12.代理役は王弟殿下(2)
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深夜、城内はすでに人気はなく、明かりのついている部屋はまばらに点在するのみだ。
ダニエルはひとりアーサーの執務室で仕事をこなす。彼は夜を徹して明日の準備をする算段であった。残って仕事しようとするノアには、明日の朝一で資料返却に回ってほしいと説き伏せて、先ほど無理やり帰らせた。
ダニエルは机の奥からとあるものを取り出すと、深いため息をつく。
「さすがにノア君の前で、これを使うことはできない」
御璽――本来であれば国王陛下が使うべき印がアーサーの部屋にあったのだ。
アーサーの仕事を肩代わりしたダニエルは、すぐにその内容に違和感を覚えた。
王太子の仕事という名目で国政全般の検討が回ってくるのは、ありえないと思った。
手違いで紛れたのだろうと除けておいたが、仕事が進むにつれて、その量の多さに間違いではないのだと認識を改める。
嫌な予感がしてアーサーの机を一通り調べれば、あっさりと御璽が転がり出てきたのだった
「――せめて鍵付きの引き出しに入れといてよ。――あ~あ、見つけたくなかったなぁ」
自分の兄である腐った国王陛下が、何をしていたのかを理解してしまった。
数年前から体の不調を訴えているのは知っていたが、会議で顔を合わせれば元気にダニエルを苛めるので、たいしたことないのだと思っていた。実際、どのくらい悪いのかは知らないが、アーサーが代理で仕事をこなすほどの何かがあるのは確定してしまった。
(体調が悪すぎて仕事ができないのか、長生きできないと悟って早めに引き継いでいるのか……。いや、対応できなくてアーサーに押し付けたか?)
ダニエルの七歳年上となる国王陛下――トマス・アウルムは、決断力と行動力、他を圧倒する貫禄とカリスマ性があり、統治者としての魅力溢れる人物だ。
聖アウルム王国も、長きに渡り平和で安定した国であるからして、そういった国王が玉座につけば、家臣による謀反は起きにくく治世は安定すると国中の者が考えていた。
実際、トマスは国民の期待通りの国王として君臨している。
だが、誰もが現状に満足する中でダニエルは早くから異なる意見を持っていた。彼は、聖アウルム王国が栄え続けることだけに注力するのでは、足りないと考えたのだ。
長く続く国にありがちな、形骸化した慣習や先送りにした小さな問題は、時を経て巡り巡って国を傾けるか、もしくは頭の痛い問題を生み出すことになる。
それらの問題を、ダニエルはトマスの影響力を使えば一掃できると考えていた。
それだけの力が兄にはあった。
だれもが避けたがるような問題も、トマスが指示すれば家臣はこぞって手柄を立てようと立候補するだろう。
今も昔も、ダニエルは兄の王の器の凄さには感服している。彼が黒と言えば白いものも黒になるほどの影響力があるのだ。
――兄が国王陛下になったなら、自分は宰相として仕え国をさらに発展させていきたい
幼いダニエルはそういった思いで、勉学に励み早くから国政を学んだ。
兄にまとわりつき、七歳の年の差を早く埋めようと背伸びをし続けたのだ。
ただ、そういう改革的なことをトマスは好んでいなかった。
彼は現状の聖アウルム王国の豊かさが続くことが一番だと考えたのだ。
それゆえ改革を唱えるダニエルは、トマスから煙たがられてしまう。
幼少期にできた確執は、年数を重ねるごとに周囲を巻き込み、明示的に徹底的に互いを否定し合うことで、取り返しのつかない形へと変化していった。
トマスは、ダニエルに名ばかりの公爵の爵位を授けて王位継承権を剥奪し、王家に連なる者をわざと末席に座らせるようにした。
家臣の前でダニエルの意見を否定することで、改革的な考えは悪だと徹底して見せつける。
逃げ出せないように仕向けて殺さない程度につつきまわし、都合良く国政に利用し続けた。
王弟であるダニエルは、長年これらを黙って享受し続ける。
ダニエルは不徳の扱いに耐える中で、いつか兄が立ち行かなくなって困り果てることを望むようになった。
兄が惨めに失脚することを想像することで、苦境を耐え忍んだのだ。
ただ、実際にどうなるかまではダニエルでも分からなかった。
トマスの治世では大きな問題が起きず、それらは次世代で表面化するかもしれないからだ。
実際、オーロ皇国と和平条約を結び、アーサーが第二皇女と婚約したことで、トマスの治世は盤石となったかに見えていた。
けれど、安定していたトマスの治世はアーサーの婚約破棄で一転する。
それからは坂を転がるようにダニエルが懸念していた問題が、課題として認識されるようになっていった。
現状維持を徹底していた家臣は、臨機応変に対応することができず、改革的な対応案など一切出てこないようだった。
ダニエルが望んだとおり、トマスは変化の激しい国政に対応できず困り果てた。
そして、側にいた優秀な王太子に全てを覆いかぶせたのだった。
(私は馬鹿だ。陛下はそういう奴だと分っていたはずなのに)
都合の悪いことを排除し、自らの保身のために他を犠牲にすることを厭わない。トマスが黒と言えば白いものすら黒になる。ダニエルが嫌というほど、その身に思い知らされたことである。
三十歳の王弟が未だに太刀打ちできないのに、十七歳の息子がどうして勝てるというのか。
現状が保たれているのはアーサーが非常に優秀だったからだが、一人に全てを押し付けるやり方で、いつまでも続くと考える方がどうかしているだろう。
「大人げないなぁ」
ぽつりと零れたその評価は、国王陛下に対してではない。
自分が虐げられるばかりの弱者であり、耐えているのだから十分だと思っていた。けれど傍観していたその渦中では、自分より年下の甥っ子が全ての帳尻合わせを押し付けられていたのだ。
王太子なのだから将来向き合う問題ではあるだろうが、今ではない。
今、真剣に向き合うべきは大人である自分たちなのだ。
「ごめん、アーサー」
何も気にせずへらへら笑いながら、どうせ必要とされないから国を出たいと相談したあのとき。
――嫌です
そう言ってくれたアーサーの気持ちを想像して、ダニエルはきつく目を瞑って深い溜息をついたのだった。




