57話 お預け
「行こうか」
「はい」
馬車に乗り、今日の社交界へ向かう。まさかこういう生活になるとは思わなかった。
銀細工だけを優先するつもりだったけど、こうして領主の仕事もするなんて。あるとしてもバーツ様の伯爵領地諸島リッケリでバーツ様の支えになりながら、だと思っていた。
今の生活は銀細工が主で、フィーラ公爵家家業はサブだから私としては理想通りの形だ。ありがたい。
「明日は銀細工師の集まりでしたね」
「そうだね。辛ければずらすけど?」
「いいえ、大丈夫です」
明日はバーツ様の新作から生まれた新しい細工の縒り方を教える日だ。やっぱり誰よりも美しい銀細工を作れるのはバーツ様だけ。
今でも次々と新しいデザインを考え、銀細工の幅を広げている。
「バーツの作る銀細工の美しさに皆驚くでしょうね」
「ここまで知れ渡るとは思わなかったよ」
バーツ様の元で学びたいと言う職人も増えた。かつての私を見ているようで懐かしい気持ちになる。
けど、バーツ様は縒り方は教えても弟子をとらなかった。私の時はあっさり受け入れて弟子として色々な技を教えてくれたのに、だ。
「弟子はとらないのですか?」
私の言葉にバーツ様は眦を上げて驚いた。
驚くほどのことを聞いたつもりはないのだけど。
「僕の弟子はエーヴァだけだよ」
君以外は今後弟子をとることはない、と断言された。
「私だけですか?」
「そう。僕にとって弟子をとるのは特別なんだよ」
結構あっさり決めてもらえたと思ったのだけど……しいていうならディーナ様の手紙のおかげな気がする。
「違うよ。きちんと考えてエーヴァを弟子にするって決めたから」
「私、声に出てました?」
「いいや、分かるよ」
そこそこの時間を一緒に過ごしてるからねと微笑む。
特段顔に出てるわけでもなく、バーツ様が私を見てきた時間があったから察せるようになったと。
あら、それって。
「つまり、愛の成せる技ですね?」
「そうだね」
真っ正面から受け止めてくれる。すんとしたバーツ様が見られないのは少し淋しいけど、お互いの想いに応えられる関係になれたのは嬉しい。
「エーヴァ」
バーツ様の大きな手が私の頬を包む。優しい力で傾かされ、ゆっくりバーツ様が近づいてくる。
なにをされるかすぐに分かった。受け入れるために瞳を閉じる。
「旦那様」
コンコンと馬車の扉を叩く音で目を開けた。むむっとしたバーツ様と目が合う。
「……お預けか」
「ふふ、仕方ありませんね」
「なんか嬉しそうじゃない?」
「そんなことありません」
後々の楽しみにしましょうと言って馬車から降りた。
エスコートをしてくれるバーツ様が「僕も楽しみしてる」と微笑んだ。
「エーヴァさん」
会場に入るとすぐにバーツ様の御両親に声をかけられた。
「御義父様、御義母様。お久しぶりです」
「エーヴァさん、手紙ありがとう」
バーツ様の両親ともたまの社交界で顔を合わせるようになった。たまに私も手紙でやりとりしている。直接会うことはこうした社交界で軽くだけど、それでもだいぶバーツ様共々互いの雰囲気が柔らかくなった。
「バーツ、聞いたぞ。銀細工が表彰されたそうじゃないか」
おめでとうという言葉を素直に受けて「ありがとうございます」と返すバーツ様に社交辞令だけではないあたたかみを感じる。
バーツ様の御両親も心から銀細工としてのバーツ様を認めてくれてるように見えた。なにより二人は毎回社交界で銀細工で作ったアクセサリーピンをつけてきてくれる。まだ言葉にすることはあまりないし、会っても会話は少ないけど、少しずつ歩み寄れている気がした。
「応援している。身体に気を付けなさい」
「はい。ありがとうございます」
社交界で今もひっぱりだこな私たちは銀細工を手にしてくれた方や銀細工を求める方と話をする。ここ最近では銀細工に肯定的な人が増えた。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
馬車では高確率でお預けを食らうヒーロー・バーツ(笑)。ともあれ、次話で本編が完結になります。やっとですね!




