14.真実の愛と、その代償(2)
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夕方、アーサーとリリィは座敷牢の中でくつろいでいた。明日はいよいよ夏至祭が始まる。
村長が言っていた通りに事が運んでいれば、アーサーと銀とリリィは三人そろって夏至祭で開く道を通り、王都へ帰ることが叶うはずであった。
今日も準備に奔走していた銀が戻ってくる。その顔は疲れが色濃く、そして何やら困り果てている様子であった。
「とりあえず、全員無事に帰ってきて闇市の運搬も終わったんだけどさ。当日の移動魔法の準備がまずそうなんだ」
闇市当日は、用意してある出入口全ての門を開く。準備で一部の通路を使っていた今日までとは比べ物にならない規模の魔法が発動するのだ。
「準備だけで、何人もの妖精が駆り出されて倒れたんだ。前回まではターニア様が一人でこなしていたのに」
リリィは、銀の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「……銀、もう一回同じこと言って」
「準備だけで、何人もの妖精が駆り出されて倒れているんだよ」
「うん」
「大変だろ」
「その先の続き!」
「続きって、ターニア様のことか? リリィは知らないだろ」
「ターニア様!」
先日治癒魔法をかけた妖精が、確かそう呼ばれていたのではなかったか。思わずアーサーを見ると頷くのが見えた。
「銀、俺たちはターニア様と呼ばれる妖精に会った。銀の身内も関わっているかもしれない」
「はぁ? 嘘だろ、今そんなことしたら絶対にマズイのに。どこのどいつだよ!」
銀の耳と尾が逆立ち、グルルと口から呻き声が漏れる。その様子にリリィは杏の名前を出すことを躊躇った。
「言えよ。誰がやったんだ!」
銀が扉の鍵を開けてリリィの座敷牢の前までやってくる。いきり立った顔が怖くて、すぐさま部屋の隅まで後退った。
「い、言わない。だって可哀想だもん」
「あぁ? 可哀想? ターニア様を匿っていたってことのほうが、危険なんだぞ!」
無理やり扉を破ろうとした銀を、アーサーが直ぐに止めに入った。暴れて抜け出そうとする銀の耳元で、銀を制止する言葉を口にする。
「銀、主人に歯向かうな。落ち着け」
銀の動きは、すぐさまぴたりと止まった。そのまましゅんと項垂れて耳もしっぽも垂れ下がる。
もう大丈夫だろうとアーサーが手を離せば、力なく地面までしゃがみ込んでしまった。
「……ごめん、リリィ」
「……べ、別にいいけど。ちょっと、怖かったわ」
「もうしない。主人に歯向かったら俺だって危ない。だから、ちゃんと気を付ける」
ぶつぶつと自戒の言葉を呟くと、銀はガバリと勢いよく起き上がった。
その顔は、いつもの銀の表情に戻っていた。
「とりあえずターニア様の件を何とかしよう。俺はアーサー殿とリリィを無事に王都に返せるようにするから、案内してもらえるか?」
「……銀も一緒に帰るのよね」
リリィの言葉に、銀はニッと歯を見せて笑う。
「主人の命令とあらば!」
急にちゃかしたので、何かを隠しているようにしか見えなかった。が、銀がとにかく案内しろと急かすので、それ以上は話を聞くことができなかった。
□□□
横穴のある場所まで三人で歩いていくと、ターニアとロビンに再会できた。
ターニアは未だ意識を取り戻しておらず、ロビンは片時も離れずに看病しているようだった。
その二人を銀は、アーサーとリリィの後ろに立って黙って見ていた。
「ロビンさん、ターニア様の様子はどうですか?」
「調子は良くなっていると思います。まだ目覚めませんけどね」
リリィはロビンの後ろに横たわるターニアに手を伸ばすと、再び治癒魔法をかける。
状態を確認すると、あとは目覚めるのを待つだけといったところであった。
「ところで、そちらの獣人のかたは、どういった理由で付いてこられたのですか?」
横穴から、ふわりと飛び立ったロビンは銀の目の前まで飛んでいった。
「俺はリリィの従者だ。主人の行く場所には何処へだってついていく」
「では、我々を捕まえにきた訳ではないのですね?」
「……そうだな。俺は、そういう立場にはいないんだ」
少々引っ掛かる言い回しではあったが、害するわけでないのなら深追いは不要だとロビンは銀を黙認する。
すでにオベロンの追手が村まで来ていることは杏から聞いていたし、大樹から離れたせいで体力もすり減っていた。
今のロビンには、ターニアと過ごせる残りの時間を惜しむ方が大切なのだ。
「誰かいるの? リリィさん?」
その声で、銀はターニアとロビンを匿った犯人が誰かを理解した。振り返れば巫女装束の杏が立っている。
「ぎ、銀兄?! どうしてここに」
「杏。この件は、他に誰が関わっているんだ?」
「……わ、わたし一人だけよ。――銀兄、このこと、みんなに言うの?」
杏は村の状況を把握したうえで、ターニアとロビンを庇っていた。バレればどういった目に合うかも十分に承知の上でだ。
ただ、ここならバレないだろうと目論んでいたので、隠し通せると思っていた。それが見つかってしまったことで、ガタガタと震え出した。
「だ、だって仕方なかったの。ターニア様じゃなきゃ、上手くいかなかったんだもの。私の神楽舞のせいじゃない。妖精のせいなの。だから、だからターニア様が元気になったら、みんなが戻ってくるようにできると思ったの。闇市を成功させるためには、ターニア様じゃなきゃ!」
杏は巫女に選ばれた日からお役目を果たす日まで、毎日一生懸命に神楽舞を練習してきた。
血マメが出来ようが、足の裏が擦りむけようが、本番で失敗することに比べれば、大したことないと自分に言い聞かせて。
それなのに、本番で完璧に神楽舞を踊ったはずなのに、移動した者達は誰一人として帰ってこなかった。
初めは杏が疑われ、その後に妖精のせいだと判明するが、彼女の心は深く傷ついた。
そんな心の浮き沈みも、次々に起こる事件の影響を受けて、待ったなしに踊り続けることになった。
踊るたびに、また一人、また一人と行方不明者が出るのだ。
杏のせいじゃないと言ってはもらえたが、自分が踊るたびに誰かが行方不明になるのは恐怖でしかなかった。
ターニアとロビンを見つけたのは偶然で、杏がつらくて村の外でこっそりと隠れて泣いていたときだった。
一目見てターニアだと分った杏は、彼女が元気になれば今の状況を解決してくれるに違いないと考えて、普段使っていない外部へ繋がる洞窟に二人を匿ったのだった。
「か、匿ったときは知らなかったの。ターニア様が追われていることも、妖精殺しの短剣を盗んだことも、知らなかったのぉ!」
泣き出した杏を前に、銀は首を振って顔を顰めた。知らなかったでは済まないのだ。
事を大きくしないために、すぐにでも手を打たねばならなかった。
(でも、そうする? どうやって……)
「あ! ターニア様が」
リリィの声でその場の誰もが横穴に注目する。その視線の先では、ずっと眠り続けていたターニアの瞳がゆっくりと開いたのだった。




