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30話 馬車の中で

「ごめん、エーヴァ」


 怖がらせた、と馬車の中で再度バーツ様は囁いた。

 両手で顔を覆い憔悴しきっている。


「いいえ。私は大丈夫です」


 失うことはまだ怖いけれど、バーツ様が怒る姿は怖くなかった。

 どちらかというと怒るというより悲しんでるように見えたからかもしれない。


「エーヴァには気を遣ってもらってばかりだね」

「バーツ」


 手を離してこちらを見るバーツ様は今にも壊れそうだった。向かい合っていたのを隣に座り、外れた片手をとり両手で包んだ。


「本当に私は大丈夫です」

「エーヴァ……」

「心配なのはバーツの方です」

「……エーヴァっ」


 ぐいっと引かれそのまま抱き締められた。

 掠れた声で「ありがとう」と言われ、バーツ様の背中に腕を回す。


「両親とは縁を切ってる」


 少しずつ話してくれた。

 両親は公爵領の管理運営よりも国の中枢で働くことを選んだ。バーツ様が産まれてからはほったらかしで滅多に会うことはない。そんなバーツ様を育てたのも領地経営もこなしたのがバーツ様の御祖父様だ。


「御祖父さまだけだったよ」


 銀細工の師匠でもあり、公爵家の仕事すなわち領地経営について教えたのもバーツ様の御祖父様。けど年齢もあり、バーツ様がまだ若い時に亡くなってしまう。元々祖父と両親の仲は悪く、死んでも関わらず、ましてや暴言すら発する両親についにバーツ様は我慢できなくなった。

 散々揉めに揉めて公爵家を家出する。平民と同じような生活をしている中でループト公爵令嬢が現れ、伯爵姓を与え銀細工師として確立してくれた。諸島リッケリの管理はおまけと笑いながら。元々御両親はループト公爵令嬢の部下だから、ループト公爵令嬢の決定に両親は逆らえず、伯爵姓を許し銀細工師も許した。けど、さっきの様子では銀細工師を認めていない。


「そうでしたか……」


 以前軽く話してくれたことが、実はこんなに深刻だったなんて思わなかった。


「祖父はいつか両親と話す時が来ると言っていたけど、あれではもう無理だろうな」

「御祖父様が?」

「祖父はお人よしなんだよ」


 こっちの話を聞かないような人たちに何を言っても無駄だとバーツ様は言う。

 けど、その声音に僅か期待しているような雰囲気を感じたのは私だけだろうか。


「バーツは御両親と話し合えるなら話したいですか?」

「はは……それはありえないけど、銀細工や祖父のことを悪く言わないのであれば、話してもいいかもしれない」


 実現しなさそうだと笑う声が乾いていた。諦めが見える。


「明日は銀細工作りに集中しませんか」

「エーヴァ?」

「最初の銀箔を銀糸にできますし、細工にしてみてこそです」


 バーツ様が自身の両親に会わなくて済む。視察団はまだいるだろうし、バーツ様のこの状態では銀採取場に行かない方が賢明だろう。


「……そうだね。そうしよう」


 偶然とはいえ両親と再会したことで、バーツ様の過去が明らかになった。ディーナ様に救われ伯爵位を賜る以前は公爵家の人間。御祖父様の死をきっかけに家を出て公爵家との関係を切った。

 長年連れ添っている様子だった執事と侍女長は公爵家から出てもバーツ様の元で働くのを選んだんだわ。


「……思い出しました」

「なにを?」

「私がバーツ様の銀細工を買った時のことです」


 あの日、社交界に出ていた。珍しく子供も連れてよかったけど、大人は大人、子供は子供で分かれていて、その中でもバーツ様は中途半端な大人と子供のエリアの間にいたはずだ。

 銀細工を売るために。


「広いお庭に小さな噴水があった場所での社交界でした」

「……ああ」


 バーツ様も心当たりがあったらしい。


「御祖父様に連れて行かれて……折角だから銀細工を売ってみなさいって言われたんだったな」

「皆さん購入いただけたんですか?」

「はは、エーヴァだけだよ」

「私だけ?」


 あの日、子供はふざけ半分で壊してきて、大人は子供が作ったものだからと見向きもしなかったらしい。


「なんで忘れてたんだろう。あの時はエーヴァだけが僕の銀細工を褒めて手に取ってくれた」


 素敵だの綺麗だの言って目を輝かせる。見てるだけの少女に手にとってと一つの銀細工を渡すとさらに喜んだ。

 是非買うと豪語し適当な金額を振ったら素直に払った。名前を聞かれ名乗ると嬉しそうに「忘れません」と笑う。


「エーヴァは今も変わらないね」

「そうでしょうか?」

「僕の銀細工を褒めてくれる」


 目の輝きが変わらないと。


「バーツ様が素敵な作品を生み出し続けるからです!」

「ふふ、変わらないね」


 コンコンと叩かれる音で我に返った。


「!」

「!」


 今は馬車の中で、バーツ様に抱きしめられている状況。いつも通り馬車が叩かれてやっと現実に戻ってきた。


「あ、えっと、行こうか」

「は、はいっ」


 努めていつも通りにと馬車を降りた。バーツ様に手を取られた時、耳元で「抱きしめたこと、謝らないから」と囁かれる。


「え?」

「勢いで抱きしめてしまったけど、これもアピールの一つだよ」


 バーツ様ったら大胆!

 それを悪くないと感じている私も私だけど。

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。

思い出した過去によってエーヴァが貴族であるとバーツの中で確定されるわけですが、もうそこは最初から気づいてた節もあったのでスルーです、スルー。今はバーツの問題の方が大事なのです。

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