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聖女になりたい訳ではありませんが【書籍化・コミカライズ】  作者: 咲倉 未来
第1部:聖女候補生編(前編)

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28.仕事の報酬(1)

 アーサーがリリィを連れて城に戻ると、まず、侍女に預けられ風呂に連れていかれた。

 正直泥だらけの汗まみれだったのでありがたかった。

 シンプルで上質な生地のドレスを渡されたときは非常に戸惑ったが、他に着るものが無いので侍女に手伝ってもらい何とか着替えた。


 全ての支度が整ったあとは、案内された部屋のソファに座りノアが迎えに来てくれるのを待っていた。

 そのはずだったのだが、ほぼノンストップで魔力枯渇になるほどの無茶を繰り返したリリィは、そのままフカフカなソファに沈んでぐっすり寝てしまう。



 次に目覚めたとき、リリィはノアの屋敷に戻っていて何と二日も経っていたのだった。

 目覚めて数時間後には、城から急遽戻ったノアに拉致され、現在馬車に揺られている。


「ごめんね、リリィ。どーしても、直接見ないと安心できないって言って、ずっと待ってるんだよ」


 何だか懐かしい展開に、起き抜けのぼんやりしたリリィは笑った。


「ダニエル様らしいですね」


「いや。待っているのはアーサー殿下なんだ」


「んぁ?!」


「もちろんダニエル様も心配していたよ。ただあの方は、いま他の二人の相手に夢中なんだ」


 どうやら銀とエリオットがダニエルの所に入り浸っているらしい。

 ノア曰く、非常に仲良く過ごしているのだとか。


「エリオット君、リリィの無事を確認してからでないと国には戻らないといっている。それに銀君は、リリィが主人だからここに居るのが正しいって言っているのだけど、リリィは銀君の主人になったの?」


「そうですね。そんな契約をした気がします」


 疲れて何でもいいやと許可したが、主従関係を結んだからには、銀はずっとリリィのところに居座ることになるのだ。


「そうか。なら屋敷に彼の部屋も用意しないといけないね」


「いいのですか?」


「まさかリリィの部屋に一緒に住まわせるわけにはいかないだろう。それに獣人族の主従契約は破棄できないとダニエル様に説明を受けた。まぁ、あの屋敷は僕とリリィと使用人しか住んでいないから、気にしなくていいよ」


 それから眠っていた二日間にあった出来事を聞いている間に、馬車は城に到着した。

 見計らったかのように建物から三つの人影が、リリィ達の乗っている馬車に向かって歩いてくる。


「ダニエル様。先にアーサー殿下の所にお連れしたいのです。その後にリリィを連れていきますから」


「やだなぁ、ノア君。だから先んじてここに来たんだよ」


 とても楽しそうなダニエルが、右にエリオット、左に銀を従えて笑っている。


「リリィ! やっと起きたんだな。ダニエルの部屋に行こう! 面白いものがいっぱいあるんだ」


「銀、僕はリリィと全然話ができていません。妹のことだって僕の口からちゃんと伝えたいのですから、銀は少しくらい遠慮してください」


「はい、喧嘩しない。リリィは私の部屋に連れて行くとアーサーに伝えておいてね。さぁ行こうか」


「そんな! 困ります! 困りますよ、ダニエル様!」


 ノアの叫びも空しく、リリィは三人に連れていかれてしまった。

 両手で顔を覆うと、重たい足取りでアーサーの執務室へと向かう。


「やはり、リリィは攫われやすいのだな」


 ダニエルに連れていかれたことを伝えると、アーサーはぽつりとそう呟いた。


「攫われたって――ダニエル様の執務室にいるのですよ。あの悪ガキ二人と一緒に」


「少し顔を出してくる。すまないが留守番を頼む」


 アーサーは風のごとき早さで執務室を出て行ってしまった。

 一人残されたノアは机に山積みの書類整理を始めたのだが、ノックで中断する。

 事件の後処理のせいもあるが、来客が多いのだ。


 ドアを開けると、もう何度目かの訪問となるディランが立っている。


「殿下はいらっしゃるか?」

「ちょうど今、ダニエル様の元に向かわれました」

「そうか――」


 ダニエルがディランをやり込めた話はノアの耳にも届いていた。

 オリビアが大失敗をしでかしたあと、足しげくアーサーの元へ通ってくるディランを追い返すのに丁度良いネタになった。


「オリビアから、仕事がないか聞いてくるように頼まれてな」


「ご心配なく。手紙でもお伝えした通り聖女候補生の仕事が発生しましたら、殿下から直接ご連絡いたしますから。それまではつつがなくお過ごしください。そうオリビア様にお伝えください」


 オリビアとポピィの二人には、事件の翌日にこの内容をしたためた手紙が送り届けられていた。なんども訪問するディランに、なんどもこの言葉をぶつけているノアである。


「ああ。分かっている。だがな――」


 アーサーは二度と連絡をする気がないのかもしれない。それを察したディランが、何とかオリビアに挽回のチャンスを貰おうと足掻いているのだ。


「手は足りていますからご心配には及びません。ディラン様もお忙しいでしょうから、これ以上の訪問は必要ありません」


 にっこりと笑顔を向けると、何やら面白くないという顔をして何も言わずに去っていった。ディランは懲りずにまた来るだろう。ノアもその都度同じ対応をして追い返すだけだ。


「少しはアーサー殿下の期待にこたえられるようになりましたかね」


 きっと望む水準にはまだまだ遠いのだろう。でも、いつかきっと到達してみせますからね、とアーサーに向けて思いを呟いた。

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