19.王妃のお茶会(1)
夏至祭も終わり、通常の日々が戻ってくる。
朝、リリィはいつも通りにノアと一緒に馬車に乗り込む。胸ポケットにはターニアが入り横には子犬に転換した銀が、丸まって眠そうにあくびをしていた。
登城しアーサーの執務室に入ると、ロビンが瞬時に飛んでくる。
リリィに挨拶したあと、すぐにターニアを棚の上のドールハウスへと誘う。
「ちょっと、わたくしは一日中ロビンと遊んでいるわけにはいかないのよ!」
「用事があればすぐに出ていけますから。それまでは俺に時間を割いてくださいよ」
念願かなってターニアを口説く権利を手に入れたロビンは、日々彼女に突撃する。ターニアも内心嬉しいので、多少抵抗する姿勢を見せるものの、最後には仕方ないと言って一緒に飛んでいくのだった。
執務室には真新しい机が増え、晴れてアーサーの側近に就いたダニエルが座っている。彼は、まるでずっと前からその場所で仕事をしているかのように馴染んでおり、アーサーと二人で相談しながら仕事を次々と片付けていくのだった。
仕上がった資料はノアが各部署に返却と説明をするために出掛けていき、最近はずっと不在がちだ。それを見ていたリリィは、自主的に来客時の対応を引き受けている。
活気あふれる仕事場の隣の部屋では、銀とエリオットが聖アウルム王国について勉強していた。銀がお金に興味を持ったことで数字に計算、文字を学びたいと言いだし、それにエリオットが便乗したのだ。リリィは二人の先生役も任されている。
様変わりしたアーサーの執務室は、多少手狭ではあったが活気に溢れ賑やかであった。
――コンコン
ノックが聞こえたのでリリィが扉を開けると侍女が立っていた。差し出されたトレイの上には手紙が一通乗せられている。
「こちらは王妃様から、ティナム伯爵家のリリィ様宛の手紙になります」
「……ありがとうございます」
自分の名前が呼ばれた気もしたが、侍女はティナム伯爵と言っていたので多分ノア宛の間違いだろう。
そう思い手紙を持って部屋に入ったのだが、宛先にリリィの名前が書いてあり、呆然と立ち尽くした。
(なんで、どうして? なに、なに、なんで?)
急に挙動不審になり二の足を踏み始めたリリィにアーサーとダニエルが気付いて、執務の手を止める。
「リリィ、どうしたの?」
「へ、変な手紙が……」
変な手紙という単語に反応したダニエルが、その手紙を受け取ると蝋封の刻印は王妃の紋章が押されていた。
表を返せばリリィの名前が記されている。王妃からリリィ宛など、確かに変だ。
「王妃様からの手紙か。はい、リリィ。中身を読んで返事を書こうか」
「う、はい。――お茶会のお誘いみたいです。王妃様と聖女候補生三人の参加だと書いてあります」
聖女候補生ということは、久しぶりにオリビアとポピィとも会うことになる。あまり良い印象を持っていないだけにますます不安になった。
それに王妃様が主催となれば、格式高いお茶会なのだろう。それも何だか気が重い。
「ど、どうしましょう。アーサー殿下」
出来れば行きたくないと思ったリリィは、アーサーに判断を委ねながらも心の中で断ってほしいと切に願った。
「――王妃は勝手にしゃべり続けるから、適当に相槌を打っておけば乗り切れる。オリビアもポピィもいるなら尚更だろう」
「――はい」
リリィの願いはアーサーには届かなかった。むしろ適当にやり過ごす方法を伝授されてしまい、いよいよ参加しかなくなってしまう。
リリィは参加の返事を用意し、戻ってきたノアに手紙を託したあと、お茶会の当日に向けて何を準備するか悩みだした。
その様子を見かねたアーサーは、難しく考える必要は無いとリリィを諭す。
「あまり気負わなくても、美味しいお茶と菓子を食べる気持ちでいけば大丈夫だと思うが」
「そ、そうでしょうか。王妃様のお茶会なら当日のドレスから、ちゃんと選ばないといけない気がします」
何を着ればいいのかも決められる気がしなくて、リリィは両手を頬に添えて困り果てた。それに、当日など緊張して味どころではないはずだ。
「ティナム伯爵家なら、服装の準備は万全にしてくれるだろう。心配いらない」
「はい……。でも」
単純に場数を踏んでいないリリィは、何をどう説明されても不安が拭えない。
急に精神が不安定になった主の様子を見て、ターニアは自分の出番だと立ち上がる。
「わたくしが同行しますわ、我が主! いざとなったら直ぐに移動してさしあげますので、ご安心ください!」
「ターニア、それは余計にダメよ。でも、一緒に来てくれるのは心強いかも」
「では、ポケットの中で応援しています」
微笑ましい援軍を手に入れて、リリィに笑顔が戻る。そして一緒に連れていくターニアに、どんなドレスを着せようか手持ちの服を思い浮かべた。
「ターニアのドレスは、どんなのが良いかな?」
「我が主、わたくしのドレスではなく、主のドレスこそ時間をかけて選ばねばなりませんのよ」
「それはノア従兄様に頼めば、メイドが選んでくれるから大丈夫よ」
ターニアはムスッと膨れた。主より着飾った従者など、そんな馬鹿な話はない。
「わたくし、ノアに頼んで主のドレスを一緒に選びますわ。最高に着飾ってお茶会に参加しましょう!」
「え、ええ~」
心強い味方は、戻ってきたノアと結託してお茶会の準備に主力として参加した。
当日は、朝からリリィを見事に着飾りつくしたのであった。
――茶会当日
朝、執務室に到着したリリィを目の当たりにした面々は、様々な感想を口にした。
「いつもと全然ちがうな! 馬子にも衣装ってやつだな」
「いつもは可愛いけど、今日は綺麗だね。とても素敵だよ」
銀は相変わらずリリィの知らない例えを使うので、理解はできなかったが褒められている気はしなかった。
エリオットはさすが王子様という立場なだけあり、きちんとリリィを褒めてくれる。
「ありがとう。でも、動きづらいから私はいつもの服が好きだわ」
仕方ないとはいえ今日はこれで過ごさねばならない。リリィは口をすぼめて不満をあらわにした。
「リリィ、笑顔、笑顔。ちゃんと令嬢として立ち回ってきてよね。ティナム家の名誉がかかっているからね!」
「内輪の茶会なんだ。そんなに気負わなくても大丈夫だよ。そのドレスの色はリリィに良く似合っているね」
プレッシャーをかけるノアを牽制しつつ、ダニエルはドレスが似合うと褒める。
「わたくしが、主のために選んだドレスですもの! 当然ですわ」
「ターニア様も、今日は一段と美しいですね」
主の支度を手伝い満足したターニアに、ターニアだけを褒めるロビン。このあたりはお決まりの流れである。
「綺麗だな。リリィなら大丈夫だ。安心して参加してくればいい」
アーサーの言葉にコクリと頷く。
全員に見送られてポケットにターニアを入れたリリィは、迎えに来たメイドに連れられて、王妃のお茶会へと向かったのだった。




