1.聖女候補生の現在(1)
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ティナム家の屋敷では、具合の悪い銀が子犬の姿でソファに丸まっている。その監視を兼ねた看病をしながら、リリィはノアに渡された玩具箱の中身を覗き込んでいた。
中身は母親のエマが昔に使っていた人形や裁縫道具が入っていて、リリィは目を輝かせた。
「好きに使っていいんだよ。手に取って遊べばいいのに」
「うん。後でそうする」
少し年代を感じるものも混ざっているが、母親の大切な玩具というだけでリリィには特別なものに見える。
ふと、一番上に置いてあった手の平サイズの精巧な人形を取り出すと、リリィは既視感に首を傾げる。
「それはメモリアル・ドールだね」
「メモリアル・ドール?」
「数年に一度流行るんだよ。自分の髪の色と目の色を選んで作る人形だ。セットで男の子の人形もあるはずだよ」
リリィが手にした人形の髪の色は茶色く、硝子でできた艶めく瞳はヘーゼル色だ。母とリリィとそれにノアも同じ、ティナム家の血筋が受け継ぐ髪と目の色である。
近くにあった髪の短い人形を取り出すと、なんだか母のメモリアル・ドールよりも華やかで、金髪に碧眼の凛々しい顔をしていた。
「男の子の人形が、お父さんに似てない」
父のアダムは髪が茶色く目は緑色をしているので、全然似ていなかった。
「エマさんが子供の頃の人形だから、アダムさんとは出会っていないよ。当時だと今の国王陛下がモデルじゃないかな」
国王陛下が第一王子であった時代にデザインされた人形である。世の令嬢はペアの相手には王子様を選ぶことが多いのだ。
「金髪に青い目だと、アーサー殿下も同じね。あ、洋服の作り方の本がある。作りかけの服も!」
「裁縫道具もあるし、リリィも作ってみる?」
「うん! 私もやりたい」
ノアはメイドに錆びた針や切れないハサミの手入れと取り換えを頼むと、夢中で遊びはじめたリリィを残して部屋を出る。
今日はこれから、城でシーズン最後の舞踏会が催される。その支度をするため自室へと戻っていったのだった。
□□□
初夏、シーズンを締めくくる舞踏会が幕を開ける。着込んだ正装は少々暑苦しく、冷えた飲み物を運ぶ給仕は方々から途切れることなく声がかかる。
アーサーに付き従い挨拶回りをこなすノアは、首元に指をかけると時折風を通して無意識に涼を求めた。
「ノア、少し休憩しよう」
ちょうど挨拶の途切れた頃合いで、アーサーは会場から少し離れた場所にあるテラスへとノアを連れ出した。
そこには既にダニエルがいて、ベンチに座り一人ぼんやりと時間を潰しているようだった。
「叔父上。ずっとこちらにいたのですか?」
「うん? 陛下が会場に入るところまでは見届けたよ」
欠席するとネチネチと小言を言われるネタが増えるだけなので、ダニエルは適当に出席しては時間を潰すのだ。
その場所に珍しく現れたアーサーは、ベンチに座り持ってきた飲み物を口にする。
「珍しいね。ノア君を連れてアーサーがこんなところに来るなんて」
「……少々疲れたので」
「ご令嬢の波でも押し寄せてきた?」
アーサーの婚約者は未だ空席である。
少し前に聖女候補生の誰かが選ばれるとの噂が立ったが、それらは守護壁の事件により、下火となった。
ゴルド家の失態は表面上では取り繕っていたが、その実、徐々に噂は広がっている。
そこにカルコス男爵が平民人気を盾に強気に出たところ、他貴族に牽制をかけられているところであった。
まさにこれから熾烈な争いが始まろうといとう時期に、舞踏会シーズンは終わりをむかえる。
「視線を感じたので退散してきました。最低限の挨拶は済ませたので、今日はこのまま帰ろうかと」
「いいね。私も一緒に退散しよう」
「なら、僕も一緒に帰ります。正直、夏の舞踏会は暑くて踊る気になれませんから」
アーサーの提案に乗っかって、ダニエルとノアはこの少々息苦しい舞踏会から脱出したのだった。
□□□
金色からピンクのグラデーションへと色を変える珍しい髪を横に流し、小さな花を全体にあしらった毛先を指でクルクルといじりながら、溜息をつく。クリーム色にピンクの挿し色のドレスで、壁によりかかるカルコス男爵令嬢ポピィは、不満げにダンスフロアを睨んでいた。
彼女は会場に入ってから見知った顔の男性の声かけをすべて断って、注意してアーサーの動向を見守っていた。
アーサーの挨拶回りが終わるのをずっと待っていたというのに、気付けばその姿が何処にも見当たらない。
(もう! 全然会えなくなっちゃった。どうして、なんで?!)
聖女候補生に成績トップで任命されたあの日から、気付けばあっというまに表舞台からはじき出されてしまっていた。
養父であるカルコス男爵に現状を伝え、今なら平民人気も相まって流れで押せるとその気にさせたのに、彼は他貴族の圧に屈してしまった。
(使えないわね! あたしを養子にしてのし上がろうとしてた野心はどこにいったのよ!)
ある日突然ポピィの噂を聞いて尋ねてきたカルコス男爵は、壮大な夢を語り、ポピィの光魔法を褒めちぎりその気にさせたのだ。
生家には弟も妹もいて先々お金が必要だと知っていた長女のポピィは、その壮大な船に乗った。けれど大船だと思っていたそれは、貴族社会に飛び込み分からないながらもいろいろ模索していく中で、実は小さな船だったかもしれないと思い始めていた。
(ううん。弱気になったらダメ。乗った船が小さくても乗ったんだから。次に繋げる努力をするだけだよ)
乗らなければ今この場に立つことすら叶わなかったのだから、そう思えばポピィの人生は飛躍し続けているといってよかった。
ポピィは生来非常に前向きで、かつ勢いのある性格なのだ。
(男爵が当てにならないなら、もっと上を狙えばいいのよ!)
人の機微に敏い彼女は、とある人物がきっと上手くいかずに燻っているに違いないと考えていた。ポピィの提案に彼女は協力してくれるはずだ、とも。
人の流れが途切れるのを待って、狙いを定めた人物のいる方向へと足先を向ける。
その先には、少々年上の貴族の方々に囲まれているゴルド公爵令嬢オリビアの姿があった。
続きを明日18:00に更新予約しました。
(暫くは18:00更新にしようかと思います)




