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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第五章 数多の試練を越えて
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第百三話

 魔獣。

 この世界に蔓延る、かつて生命体だった兵器だ。魔界の濃厚なマナによって、その体は生物としては終わった物に変化する。

 微かな変化だったり、別の生命体として確立されたり。しかし、その多くは生存さえ制限された、短命の兵器だ。それは易く命を散らす存在であり、多くの生命体からは……


「脅威……の筈だったんだけどなぁ。」

「だから、大型でもないのにガタガタ言うなって。」

「ソルさん、小型でも普通は怖いですよ?」


 獲物を追い詰める捕食者のように、易く制圧するのはストラティ率いる部隊。その得物で斬られた魔獣は、ほんの数瞬呆けている。

 そこを一撃。喉、眼窩の奥、急所は変わらない。


「どうかな? ケントロン王国の人から見て、彼等は。」

「俺はケントロン出身ではないけど、凄まじいですね。」

「上手いというより、強い。巧く噛み合ってはいるけど、獰猛な獣みたいだね。」


 ベルゴの評した言葉は、受け取りかたによっては侮蔑にしかならない。けれど、エミオールは笑った。


「無法地帯の生き残りだからね。歴史も伝統も失った、研鑽と生きるって覚悟だけの武術さ。」

「西が無くなったのは、三十年程前だもんね。南の崩落のすぐ後だ。」


 程なく魔獣が殲滅され、僅かな休憩を挟む。それだけで彼等は英気を取り戻した。

 朝からこの調子だが、昼を過ぎれば魔獣の襲撃は減っていった。


「そろそろ近いねぇ。」

「魔獣が出てきまくる所に、都市はつくんねぇもんな。」

「これだけの部隊が出たのも、掃討の意味もあったのかもねぇ。」


 ベルゴが御者台から、馬車の中に移りながら呟く。戦闘のように複雑に状況が変わらないなら、レギンスに任せれば勝手に前についていってくれる。

 近いとはいえ、着くのは夜と言っていた。あと半日間、遠くに見える村の影でも見ながら、揺れるしかする事もない。


「国って、どっから国なんだろな。」

「さぁ……村があって、街があって、都市があって、情報とか繋がってればじゃない?」

「曖昧だなぁ。」

「人生だねぇ。」

「二人とも、考えるの疲れてます?」


 あまりにも呆けた様子の二人に、シラルーナが若干の呆れを含んで見る。

 とはいえ、本当に暇なのだ。ただただガタつく馬車に、揺られるだけの移動。景色は単調な平原、それが延々と続くのが見える。いや、時折、村や生活圏の跡地も見えるが、面白くはない。


「そういえば、北の山、かなり近づいたよねぇ。」

「そうか? まぁ、今までで一番北まで来たけどさ……まだかなり離れてね?」

「凄く大きいから、近いと感じるのかもしれませんね。」


 麓は霞んでいるが、山頂は雲の上。結局、それは壁のように聳え立つだけだ。

 なんとはなしに、大山脈を眺めながら微睡む。思えば塔を出てから三ヶ月あまり。色々と起きた。


「出た頃は暑かったなぁ。」

「なんの話?」

「今頃、魔界の中の話。」

「御師匠様の塔ですか? そういえば、今はすっかり寒くなりましたね。」


 シラルーナが話に乗ってくる。ベルゴも聞く姿勢に入ったので、ソルは独り言から更に記憶を辿った。


「どっか暮らせる所を探そうって出てから……最初は、氏族長の所で巻き込まれたな。嗜虐の奴と、嫉妬の魔獣と。」

「でも、ピリピリしてる状況で、獣人の国はソルさんが行けそうに無くて……」

「待って待って、悪魔と原罪の魔獣を、同時に相手どったの? 頭オカシイよね?」

「氏族長に言ってくれよ。」

「あぁ、「隻眼の黒狼」かぁ……なんというか、大概な遭遇運してるよね、あの人……人? も。」


 変な呼び名がついてるなぁ、とソルが他人事な感想を思う。そんなソルをシラルーナが少し恨みがましく見た。


「その後、ソルさんってば私の事を置いてきぼりにして。」

「いや、氏族長のとこなら安全そうだったから、つい。」

「な~んか、別な目的見つけたんでない? 今もそうっしょ?」

「闇の崩壊が知りたいだなんて。一つしか無いじゃないですか。」


 次は置いて行けないかな、いや王国で知人が増えれば……なんて思考を巡らせている間に、ベルゴが話題を変えた。ソルは内心で誉めておく。


「そんで、どうしてたのん?」

「アナトレー連合国に行った。といっても、最南端の場所だけど。」

「あそこの最南端……最近変わったよね。え~と……」

「エーリシってとこ。マモンに邪魔されたけどな。」


 彼処でも世話になった人は多い。借りは返したとは思っているが、元気にやっているかは気になった。


「シラちゃんは?」

「私は獣人の国で、お手伝いを。ソルさん、帰ってくるって言ってケントロン王国にいましたけど。」

「いや、マモンの残滓を狂信者……ってか拒絶の魔人が持ってったからさ。復活されたら堪んないだろ?」

「それで居たのかぁ。」

「言ってなかったか?」

「多分、聞いてないよん?」


 ガッタンと大きく馬車が跳ね、会話が止まる。危うく舌を噛むところだったベルゴが、大袈裟に額を拭った。


「そんで、そこでは悪魔に魔人二人に、魔獣の群と原罪相手に大立回りな訳だ。」

「最悪だった……」

「ケントロン王国の王都で良かったねぇ。あれ、他の所だったらさ、百も数えてたら滅びてた。」

「氏族長達が来てたのも幸運だったな……アルスィア、仕留めておけば良かったか?」


 ソルが、冷ややかに呟けば、ベルゴは肩を擦る。大袈裟なリアクションに、つい意識を持っていかれる。


「物騒だねぇ。まぁ、残った魔人二人もだよ? そこまで派手には、やんないんでない? 多分、受けた影響は小さく無いよ。」

「拒絶の魔人は、結構変わってたな。なんというか……少し落ち着いてた。」

「おっ? 恋かな、ソル君。」

「黙ってろ、脳内お花畑道化師。」

「楽しそうな人だねぇ。」


 お前の事だ、とソルがベルゴを小突く。そんな二人を見ながら、シラルーナは呟く。


「……旅は楽しいけど、お別れが寂しいですね。」

「……かもな。」


 孤独の魔人であるソルは、寂しさについて少し考える。会ったから寂しいのか、会えないことが寂しいのか。ソルは少しその辺りが鈍っている。

 ずっと一緒に居るのは、少数な者、特異な者には難しい。よく分からない普通であると言うことが、得難い事が孤独なのだろうか、と。


「まっ、お兄さんはずっと一緒だよ☆」


 あまりにも場違いなベルゴの態度に腹が立つ。一瞬、本当に埋める墓を作ろうと考えたが、拳大の結晶を投げつけるだけにしておいた。精一杯の優しさだ。


「わぁ! 暴力反対!」

「うっさい。」

「ベルゴさんは寂しくないですか?」

「俺はどこでもやっていけるかんね。特別な友達がいるのですよ、風っていう爽やかな味方が、さ。」


 ベルゴが立ち上がって髪を払う。目にかかる手前の緑髪は、風に吹かれて揺れる。


「うぜぇ。」

「そんなぁ、兄さんと呼んでくれてもいいくらいの、爽やかな格好よさが無かった?」


 ソルには無い距離感のベルゴに、ソルは少し距離を取る。


「引かれた!?」


 また馬車が跳ね、ベルゴは頭から底板にこけた。


「いたぁ!?」

「板? 痛?」

「いや、どっちでもいいじゃん……?」

「大丈夫ですか?」

「ソル君にもその優しさ分けてあげて?」

「えぇ? えっと、どうぞ?」


 シラルーナがソルに、何も無い両手を差し出す。唐突過ぎて困惑しているのか。とりあえず、ソルは手を握ってみた。


「はい! これで俺にも優しく」

「優しさで寝かせてやる。」

「物理的に!?」


 座ったベルゴを突き飛ばして、底板に転げさせておく。途端に馬車はまた跳ねる。


「おぉう、本当に優しさだった。」

「街道に入るぞ~!」

「黙ってろよ、舌噛むぞ。」


 先を見るソルの目に写るのは、ガタガタの地面だ。道を作るにあたり、一度掘り返して石などを詰めて固める様で、作りかけの道は掘り返されている。そこに土を被せては叩き、平らになれば表面を平たくした石を敷いていく。少し先には平らな土、そしてもう少し先に石畳の街道が見えた。

 先ほどから跳ねていたのも、これの所為だろう。馬車を降りた方が良かったかもしれない。石畳に上がる際、ソルは「飛翔」で馬車をあげた。かなり上昇しなくてはいけず、他の馬車の様に棒や板であげるのが面倒だったからだ。想像以上に石は分厚かった。


「ここまで丈夫な道である必要があるか?」

「仕事が欲しかったんでない? 体力を使わせとかないと、危なそうなのもいるし。」


 何しろここは既に法が届かない。何をしても生きる為なので仕方ない、そんな場所だった。無理に集めても、有り余る体力は喧嘩の元でしかない。それに働けば報酬を払う力があるという事を、分かりやすく示せる。発展も急ぐが、それでも内部分裂にはかなり気を使う時期だ。多少は無駄でも、手間と時間のいる大掛かりな物にしているのだろう。


「人を集めれば効率がいい、って訳でもないんだな。」

「それは安易だよ、ソル君。」

「色々な事が学べそうですね。」

「俺は勉学は嫌いだ……」


 遠くに見え始めた都市の影。段々と西に傾く日が、それを背後から照らす。

 ケントロン王国とは比べるべくもない、小さな都市。しかし、そこには新しい可能性が集う。昨晩、エミオールと並んで歩いた時を、ソルは思い出した。



『僕はね、誰もが怯えることの無い国を作りたいんだ。その為には、育むべきものもある。』

『聞きました、テオリューシア王国の目標だと。』

『うん。そのためには、護る力も、伝統や歴史も、退ける力も足りない。でも、それは他の国を見習って、人材を取り込んでいけばいい。』

『そのための行商ですか?』

『うん。技術者も研究者も乗ってる、学ぶ為に。』


 山を消し飛ばしてでも、送り出す訳だ。とはいえ、一歩間違えばその馬車も巻き込まれていそうだが。

 次の道をどうしようか、と考えるエミオールに、ソルは尋ねた。


『あの、それなら育むべきものは?』

『んー、誰もがなんて言っておいて、少し恥ずかしいけど。必要なのは排除する力だと思ってる。』

『排除?』

『そう。悪意の集まり具現化する根源……魔界を。』



 そう言った時の顔を、ソルは多くの人に重ねた。しかし、エミオールのそれは誰よりも深かった。

 人を、魔獣を、悪魔を恨むでもなく。王はその根源を、分かりやすいまでに存在する根源を憎んだのだ。

 大きすぎるそれは、未だに未開の現象。それを排除というのは、物を上に落とし、冷やして蒸発を促すと言うのと大差のない。

 そんな世界の前提を壊す様に、魔界の無い世界を知らないソルには思えた。


「ソルさん?」

「いや、なんでもない。」


 覗き込むシラルーナに、少し笑ってソルは答えた。妄言で終わらせるつもりもないのは、ソルも同じだ。

 確実に滅ぼすと決めた炎の悪魔を思い、夕日に浮かんできた都市を見つめていた。

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