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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
炎と飾り
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第84話

 降りてこない化け蝙蝠は、その翼でバタつく様に空を泳いでいる。度々吠えるその声も、空の上からなら気絶するほどではない。

 だが、如何せん攻撃が届かない。短弓等では力不足で、長弓は上に引くにも限度がある。一部、槍を投げて届かせる猛者もいるが、全力の投擲は連続して行えるものでも無く、命中精度も悪かった。


「仕掛け弓がありゃな……」

「無い物ねだりなんだよ。あれを素手で引けるやつも限られる。」

「団長が手持ち弩買ってくれりゃ良かったんですがね。」

「あんなバカ高い試作機を買う道楽は持ち合わせてねぇんだよ。」


 この傭兵団の主兵力は槍と弓、相性は悪くないかもしれないが、相手が悪すぎた。こんな大物であれば、どんな傷だってかすり傷。人の扱える武器で致命傷は難しい。


「ミフォロス、お前の愛弟子は?」

「悪魔と交戦中ですよ。想像以上に厄介なもんに目をつけられたらしいですね、我らが領主様は。」

「どう責任取ってくれんだか、な!」


 投げつけた槍は放物線を描き、蝙蝠に当たる前に折り返していった。疲労か、それとも高度を上げられたか。


「あのバカが獣堕ちの方じゃなくて、こっちに来てくれりゃ良かったのによ。生きてんのか、アレ。」

「団長も大概、無い物ねだりですよ。目の前にいて我慢が聞く相手じゃないでしょうに。俺だって、煮えくり返りそうですし。」

「まぁな……」


 持ち出された後に、包まれた布を払われる事もなく置かれた仕掛け弓を持ち上げる。機械的構造でバネを重複させ、威力を底上げした大弓は、人の力で引くことは難しい。

 何より、引いた後に維持して狙いをつけるには、その姿勢に対する熟知と鍛錬が欠かせない。他の武器を使えなくなるとさえ言われるシロモノである。


「お前は使えないのか。」

「引くことは出来ますがね、それだけです。矢をかけて狙いをつけられる程、器用じゃないもんで。」

「投げりゃ当たるんだから、筋は良さそうなもんだがな……」

「投げんのは目と肩が生きてりゃ力任せに出来るんで。」

「出来ねぇのよ、普通はな。ほれ、来るぞ!」


 何度目か分からない、魔獣の突進。上空からの強襲は落ちてくるという方が正しそうだが、大きさが大きさだ。尋常ではない脅威になる。

 例えば、釘のようなものが飛んできても多少痛いくらいだろうが、それが五倍も大きければ死にかねない殴打武器になるだろう。蝙蝠とやらがどんな大きさの生き物か、ミフォロスは知らないが。建物より大きな生き物に会えば潰される程度は分かる。


「ぐ……! 報告!!」

「二班、生存!」

「四班は壊滅的だ! 俺しか残ってねぇ!」

「なら帰ってろ! おい、もう十人も残ってねぇな。」

「仕方ないんじゃ無いですかね、いきなり降ってこられちゃ、逃げ切れるかも怪しい。もうどんだけ走り回ってるか。」

「それは向こうも同じなんだが、な!」


 走り寄った団長が拾い上げた槍を振り回し、遠心力を加えて突き立てる。翼の繋ぎ目、人で言うなら手の甲と呼べる位置に入り込み、関節を破壊する鉄の塊に、魔獣の悲鳴が響き渡った。

 耳を抑えるまでもなく気絶させられる周囲の生き物の中で、空の人影だけは悠々と泳いでいる。美しく煌めく結晶の中で踊る悪魔は、今度は優美な踊り子の姿を取っていた。


「そりゃ何の真似だよ!」

「あら、私に覚えがないの?」

「ねぇよ。」

「これでも名の知れた者なのだけれどね。」

「文化って奴に疎いもんでね!」


 結晶の中を雪や花弁のように舞う悪魔は、厄介なことこの上ない。ソルの結晶は良くも悪くも力押し一辺倒であり、逃げ回られるのは苦手だ。「闇の崩壊」が何本も泳ぐ今、面での制圧は対消滅を招くので難しい。

 外れた結晶は武具の形であり、後ろのミフォロス達の活用出来るものではあるのだが。それもジリ貧であり、対して効力はないと思っていい。人間の体力でデカブツに勝るのは厳しいらしい。


「必死に走って大変そう。あの子は腕をひと振りすれば終わる距離を離す為だけに。」

「お前こそ僅かな延命でコロコロ姿を変えようが、大した意味はねぇだ、ろ!」

「乱暴ねぇ……消せない癖に。」

「言ってろ。」


 現に姿を取るリスクを犯さなければ、ソルにこの悪魔を害する手段は無い。しかし、今の魔界の環境でアスモデウスの期待を裏切れるはずも無く。逃亡だけは許されない悪魔にとって、抹消の手段を持つソルは相手にしたくない敵であることにも違いなかった。


「そんだけ飾り立て続ければ、消耗も早いんじゃないのか?」

「心配される程は無いよ。」

「次はアルスィアか……飛ぶなよ、せめて。」


 あれに化けるなど、やりたい事は分かっている。化けの皮が剥がれているソルに作用するかは怪しいが、隠密と一撃必殺の魔法は消費を抑えられるのだから。

 つまり、消耗は無視できない程度はあるという事だ。ならこのまま枯らしてやるとばかりに、周囲の結晶群の吸収を強めていく。

 いくら認識を歪めようと、本物でないアルスィアに結晶は引き裂けない。ソルの個としての意識を上回らない限り、アルスィアの姿で斬って見せようと結晶が解除されることは無いのだから。


「消耗戦は嫌いなんだけどね。」

「生き物を騙くらかして遊ぶしか出来ない奴に、魔人がやれるかよ。」

「意固地で独りよがりな奴でなきゃ、ちゃんと魅てくれるんだよね。自己紹介が下手くそかい?」

「性格の悪さの模倣だけは完璧だな!」


 宙へとどんどん戦陣を広げ、辺りをマナ欠乏へと一歩一歩近づける。ソルの魔術も消えるだろうが、魔法で姿を創らないと現界の出来ない虚飾の悪魔は何も出来なくなるだろう。

 本来ならば、その身を型作るマナがエネルギーとなり肉弾戦のような事は出来るだろうが、マナの無い虚飾は現世に影響を与えるエネルギーが環境頼りだ。完全に無力化できる。


「うーん、仕方ないか。こういうのは好みじゃ無いけど……」

「今更、何をしようって?」

「ん〜、破壊?」


 そう言って小首を傾げた数瞬後、彼の姿は掻き消える。目視するには難しい姿に飾ったか、それとも失せたか。ウロウロと迷い出す、細くなった「闇の崩壊」を取り消して蝙蝠へと標準をつける。

 もう残りの傭兵たちは三人まで減っていた。離れられていない動かない人影については、後日弔いが必要だろう。忙しくなりそうな数だ。


「この街に固執する意味はなんなのかね……」


 ソルにとって土地は必要なものではない。安全な場所を目指して移動し、簡単に切り開き、そこに合わせて暮らせるのだから。マギアレクの居た塔でさえ、愛着はあれど大事かと言われるとそうではない。選択肢として載せられても、その天秤は決して重くないだろうから。

 それは記憶の喪失が理由なのか、力の在り方がそうさせるのか、それとも単純にそういう気質なのか。旅をするうちに巡る場所で、己が街を、国を語る人達の顔を思い出し、理解できない領域に少し詰まらなさを感じる。


「と、そんな場合でも……ぅあ?」


 突然、ザワつく耳鳴り。高速回転する金属を無理やり押し当てたような耳障りな甲高い金属音。いや、これは……


「あんのやろぉ……!」


 すぐに自分個人に【固定】をかけるが、遅かったか。パン、という音と共に耳から血が飛び出し、一瞬のうちに上下左右が分からなくなる。落下するうちに戻ってきた感覚に従い、勢いよく上へと自分を打ち上げる。

 止まった心臓と肺が悲鳴をあげているが知ったこっちゃない。固定されているのをいい事に、自分の身体の四方八方から力場の波をぶつけまくる。その後、己を結晶に封じ込めてから【固定】を解除した。中空の六角錐の中でソル以外の魔力は無い。


「何に化けた? いつ、俺の体内に……いや、それよりも放置してるとヤベェな。」

「今ので終わらせぇるつもりだぁったのに……こんな醜い姿をさぁらしたのに、ね。」

「生きてるなんてな、とでも?」

「普通は死んでいるんだァよ? 頭の中まで行くはずだったぁのに、あんなにめぇちゃくちゃにされるなんてぇね?」

「黙ってろ。」


 この空間は先程よりも高空で、まだマナも十分に減らせていない。敵の固有魔法にはマナがどれだけ必要か分からないが、少なくとも鬱陶しい付与は奪うことが出来るのだ、濃度は減らしておいた方が良い。

 肉体を持つソルの方が、付与に対する影響は大きい。良くも悪くも。となれば特性の大きい奴の方が、少ない魔力で効果的にソルの邪魔をする事が出来る。それに対抗して逆の付与を上書きしていくソルの消費は痛い。


「そら、落ちろ!」

「ぐ、無茶苦茶じゃあないかぁな?」


 逃げられないよう、一帯を下向きの力場でねじ伏せる。結晶の中に閉じこもったままの規模にしては破格であり、故に油断していた悪魔をたたき落とすには十分だった。


「早々に撤退さぁせてあげたいんだけどねぇえ?」

「知るか、お前の都合だろ。」

「それなら、君以外から消すかぁな。」


 姿が消える、そんな事だろうと思った。地面一帯を非実体の手で掴みあげ、結晶へ閉じる。魔力体でソルの結晶を通り抜けるのは不可能だ、魔力を閉じる事で結晶化しているのだから。

 それよりも、そろそろ時間だろうと湖を見る。結晶を放てば、予想通りの反応がある。ちょうどデコイも欲しかったところであり、ベストタイミングだ。

 結晶を放った数瞬後、湖の底から強い光が溢れ、爆発する。その風に乗って……吹き飛んで、二つの人影が宙を舞った。


「遅いよ、モナク! 溺れるかと思った!」

「肺活量鍛えとけよ、あと耳気をつけろ。」

「はぁ?」


 飛んでいったアルスィアには目もくれず、徐々に茹だっていく湖の底に集中する。赤の魔力と白の魔力、熱のその中心に。

 アルスィアによって解放された炎の獣人が、縛られてそこにいる筈だ……この熱は能力のものでは無いのだろうか。あの鎖は封じる力もあると思ったのだが。


「まぁいいか、今から死ぬやつのことなんて。【具現結晶(クリスタライズ)牢獄(プリズン)】。」


 小型の結晶の群れは、燃え尽きるのも早いが一度に燃やせる訳ではない。時間を稼ぐには最適だ。そう、鎖に縛られた彼を移動されるくらいには。


「シュン・ネペイア! 拘束に最大限注力してくれ!」

「何を?」

「砂漠まで放り投げる。コイツの炎は血と牙だ、血脈と戦の道具が、コイツにとっての力の認識なんだ。だから傷つけずに無力化する。だよな?」

「煩い、今集中してる。」


 吠え続ける蝙蝠に、魔法無しで攻める術を探しているらしい。無駄打ちして連撃が効く魔法ではない、無力化しないタイミングを探っているのか……虚飾の悪魔への警戒か。とにかく話してくれる事は無いらしい。


「縛りなおしましたよ、まだ意識の覚醒まで至ってないようですね。」

「なら好都合、全力で……投げる!」


 ソルの魔力の大半を用いて、牢獄を保ったままに発射する。空気を押しのける事さえ遅いと言わんばかりの轟音を響かせ、結晶の球は東へと飛んで行った。

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