終.エピローグ
聖アウルム王国の城内、北東に位置する場所は大破した旧研究室棟の破片が撤去され、空き地が広がっている。
「なあ、ダニエル! 本当にここを全部畑にしていいのか?!」
「ああ、他に利用する案もないしね。申請したら許可が出たから好きに使っていいよ」
「転換して耕していいか?」
「城内は君たちのことを周知徹底しているから大丈夫だよ」
「ひゃっほーーーい!!」
空高く飛び上がった銀は、棒を持つと敷地に線を引きながら畑の完成図を描いていく。
そこへ肩や頭に埃をつけ、ハタキを持ったリリィがやってきた。
「ダニエル様! また倉庫が二つほど空きました」
旧研究室棟の少し先、北に建てられた倉庫には、以前は呪いの武器防具や装飾品が詰め込まれていたが、それらは全て解呪され方々に引き取られていった。結果として空の倉庫が二つほど増えた。
その倉庫以外の中も見識改めて、ゴミは処分し、使えるものは本来使う場所へと移動させている。
実はこれ、ダニエルがずっと気になっていた事案のひとつである。北に位置する開かずの倉庫群。
きっとゴミ溜めになっていると思っていたが、ダニエルが片付けようとすると妨害されるので手つかずであった。
「どのくらい空きそうだい?」
「多分ですが、全部空くと思います」
「やっぱりね。なら空にしてしまって、掃除と改修工事の依頼をだそう」
「分かりました!」
中身は、ちょっと素人が触ると不味いものが混じっているので、リリィが解呪魔法で対応していた。
そこにエリオット、ターニア、ロビンが混ざっているので、たまにではあるが、彼らしか知りえないレアアイテムも見つかるのだ。
「叔父上、俺は部屋に戻って仕事したいのですが」
隣に座ったアーサーは先ほどから暇を持て余していた。
「ええ~? 付き合ってもらうために今日の分は片付けたじゃないか。どの仕事をするつもりだい?」
そう言われると、急ぎでやる仕事は無いので返す言葉に困ってしまう。
「たまには息抜きもいいものだよ。というか、私しかいないと、すぐに兵士が誰か呼んできちゃうからさ」
「確かにそうですが。ただ、こんなに暇なのは、正直慣れなくて……」
「なら、子供たちのところに混ざってくる?」
「それは、ちょっと……」
ダニエルとアーサーは木陰に置かれたベンチで、二人並んでのんべんだらりと休み続ける。
「ここの倉庫は備蓄用に改装しようと思うんだ。獣人から受け取った物資を保管する場所が必要だろ?」
「そのために片付けを始めたのですか?」
「うん、言ってなかったっけ?」
行動を共にするようになって知ったが、ダニエルはいわゆる天才という類の人種であった。彼の行動は一見すると突発的で理解が及ばない。趣味で楽しんでいるだけのようにも見える。ついでに一気にゴールを語り出すので経緯も過程も分からず、アーサーですら不安になることがある。
ただ、全ての話を聞けばちゃんと理屈が通り、あらゆることを検証しているので問題ないといえた。
(この行動が理解されずに、周囲から距離を取られていたのだろうか?)
アーサーが物心ついたころからダニエルの扱いは酷かった。
その成り行きは知ることはできないが、なんとなく理解されづらいのではないかと思えた。
「なら、銀に土地を渡したのは?」
「獣人の薬草作りって面白そうだろう? 本人もやりたがっていたし」
「それで、本当のところは?」
「え、うーん。ここで薬草が育つなら、聖アウルム王国でも栽培可能だよね!」
つまり、薬草の自国生産の可否を実験しようとしているのであった。
(……理解しづらいが、まぁいいか)
アーサーは意思疎通が可能なので大丈夫だ。今さら他の者がダニエルを頼ることもないだろうから、問題ないのであった。
「ところでさ、銀君とエリオット君がアーサーとリリィの事を番だと思い込んでいるんだけど、訂正した方がいい?」
「は? ツガイ?」
「番っていうのはね、――」
ダニエルに番の説明を受けたアーサーは、何とも言えない気持ちになった。確かに彼らにリリィとの間柄について聞かれたときに『婚約者――――候補』だと伝えた覚えがあった。が、それ以外にアーサーとリリィの関係性を示す具体的な名前は無いのだ。
部下の従妹、叔父の助手、聖女候補生は本人の肩書である。
「リリィが聖女候補生を外れたから二人とも首をかしげていたんだよ。番なのになんでって聞かれて、さすがに説明しづらくなってきてさ」
銀とエリオットの中では、番と婚約者は同じ括りになっている。説明するなら番というシステムが人間には無いことから話す必要があるだろう。
「ちゃんと理解できるよう説明しておいてください。もし他で婚約者が決まったら、それこそ大惨事だ」
「あー確かに。もしかして他で決まる話でもでた?」
「出ていません。もし出ても今は全力で避けます。あれもこれも引き受け続けたら、俺が死んでしまう」
「え、アーサー死なないで。私を鬼畜兄の元に残していかないでよ。もし死ぬなら、それより先に私が命を絶つ!」
「死にませんけど!……仮にもし俺が死にそうだったとして、目の前で命を絶つとか迷惑なので止めてください」
「ええ~、またあの鬼畜兄と玉座で揉めるのは勘弁だ。死ぬのがダメなら国外に逃亡するしかない」
イヤイヤと首を振るダニエルを、アーサーは思わず嫌そうな顔で睨んでしまった。
木陰を心地のよい風が通りすぎ、少し汗ばんだ肌から熱を奪っていく。
時間はもうすぐ十五時でおやつ時だ。外回りから帰ってくるノアと合流して全員で冷たいものを摂るのがいいだろう。
(アイスクリームか、シャーベットか。その辺りが食べたいな)
何かを食べたいなどと久しく思い浮かべたことがなかったアーサーは、自然に浮かんだその言葉にちょっとだけ驚いたのだった。
「ダニエル様! アーサー殿下! 見てください。古い魔法書が出てきました。これは使えるかもしれません!」
埃にまみれたリリィが、分厚い本を両手で掲げて走ってくる。
その足元が気になったアーサーは思わず声をかけた。
「転ばないように気を付けろよ!」
そう声をかけた瞬間、盛大に顔から転んだので慌てて駆けより抱き起こすと、リリィは顔や腕が擦りむけ血がでていた。
「いたた……あ、魔法書をどうぞ」
「……」
心配して駆け寄ったのに魔法書を差し出されるとはこれいかに。
アーサーは出された魔法書を無視し無言のままリリィを抱き上げると、ダニエルの座るベンチまで連れていった。
「本は叔父上にでも渡せばいい」
言われた通りにリリィがダニエルに本を渡すと、アーサーは彼女に向かって呪文を唱える。
水魔法の回復と洗浄で傷を治して汚れを落としてやり、風魔法で乾かしていく。
四元素魔法を見る機会に恵まれないリリィは、両目を大きく開けて目の前の光景に夢中で見入っていた。
「これで終わりだ」
「ありがとうございます!」
それ以上の会話はなかったが、特に気まずい雰囲気でもない。
隣に座るダニエルは魔法書に視線を向けているものの、横の二人の妙に馴染んだ空気が気になって仕方なかった。
(アーサーが側近に迎えたくらいだし気に入ってはいるんだろうけど――。ああ、でもそうか。私達王族って、どんなにメリットがあろうが気に入った人間しか側に置かない性質だっけ)
てっきりリリィの手札が必要だったから側近にしたと思い込んでいたが、そもそも気に入ったからだったんだな、とダニエルは一人納得し、魔法書の内容に集中し始める。
その後ノアが戻ってきたので、全員で執務室へ戻って休憩に入った。
今日もアーサーの執務室は大変賑やかで、騒がしい。
この先、聖アウルム王国に降りかかるであろう問題も暗く気の滅入る現実も、彼らは賑やかに騒がしく踏み倒していってしまうのであった。
~第二章・終~
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!
あとがきは[活動報告]に掲載しますので、ここでは割愛させていただきます。
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