23.王太子の仕事(2)
国王陛下の御前を辞したあと執務室に戻る気にもなれず、アーサーは当てもなく城内を歩いていた。
そして、ずっと面会を避け続けていたディランとカルコス男爵に遭遇し、すぐにでも話がしたいと囲い込まれてしまう。
「ほんの少しでいいのです。殿下、お慈悲を!」
カルコス男爵が、大袈裟な仕草で手を揉みだし最後には跪拝までしだしたので、アーサーは諦めて二人を連れて応接室へと移動した。
カルコス男爵とディランの共通点といえば、身内の聖女候補生ぐらいであり、案の定、話題はそれ一色であった。
「聖女候補生の仕事が全く回ってこないのでは、娘のポピィとて頑張りようがありません。お役目を頂いて張り切っていましたから、親としては何とかしてやりたいのです!」
「私も、オリビアに何か仕事を振ってもらえるようお願いしたい」
仕事なら、アーサーのところには山ほど舞い込んでくる。だが、聖女候補生に相応しい仕事は既に大方が片付いてしまっているのだ。
「聖女候補生の仕事は、殆どが完了している。仕事が出たら連絡すると説明してあったはずだが?」
「殿下の側では、聖女候補生の一人がずっと仕事を貰っていますよね! ならポピィにもぜひ」
「彼女はダニエルの補佐も兼任していてその仕事をしている。今は獣人や竜人の相手をしていて聖女候補生の仕事をしているのではない」
リリィが仕事を続けているなら、何かあるはずだと算段していたカルコス男爵とディランの当てが外れた。
なら、もう聖女候補生ではなく未来の王太子妃になるための布石として側仕えに押し上げるしかない。
「では、ポピィに出来る仕事ならなんでも良いので、使ってやってください」
「殿下の仕事が立て込んでいるのはノアに聞いている。雑務ならオリビアでも対応できるだろうし、どうだ?」
国王陛下の妄言に、目の前の二人からの無茶振りに。なぜアーサーが、それらを引き受けて全て叶えて成功させなければならないのだろうか。
アーサーが責任を負うのなら、出来るように上手くいくように、仕事をしたい。
責任も取らなくて済むような安全な場所から、さも己が意見は正と言わんばかりに要求だけぶつけてくる。
断れば、こちらの事情など気にも留めずに持論こそが正論なのだと、言葉を変えて押し付けてくる。
聞き入れないアーサーが間違っていると主張したい者たちの相手をし続けたせいで、彼の中で何かが崩れた。
「なら、どんな役に立つというのだ?」
「「え?」」
「二人がそこまで薦める人材だ。どういう役に立てるのか、と聞いている」
「それは、光魔法が使えます。ポピィは確か候補生の中でも一番の成績でございました!」
「それは能力の話だろう。そんなことは知っている。俺が聞きたいのは、どういったことに貢献して役に立つと証明するつもりなのか、ということだ」
表情の消えたアーサーの顔は、造形が整っているせいで凄みが増す。
「ディランはどうだ? オリビアは、どういった仕事をするつもりなんだ」
「それは、光魔法関係と、彼女は一通りの学業と教養を習得していますから、なんでもこなせるでしょう」
「その程度なら俺に差し出さなくてもディランが使ったらいい。宰相配下も人材不足だと聞いているが?」
アーサーから拒絶ともとれる返答をされて、カルコス男爵はこれではまずいと焦りだし、さらに踏み込んだ話題を出した。
「聖女候補生は、殿下の妃候補という話がありましたでしょう。それを見極めるために側に置いていただきたいのでございます」
「ああ、あの噂か。俺は言った覚えはない。なぁディラン。ゴルド公爵家は、その辺りは詳しいだろう?」
「……」
「なんだ、俺が間違っているか? ならそうはっきりと言え。これではカルコス男爵が納得できまい。ゴルド公爵家なら真相は知っているはずだ」
「……確かに、殿下は好きにすればいいとおっしゃっただけです。国民の喜ぶ話題のひとつとして、一部の貴族が盛り上がっていたにすぎない」
つまり、王家からの正式な話など何もないのである。騒いでいるだけならアーサーも見逃したが、要求してくるのなら話は別だ。事実を明るみに晒し、噂を虚偽として扱うことだってできる。それはゴルド公爵家としては避けねばならなかった。
「え、ただの噂があんなにも広まったなら、もうそれは真実なのでは?」
納得できない男爵が、おどけた様子で今さら噂だなんて話には出来ないと豪語する。
「そうか。そんなにも国中が期待しているなら申し訳ないことをしたな」
アーサーは申し訳ない顔をつくり謝罪すると、うっすらとほほ笑んだ。
その笑顔に、妃候補の話を受けてもらえると思った男爵もつられて笑顔になる。
「間違いだったと俺が直々に訂正しよう。聖女候補生の仕事も終わったから丁度いい。解雇に合わせて伝えれば、多少騒がれてもすぐに収束する」
「っ! そんな、あんまりです!」
「殿下、何もそこまでする必要はないだろう」
カルコス男爵もディランも焦った。たとえ噂でも一時妃候補にあがった娘が立場を剥奪されてしまえば、王太子に見初められなかったということになる。それだけは何としても阻止しなければならない。
「殿下、我々は一度出直してまいります。殿下の目に留まる功績をオリビアにたてさせますので、今しばらくの猶予を頂きたい」
「分かった。聖女候補生の役目はそのままにする。辞めるも続けるも本人たちの好きにさせろ。もし仕事が出れば回すが、期待するなと伝えておいてくれ」
「はい。ありがとうございます」
「カルコス男爵も、それでいいか?」
「……分かりました」
カルコス男爵とディランから合意を勝ち取ったアーサーは、彼らを残して応接室を出て行った。
残された二人は難しい顔で黙りこむと、先々どう動けばいいかの妙案を必死で探したのだった。




