19話 好きが溢れる
「……貴方は誰ですか?」
私の言葉にふふ、と小さく笑った。
一度視線を足元に下げ、ゆうるりと持ち上がり私を見据える。
「その言葉はそのまま貴方にお返しします」
「……本来の使者でないと認めますか」
領主であるバーツ様に報告しますと伝えると、にっこり笑顔で返された。
「では、私は視察を終えたので本土へ戻ることにしましょうか」
「……」
「急激な体調不良者の増加に埒が明かないため、本土持ち帰りで対応を考える、というところですね」
私に何も権限がないことを分かっている。
逃げるが勝ち、だとも。
「リッケリに強固な守り手がいたとは……こちらの把握漏れです」
「……」
「さして何もできなかったのですが仕方ないでしょう」
「……」
「では失礼します。フィーラ公爵令嬢」
踵を返し真っ直ぐ船着き場に向かう。
追えなかった。
私は爵位を捨てた身で、しかも他国の人間だ。領主でしか対応できない。
私のことを敢えて公爵姓で呼ぶなんて皮肉もいいところだ。私を知っていた上での今までの茶番……悔しい。
「……ボロを出さないなんて……もう」
何も役に立てなかった。
認めているけど言葉では明確に返していない。となると領主につきだしてやる! みたいな流れにもできなかった。
念のため跡をつけて船着き場にきちんと行ったか確認する。
「……」
ドゥエツ王国の船が一隻出港するのが見え、使者ルーレの姿が見えた。
敢えて見える場所に立ってくれたあたり喧嘩売ってるわね。
「嫌な感じ」
溜め息一つ、会話の内容は伏せて使者が帰ったことを伝えよう。踵を返すと、バーツ様の声が聞こえた。
「ループト公爵令嬢」
「私行くよ」
「え?」
「あの船ね」
角を曲がったところで出港する船に乗るディーナ様が見えた。
「お待ち下さい!」
「大丈夫だって。何度も同じことしてるでしょ」
「何度もお断りします! ループト公爵令嬢は特使、戦場に出る必要はありません!」
「はは、いってくる」
「ループト公爵令嬢!」
使者ルーレと入れ違い。様子を見るに使者に代わって、ではなさそう。
そういうニュアンスの会話がない。
となると、やっぱりあの使者は怪しいものね。
にしても動き始めた船に訴え続けるバーツ様ったらいつになく焦っている。
相手が相手だからだろうけど、銀細工師筆頭になる関係で長年関わりがあるからか、独特の親密感が見てとれた。
「……ん?」
なんだろう。胸の奥がずんと重くなった。風邪を引く前のもやもや感に似ている。
いいえだめよ。私まで体調不良になるわけにはいかない。
「……大丈夫」
気を取り直して、私は馬車のある病院へ戻った。執事のペーテルが驚いたけど、買い物に来たと言えば納得してくれる。そのまま使者の帰還を告げ、その馬車で屋敷に戻った。
「旦那様はすぐに戻ります」
「そうですか」
「ですが、キルカス王国からループト公爵令嬢……我が国ドゥエツの外交特使であり最高責任者の方がいらっしゃいます」
「ループト公爵令嬢」
「ですので、旦那様との銀細工製作のお時間はあまりとれないかと存じます」
気遣って言ってくれてるのね。さっきの執事ルーレとは大違い。ペーテルの爪の垢煎じて飲ませてやりたいわ。
お茶を嗜みながら一息つく。
「ありがとうございます。バーツ様は領主としてのお仕事が第一優先ですし、この非常事態では仕方ありません」
「エーヴァ様がお優しい方で本当によかったです」
押し掛けたのはこちらで受け入れてくれただけでもありがたいと伝えるとさらにペーテルは感動しますと言ってくれる。
「領主としてお仕事をこなすバーツ様は本当にすごいです! 領地の特性上、ここはやることが多い。海賊を退ける程各島に権限と力を持たせつつも均衡崩れることなく、領主としての立場と権限を保っていらっしゃる。領民の信頼もあり好かれてるのはお人柄も素晴らしいからだわ。加えて今回のように同時に複数事件が起きても適切に対応されている。中々できることではありません」
おっと、捲し立ててしまった。
けど執事のペーテルはうんうん嬉しそうに頷いている。
「旦那様にそんなに理解を示してくださるなんて……エーヴァ様は寛大な御方です」
「私を弟子として受け入れてくださったバーツ様こそ寛大なのですわ。バーツ様が生み出す銀細工にもその人柄が出ている……本当にあの美しい銀細工のようなお人です……好きしかありません!」
ほう、と息を吐きつつ、銀細工とバーツ様に想いを馳せる。想像だけで幸せになれるとかすごすぎじゃない?
「……だそうです。よかったですね、旦那様」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
本当オタクの好き語りだなと思いつつ(前作魔眼のミナと同じ気質ですね~)。前半のシリアスどこいったレベルの後半のまくし立てです。エーヴァの情緒がすごい。




