37話 新しい銀細工の名前
「名前、んん……」
「悩んでる?」
バーツ様と銀細工を作っていたら、ぽつりと出てしまった。
ディーナ様から頼まれた新しい銀細工の総称。よくよく思うとかなりの大役じゃない?
伝統文化として三国で銀細工師が保護されていて規模が違う。領地の中で領主が何かに命名する、なんてレベルを超えているのに、案外あっさり受けてしまった。
「……バーツはどうですか?」
これという言葉ないけど、と言葉から始まる。
「言語はソッケ王国のものにしたい。この銀はソッケでとれたから」
キルカス王国との国境線で起きた災害後から銀や鉱石が出てきたのはソッケ王国側だけだった。ソッケからでた銀だというところは最低限念頭にいれたいという。
「ソッケと言う名を入れると、ドゥエツ王国とキルカス王国への心象がよくなさそうです」
「公正取引を進めるからね。だから言語だけでいいんだよ」
「成程」
三国共通して点在する銀細工師のことも考えていらっしゃる。さすがバーツ様だわ。
そもそも、この銀が有用だと発見したのはバーツ様だ。戦争さえなかったら、私が弟子入りしてすぐに向かっていはず。銀に関しては筆頭と呼ばれるだけあって敏感に察知して情報を手に入れているのだろう。
「バーツの名前を入れるとか!」
「うわ……それはいいよ。何もしてないし」
「新しい銀はバーツが発見したようなものではありませんか!」
他の銀細工師は災害現場の銀を取りに来ていなかった。バーツ様が最初だったのだから、バーツ様の名前が入っていてもいいのではと思う。
「いや、銀が出るのは前から聞いていたし、そうなったら採取場の領主の名前の方がいいんじゃ?」
「そんなこと言い始めたら復興に携わった方のお名前をいれるかって話にもなってきます」
「うーん……それはあまりに人数が多いしな……」
しばし無言。
そういえば自分が作った銀細工一つ一つに名前をつけたことがなかった。バーツ様もそれは同じだったらしい。こうなってくると八方塞がりだわ。
「……いったん考えるのはやめて、銀細工を作りませんか?」
「……そうだね」
悩んでてもこういう時は出てこない。違うことをしてる方がいいだろう。
「以前伺ったこちらの部分なんですが」
「ああ、ここは極力弱い力を与えていくんだけど……」
幸せな時間だ。
バーツ様と一緒に作っていける楽しさが私を満たす。
こんなにも癒してくれる銀細工に変な名前はつけられない。
「銀細工を作ったら少し外を歩こうか」
「いいですね!」
銀細工に時間を注ぐのもいいけど、集中力にも限界がある。バーツ様はこうして気晴らしの時間をいつも設けてくれる。お茶を飲んだり、買い物をしたりと様々だ。
「行こうか」
「はい」
銀細工を作り終わり、外を歩く。既に夕暮れ、陽が落ちる反対側から濃紺の夜が来ていた。
「どうかした?」
バーツ様が私を捉える。
夜空と同じ濃い青の瞳が夜空と馴染んでいた。
「バーツの瞳は夜空と同じだな、と」
「ああ」
「素敵です。銀がよく映える」
夜空とそこに浮かぶ星と同じで、バーツ様には銀細工がよく似合う。バーツ様が「ありがとう」と微笑んだ。
「銀が、銀細工が……エーヴァと出会わせてくれたから、感謝しないとだ」
「銀細工に?」
「続けてよかったと思うよ。あの日、エーヴァが僕の銀細工を目にしなかったら、あの銀細工を買ってなかったら、こうして隣を歩くこともなかったんだ」
銀細工。
ずっと一緒にいたのに過去から今に繋がって私とバーツ様の運命を変えた。すごい力を持っている。
「!」
星が落ちてくるように、答えが降りてきた。あれこれ考えるのも大事だけど本質として必要なものがやってくる。
「……そうだわ」
「エーヴァ?」
こんなに肩肘を張る必要はなかったのかもしれない。
「案外、もっとシンプルでいいのかもしれません」
少しの間の後にバーツ様が、あ、と閃いた表情と声を描いた。
「エーヴァ、それって」
「はい。新しい銀細工の名前は、」
私とバーツ様の声がきれいに重なった。
思い描いた銀細工の名前を。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
案外リラックスしている時の方が閃きは降りてきますよね~!エーヴァは散歩が好きだったりします。バーツも朝屋敷周りを散歩するぐらいなので好き。二人とも結構似てる部分あるんですよね、と一人笑顔になります。




