10.夏至祭の準備中(3)
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アーサーとリリィは赤子の世話が終わると、再び地下の座敷牢へと戻っていった。
別で戻ってきた銀と話した結果、やはり夏至祭当日、闇市への道が開くタイミングで戻るのが良いという結論に至る。
「二人は、赤子の世話を長老に押し付けられていたのか。迷惑かけて、ごめんな」
「宿泊費って言われたわ。大変そうだし、邪魔にならない程度に協力しているほうが気持ちは楽だわ。それとね、アーサー殿下の魔法で子犬たちが大喜びだったの。凄かったわ!」
「俺も、魔法をあんな風に使ったのは初めてだ」
それどころか、子犬の子守も初体験である。
「感謝する! 俺もいろいろ手伝って、なんとか早く帰れるように努力してくる」
そう宣言すると、食べ終わった膳を重ねて銀は再び手伝いへと戻っていった。
座敷牢にはアーサーとリリィが取り残される。
「アーサー殿下は、三日も不在だと問題になったりしませんか?」
「いや、なっているだろうな。だが仕方ない」
「えっ」
言葉の割に、アーサーはのんびりと構えている。時折手のひらで風を起こして何かを試しているようだった。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう。帰ったら怒られたりするのかな?)
無断でいなくなったアーサーは誰に怒られるのだろうか。巻き込んだ銀やリリィは、きっとノアに怒られるだろう。
そんな心配をしていたところへ、アーサーは紙で折った鳥をふわりと飛ばしてきた。
「アーサー殿下?」
「明日、この鳥を飛ばしたら、子犬は追いかけると思うか?」
「ど、どうでしょう。猫の方が喜ぶ気がします」
「そうか。犬も猫もあまり関わったことがないから分からないな」
どうやら怒られると心配しているのはリリィだけだったことを悟ると、彼女は馬鹿らしくなって悩むことをやめた。
途端に体の疲れを感じ、出しっぱなしの寝具の上に寝転がって目を閉じる。
そのとき遠くで小さな足音がして、だんだんと近づいてくるのが聞こえてきた。
銀でないことが分かると、アーサーとリリィは足音のする方を覗いて姿が現れるのを待ち続けた。
現れたのは巫女装束に身を纏った少女であった。
「あの、銀兄の知り合いの魔法士様でしょうか? 以前、化け物から受けた不治の病を治して下さった方を探しているのです」
「私のことかしら?」
「! よかった。助けて欲しい人がいるのです。どうか力を貸してください」
少女にも耳としっぽがあることと、その少女が危害を加えるような姿に見えなかったのでリリィは牢屋の鍵を開けて外に出た。
「俺も行こう」
アーサーも同意のようで、リリィに付き添い少女の案内についていったのだった。
□□□
入口とは逆方向に続く洞窟は、座敷牢のあった場所と異なり光る石の照明も無い。
アーサーは壁に掘られた穴に置かれた溶けかけの蝋燭に、通りすがりに「火魔法」を唱えて火を灯す。
案内してくれた少女が立ち止まり、地面に手を向けて場所を示す。
「あの、こちらの横穴にいらっしゃる方です」
リリィは前回ここを通り過ぎて外まで出て行ったが、その手前に小さな横穴が空いていた。
人が通れないほどの大きさで、言われなければ気付けないものだった。
しゃがんで中を覗くと、葉が敷き詰められていて、その上に小さな妖精が二人いたのだった。
「わ、妖精さんがいる」
「!」
リリィの登場に驚いた一人が、もう一方を庇うように両手を広げて前に出る。
「お前は誰だ!」
「驚かせてしまってごめんなさい。治療してほしい方がいると聞いて来たのですが」
「! そういうことでしたか。失礼しました。なら、杏もそこにいるのですか?」
「はい、こちらにいます」
呼ばれた杏が顔を覗かせる。その姿に安堵した妖精は庇っていた手を降ろして、寝ていたもう一人を抱きかかえて外まで飛んで出てくる。
「あなたは治療が得意と聞きました。とうに目覚めるはずの彼女が起きないのです。お願いです。どうか助けてください」
「えっと、が、がんばります」
リリィが両手を差し出すと、その上に女性の妖精が横たわる。
その体は生命力に乏しく今にもこと切れそうだった。
「なにか、心当たりはありますか? 病を患っていたとか、毒を飲んだとか」
「……やむを得ない事情で、仮死の薬を服用しました」
「な! どういうことですか。私、そんな話は聞いていません。どうしてターニア様にそんなものを!」
「それは、言えません。ですが仮死になるだけで死ぬものではありませんから」
杏と妖精が言い争っているが、リリィは目の前にいる具合の悪い妖精に集中した。
体を診れば毒が抜けきっていないようだったので、それらを浄化魔法で取り除いていく。
けれど、やはり生命力が戻らないのが彼女の体から、ひしひしと伝わってくる。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう)
他にできることが見当たらず、けれど相談しようにも杏と妖精は口論しているので質問できなかった。
「リリィ、何に困っている?」
「あ、えっと。妖精はどういう場所で体を休めるのが良いのかわからなくて。ここで回復できるのかわからなくて。私、妖精のこと詳しくなくて。毒は取り除けたけど、全然元気にならなくて――」
アーサーの質問に、リリィは思わず頭の中で飛び交っていた疑問と気持ちを吐き出した。
必死で訴える声に、言い争っていた杏ともう一人は、はっとして口を噤む。
「もう一人の君、名前は?」
「――ロビンと言います」
「ロビン、君たちの生態を少し教えてくれ。彼女はここで休ませれば回復できるのか?」
その問いにロビンは、弱々しく首を振ると両手で顔を覆ってしまった。
「無理です。樹海の奥にある大樹の里でしか、俺たちは生きていけない。もしくはそれと同等の霊気が宿る場所でないと徐々に弱ってしまう」
仮死の毒で弱った体は、大樹から遠く離れた場所では解毒すらままならず体を衰弱させたのだった。
横たわる女の妖精――ターニアは、緩やかに死を待つ状態だといえた。
「連れて戻れば間に合うかも?」
「無理です。俺たちは戻れない」
きっぱりと言い切られてしまい、リリィは悩む。そしてひとつだけ試してみることにした。
片手を窪みにかざし、その内側に神聖図形を描いていく。『生命の卵』を描き終わると、少し悩んで浄化魔法と治癒魔法を施した。
暗がりでふわりと光る図形は、その範囲だけ空気を変える。その中に深く眠りについたままの妖精を寝かせると、ロビンに伝えた。
「私が作れるのは、ここまでです。効くかどうかは分かりません」
その言葉に傷ついた表情をしたロビンだったが、窪みの中に移動して数秒後には、表情がみるみる明るくなった。
「これなら十分かもしれない。大樹の霊気とそっくりだ! 俺でも分るぞ」
「なら、よかった」
安心したリリィに、杏は少し困ったように相談する。
「ターニア様は、どのくらいで目覚めますか? 彼女に手伝ってもらわないと、困るんです」
「それは、分からないわ。目が覚めても、すぐに動けるかも予測できないし」
「そう……ですか」
がっくりと項垂れた杏は、どうみても訳ありにしか見えなかった。
けれどここは獣人の村であり、人の住む世界とは理が違う。リリィは必要以上の詮索するのを控えたのだった。
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