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聖女になりたい訳ではありませんが【書籍化・コミカライズ】  作者: 咲倉 未来
番外編:祝福の飴ちゃん

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オリビアと祝福の飴ちゃん

こちらは、第1部終了時点のお話になります。

書籍発売中です。どうぞよろしくお願いします。

「お兄様、同じ飴が人によって味を変えるなんてありえませんわ」


 最近、機嫌の悪いときが多いオリビアに、少しでも楽しい話題を提供しようと「祝福の飴ちゃん」のことを軽い気持ちで話した。

 呆れた反応をされて、ちょっとだけディランは傷ついている。


「手渡してくれた少年が、そう教えてくれたのだ」

「騙されたのですよ」

「たかが飴ごときで、騙すような用事はないだろう」

「なら、揶揄(からか)われたのでしょう」


 ツンケンした態度には内心イラっとしたが、妹の置かれた状況をみれば八つ当たりもしたくなるだろうと同情が勝る。


「はじめて話しかけた相手を、揶揄うはずがない」


 飴をくれた人懐っこい銀髪の少年を思い出だす。

 少々マナーがなっていなかったが、裏表のない性格だろうと想像がついた。


 ちなみに、銀の渡した飴は彼が持っていたなかでも一番出来の悪いものを選んでいた。

 さすがに自分で食べる気になれず処分に困っていたので、渡りに船だと思って差しだしたのだ。


 銀の営業スマイルを真に受けたディランは、そのしたたかさを見抜けなかったようである。



「そうおっしゃるなら、わたくしも食べとうございます」

「そ、それは。ひとつしかなくて食べてしまったのだから、もうない」

「では、お兄様の話が嘘ではないと証明できませんね」


 面倒な方向にばかり話をもっていこうとする。

 まるで揉める相手を仕立てようとしているみたいだ。

 相談に乗ったり愚痴を聞く程度ならいくらでも付き合うが、八つ当たりされるのは遠慮したいものである。


 ならばと、ひとつ提案をしてみることにした。


「オリビア、そんなに食べたいならアーサーに頼んでみたらどうだ?」

「っ!」

「アーサーが気に入って食べているそうだ。分けてもらえばいい」

「そ、そうですか。アーサー様が好きな飴なのですね。――もう、それを早く教えてくださいませ!」


 結局、理不尽に怒鳴られてしまったが、難しい年頃だろうからと見逃した。

 こういうのは、当たり障りなく穏便にやり過ごしてしまうに限る。


(もう少しこう、しおらしいほうがアイツの好みな気がするんだがな――)


 アイツとは、幼少期以来の付き合いであるアーサー王太子のことであった。

 あまり主張をしないが少々頑固なところがあるため、面倒な相手は避ける傾向にある。


(まぁ、アーサー相手なら少し気の強い方がバランスが良いのかもしれんな)


 王太子の相手となれば、本人の好みよりも周囲との調和が優先される。

 やはり王太子妃には、オリビアくらい気の強いほうが相応しいだろうと、ディランは考えていた。



 ****



 王都の貴族が通う学園。


「ノア、アーサー様が気に入っているという飴について教えてくださいませ」

「……え?」


 なぜオリビアが、「祝福の飴ちゃん」に興味を持ったのだろうか。

 愕然としたノアだったが、その手は速やかに代替品へと伸びていく。


「アーサー様は、今日はお休みだと聞きましたの。ノアなら知っているのでしょう?」

「こちらをどうぞ」


 差しだされた袋を受け取って、中身をひとつとりだしてじっくりと眺める。

 知っている市販品に酷似していたので、首を傾げた。


「これが、祝福を受けた人だけに美味しくなるという不思議な飴ですの?」

「……え?」


 動揺したところに変な説明をぶっこまれたノアは、目を瞬いている。


「ですから、祝福を受けると味が変わる飴なのかと聞いているのです!」

「……え?」


 そんな不可思議な飴のことなど、知らない。


「僕は飴のことを聞かれたら、これをお渡しすると心に誓っているんです」


 とてもあまくて美味しいのだと、ノアは強引に飴の説明をする。


「ちょっと、わたくしの話を聞いていますの?」

「はい。そして飴についてでしたら、こちらが僕のおススメです」


 まるで壊れた蓄音機のように、ノアはマイ・オススメ・キャンディーを推しつづけている。

 彼は、とにかく飴の話題からは解放されたいという気持ちでいっぱいなのだ。


「ノアの好みに興味はありません。アーサー様が好きだと聞いたから――」


 その瞬間、ノアの思考にひと筋の救済ルートが開かれた。


「特に好きではないらしいですよ!」

「はい?」

「ですから、よく召し上がっているのは事実ですが、好きかと聞いたところ、別にと言っていました!」


 事実である。王太子本人が、そう言っていた。


「そう、なの?」

「はい!」

「そう、なのね……」


 せっかくの話題が、兄の誤報であったのだと理解したオリビアは、目に見えて落胆した。

 けれど、ここで諦めてしまったら、せっかくのチャンスを逃してしまう。

 それはオリビアの矜持が許さなかった。


「なら、わたくしがもっと美味しい飴をプレゼントしますわ」

「へ?」

「ノアに渡したら、届けてくれますわね!」

「えと!」

「約束ね。それでは失礼いたします」


 颯爽とドレスの裾を翻して、オリビアはいってしまった。

 残されたノアは、徐々に事態をのみこんでいく。


「――よし!」


 今日も「祝福の飴ちゃん」がらみの珍事を回避できた。

 そう、理解したようである。

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