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【書籍化】推し騎士に握手会で魔力とハートを捧げるセカイ(連載版)  作者: 緑名紺
第2章 招集!トップ騎士会議

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7 始まらない会議 その2


 

 それにしても、身につまされる話だった。

 俺の契約満了まであと一年半。

 メリィちゃんは待っていてくれるだろうか。推し変ならまだ望みはあるけれど、一般男性と恋に落ちてしまったら、俺も泣きながら祝福する羽目になるだろう。


「おう、どうした。随分とどんよりとした空気が漂ってんな」

「あ、バルタ。気にしなくていいよ。またリナルドが感極まって泣いちゃっただけ」


 また新しいトップ騎士が会議室に入ってきた。


 バルタ・ダルトさん。

 この前の使い魔討伐で第二戦功を授与されていた盾持ち――防御専門の重装騎士だ。


 鋼のように鍛え抜かれた肉体、低くて渋い声、獅子を思わせる眼光と色気のある男前。

 女性だけではなく、男性からも支持されるトップ騎士唯一の平民出身の騎士だ。鎧を脱いでいると、実年齢が二十四歳というのも信じられる。

 エンカラは黄色。使い魔の猛攻を恐れず、最前線で騎士たちを守るその姿は、俺の目にも強く焼き付いている。

 とても格好良かった。けど、正直に言うと少し怖い……。


『近づいたら火傷は必至! 危ないところが魅力的! 誰にも仕えぬ孤高の騎士! 絶対防衛! 絶対暴君!』


 メリィちゃんのノートにも、少し不穏な言葉が並んでいた。


 情報によると、バルタさんは数年前までならず者の頭目をしていたらしい。

 地方の小さな村を乗っ取って、領主に納められるはずの金や作物を横取りしていたそうだ。とはいえ、村人たちに乱暴を働いていたわけじゃない。むしろ周囲の森に巣くう魔物を退治したり、壊れた橋の修繕をしたり、領主よりも村に貢献していたくらいだった。


 通りがかった商人の通報によって、バルタさんの一味は一か月もの防衛戦の末に投降したが、村人からの強い嘆願もあって特赦を受けることになった。

 部下だけではなく、被害者である村人たちにすら慕われるカリスマ性。小さな村ではあったが、一国の王のように振舞い、民を心酔させて見事に支配していた。投降したのも部下が病に倒れたためで、バルタさんが国の兵士に後れを取ったわけではなかった。


 牢屋につないでおくのは勿体ないと目を付けた女王陛下が、部下たちの減刑を条件にバルタさんを星灯騎士団に入団させてしまった。

 ……とんでもない経歴である。


 彼は自ら望んで騎士になったわけではないし、周囲からの反発もあった。

 しかしながら瞬く間に民衆を虜にし、前科持ちというマイナス要素をものともせず、めきめきと人気と魔力を集めるようになった。使い魔戦での立ち回りも見事で、彼がいるのといないのとでは負傷者の数が全く違う。

 そもそも盾持ちという役職は、勇敢で仲間想いの者にしか務まらない。仲間のために命を懸けられるような人だからこそ、バルタさんは絶対的な信頼を勝ち得て、トップ騎士にまで登りつめたのだ。


 根っからの悪人なわけがない。それは分かっている。だけどやっぱり及び腰になってしまって、俺は恐る恐る挨拶をした。


「この前の坊主か。ご苦労さん」


 にかっと向けられた笑顔に拍子抜けすると同時に、少し嬉しくなってしまった。俺には兄弟はいないが、無性に“兄貴”と呼んで慕いたくなる。


 それからミューマさんが簡潔に今までの経緯を説明すると、バルタさんは呆れたように笑ってリナルドさんの頭をわしゃわしゃと撫でた。豪快な手つきだ。


「泣くな、リナルド。よく分からんが、お前は良い男だ。そのうち極上の女が現れるさ」

「あぁ、セットした髪が乱れる。やめてくれ!」

「今夜酒でも飲みながら、話を聞いてやるよ。貴族の坊ちゃんにはちと刺激が強いかもしれんが、良い店があるんだ。行くだろ?」

「………………行く」


 リナルドさんが泣き止んだ。

 俺は安堵の息を漏らし、改めてバルタさんに尊敬の眼差しを向けた。なんて頼りになる大人だろう。


「はぁ、あんたはいつもカッコイイな。バルタって騎士をやってて辛いと思ったことはないのかい?」

「なんだいきなり」

「ピュアな新人が現実に打ちのめされる前に、騎士の苦労を教えておいてやりたくてさ。俺たちと同じ思いをしないように」


 それは俺のためなのかもしれないけど、余計なお世話だった。あまり聞きたくない。

 バルタさんは少し考えるように唸って、力なく言った。


「そうだな、辛いというのとは少し違うが、昔、ファンの女にもらった差し入れの酒に媚薬が入っていて、強引に迫られたことがある。恋の熱にうかされた女は怖ぇからな、気を付けろよ」

「はーい! 解散! 羨ましいので聞きたくありませーん!」


 再びリナルドさんが拗ねてしまった。自分で話を振っていたのに……。


「ねぇ、それ結局どうなったの? 我慢できた?」

「ほらー、ミューマが興味持っちゃったー! 教育に悪い! この歩く十八禁!」


 バルタさんは呆れたようにため息を吐いた。


「手ぇ出すわけねぇだろ。一般人が手に入れられるような薬で、好き勝手させるかよ。『オレは誰か一人のものになる気はねぇ』って言ってさっさと帰った」


 ミューマさんは拍手をし、リナルドさんは悪態をつき、俺はドキドキしながら感心した。大人だ。


「その対応は正しいかもしれないけどさ……ちょっと冷たいんじゃないか? 自分に恋患う姫君を置き去りにするなんて」

「そんなか弱い女じゃねぇよ。今でもよく握手会に来てるしな。こんな男やめて、もっと真っ当な奴と幸せになってほしいもんだが」

「はあぁぁ? 最後の最後まで羨ましいんだが?」


 リナルドさんは完全敗北を悟って、崩れ落ちた。なんて素直で面白い人なんだ。


 バルタさんの経験談は、俺には少し刺激が強かった。メリィちゃんに怪しい薬を盛られるなんて……全くあり得ない話ではなさそうで困る。変な妄想をしてしまわぬよう、必死に頭を振った。


「おい、さっきからうるせぇぞ。リナルドの奇声が廊下まで響いてる」


 このタイミングで、また新しいトップ騎士の登場である。

 乱暴に扉を開け、椅子に座る黒髪の青年。その鋭い雰囲気に、俺は思わず一歩引いた。


「トーラぁ。きみは俺を傷つけたりしないって信じてる!」

「なんなんだよ、鬱陶しい」


 トーラ・クロムさん。二十歳。

 リナルドさんと同じく名門貴族家の出身で、双剣使い。騎士団では切り込み隊長的な役割を担っている。

 先日も、地上に堕ちてなお風を操って猛攻を振るう使い魔の注意を引き付け、アステル団長がとどめを刺す隙を作った。二人の連携は実に見事だった。

 討伐の代償に彼は重傷を負ってしまったのだが、もうすっかり完治したようだ。高度な医療魔術を施してもらったのだとしても、トーラさんの回復力はすごい。

 エンカラは青。クールでストイックな印象の彼にぴったりだ。

 手入れなど一切していなさそうなのに艶やかな黒髪で、北の海を思わせる暗い青の瞳が印象的だ。とても端正な顔立ちをしている。


「今、騎士特有の苦労話をしてたんだ。トーラは何かない?」


 ミューマさんの問いに、トーラさんは「下らねぇ」とそっぽを向いた。ノリが悪いとリナルドさんが抗議してもどこ吹く風だ。

 そんな彼が俺に視線を向けた。


「つか、なんでこいつがここにいるんだよ」

「……自分にも理由は分かりません。ただ、招集状をいただいたので」


 俺は忘れていた緊張を思い出した。

 実は使い魔討伐の際、トーラさんに強く睨まれたのだ。気のせいでなければ、俺が彼の視界に入る度に顔をしかめられている。何か気に障る言動をしてしまったのか、平民出身の新人騎士のくせに生意気だと思われているのかもしれない。


「アステルの奴、一体何考えてやがる……おい、会議の間は許可があるまで喋るんじゃねぇぞ。たった一回戦功を授与されたくらいで、トップに引き立てられるほど甘くない」


 なんだか牽制されてしまった。

 俺は調子に乗っているつもりはないし、この機会に自分をトップたちに売り込もうという気もない。何か誤解されているのなら、どうにかしたいんだけど……。


「新人いじめは良くないぞ、トーラ。ネロが怯えているじゃないか」

「リナルドもさっきまでネロにウザ絡みしてたじゃん。迷惑度では変わらないよ」

「俺はいいの! 後輩への愛があるから! なぁー? ネロは分かってくれるよなぁー?」

「は、はい」


 俺は苦笑いを返す。リナルドさんは憎めない人だ。


「とにかくトーラは単純に感じが悪い。そんなんだから、騎士団内でも遠巻きにされてしまうんだぞ。姫君に対してだって、もう少しにこやかに対応できないのかい? もっと憧れられるような騎士らしくさぁ」


 トーラさんは鼻で笑った。


「この俺に騎士を説くとは、偉くなったもんだな、お前」

「え? いや、そういうつもりじゃないけど」

「本来、騎士は唯一無二の主の仕えるものだ。国民を姫に見立ててご機嫌取りするような存在じゃねぇよ。本当、馬鹿らしい設定だ」


 ああ、姫君たちにはとても聞かせられないことを言ってる。

 でも、トーラさんの言うことは間違っていない。むしろそれが本来の騎士のあるべき姿なのかもしれない。


『その身に宿るは正真正銘騎士の血統! ライバルは主! その関係がエモエモのエモ! 自分にもファンにもしょっぱく厳しい、ノンシュガーサラブレッド!』


 メリィちゃんのノートによると、トーラさんが生まれたクロム家は騎士の家系で、代々エストレーヤ王家に絶対の忠誠を誓っている。

 彼もまた、生まれた時から年の近い王族であるアステル団長に仕えることが決まっており、そのために厳しい剣の修行を積んできた。

 しかし困ったことに、アステル団長はトーラさんより剣士として優れていた。守るべき存在が自分よりも強いというのは彼にとって許せないことで、このままではいけないとさらに過酷な鍛錬を己に課した。


 それから何度も何度も勝負を挑み、しかし一度も勝つことができない。

 トーラさんの矜持は砕け、自分に騎士は務まらないと家を出ようとまでしたらしい。そこにアステル団長が空気を読まず、もとい、彼を心から慮って声をかけた。


 俺の騎士にはならなくていい。その代わり今度設立する騎士団に入って、一緒に国を守ってくれ――と。


 要するに、トーラさんはアステル団長に騎士として仕えたくなくて、星灯騎士団に籍を置くことにしたのである。

 危険な使い魔討伐を通してさらに己を磨き、いつかアステル団長に勝つのが彼の今の目標だ。


 そういう、本来仕えるべき相手をライバル視しているところが、姫君たちの心に刺さったらしい。トーラさんはファンに対していわゆる塩対応をしているが、それでも握手会の行列が途切れることがない。

 基本的ににこりともしないし、声もかけないし、騎士の礼もしない。目の前で女の子が転んでも助けないし、涙ながらに想いを伝えてくるファンに「気持ち悪い」とのたまったこともあるという。

 俺だったら傷ついてしまうだろうけど、そういった対応から被虐趣味傾向のある女性にも人気だ。美男子に蔑まれたい層が一定数いるのだと、先輩たちから聞いた。


「トーラの言いたいことは分かるけど」


 ミューマさんが首を傾げた。


「騎士って、人間として模範となるべき紳士的で高潔な存在じゃないの? 自分を慕ってくる民には親切にしてあげるべきだと思うよ。特に女性には」


 ド正論だった。その正しさがトーラさんを襲う。


「うるせぇな! 俺だってっ」

「俺だって?」

「…………」


 暗い表情で俯くトーラさんの肩を、バルタさんが優しく叩いた。それが後押しになったのか、彼はぼそぼそと語り出した。


「……握手会で、見るからに顔色の悪い女が並んでたから、声をかけて介抱してやろうとしたことがある。毎回通ってる女だったし、倒れられたら面倒だからな。でも……れた」

「うん? なんて?」


 トーラさんは円卓を叩いた。


「俺が優しいのは『解釈違い』って言われたんだよ! クソが! 俺にだって人間としての良識くらいある!」


 それは、痛々しいほど心からの叫びだった。

 リナルドさんは爆笑、バルタさんは同情し、ミューマさんは「普段の行いのせい、自業自得だよ」と冷静に言う。

 俺は、ファンの子の感性はそれぞれだから、気にする必要はないと思った。でも怖くて口には出せない。


「それ以来俺は、あいつらに優しくする気が失せたんだ。向こうがそういう態度なら、意地でも愛想なんて振りまいてやるもんか、後悔しろってな。なのにっ、冷たくすればするほど声を揃えて『ありがとうございます』って目を輝かせやがる。『サウナの後の水風呂みたいに気持ちいい』と言った奴までいる。俺を、騎士を、なんだと思ってんだ! マジでムカつく!」

「ファンと変な戦いするんじゃねぇよ。可愛いもんじゃねぇか」


 引き続き励まそうとするバルタさんの手を振り払い、トーラさんは言う。


「うるせぇ、いいんだよ。これが俺とあいつらの適切な距離感なんだ……理想通りだろうが解釈違いだろうが、俺は態度を一律で変えないと決めたんだ……」


 トーラさんは暗い笑みを浮かべた。なんだか「解釈違い」という呪いの言葉に囚われて、自分を見失っている気がする。

 平等という意味では悪くないのかもしれない。

 でも、そうして塩対応で鍛えられた鋼メンタルの姫君だけが残っていったら、精神的に追いつめられるのはトーラさんの気がするけど、大丈夫なのかな。


 騎士と姫君の関係はいろいろなんだなぁ、と俺はしみじみと思った。いや、他人ごとではないのだけど。


「どこかの無責任王子みたいに、どいつもこいつもその気にさせるよりはマシだろうが」

「――聞き捨てなりませんね。あなたごときにアステル様を愚弄されるのは許せないのですが?」


 会議室が静まり返る。

 五人目のトップ騎士――副団長が会議室にやってきた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 皆さん個性的でカッコイイのに楽しい方たちばかりだし、メリィちゃんのキャッチコピー?みたいなのがめっちゃ面白いです(笑) 個人的にはトーラさん、なんか不憫で好きです(笑)
[良い点] 解釈違い、で、笑いました! そして、鋼メンタル姫ばかり残って疲弊するんじゃ、と心配するネロくん、優しい一般人&ツッコミが良いですね(笑) [気になる点] 騎士様たちを、姫モドキ(媚薬な迷惑…
[一言] 推される側の騎士にも色々事情があるんだなあこういう裏側苦労話好きです!
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