


 フレディのゆっくりと水やりは、終わるまでに非常に時間が掛かった。



 決して悪気もないし、悪い人でもない。自主性に溢れたやる気のある、良い人だ。

 ただ、フレディのやる気は周囲に負担を強いているし、本人はそれに気づかない。


 面と向かっては断りづらいため、アダムがしていたように本人が気づかないよう排除するのが、互いにとって幸せなのかもしれない。

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