51 騎士の自覚
かつてないほどに集中して競技に臨んだ反動か、はたまた観客席にいるメリィちゃんと目が合ったせいか、頭が真っ白になってしまった。
「えっと……今日は本当にありがとうございました。これからも星灯騎士団への応援をよろしくお願いいたします」
ものすごく無難なコメントにも、お客さんたちは温かい拍手と声を贈ってくれた。
心も体もふわふわしている。
この感じ、使い魔討伐後の功績授与式以来だ。
なんだかとんでもないことをしてしまったような気分になる。
もちろん優勝を目指してはいたものの、本当に優勝できるなんて思っていなかった。普段の俺ならば絶対に緊張してどこかでミスをしていたし、目立たないように無意識に射の数を先輩たちに合わせていたんじゃないかな。
だけど、今日の俺は胸の内に燃え上がった感情のままに、勝ちを狙っていた。
なりふり構っていられなかったんだ。
観客には、メリィちゃんには、そんな俺の姿がどう映っただろう。そして先輩たちにはどう思われたかな。
俺が内心冷や汗をかいている間に競技会は閉幕し、控室に戻ってきた。
部屋に入った瞬間、先輩たちが声を上げる。
「お疲れ様、ネロ! よくやった!」
「射手の新エースに拍手!」
「これは楽しい打ち上げになるぞー!」
「うぅ、入団してから初めてだよ。こんなに射手のイベントが盛り上がったのは……ありがとうな、ネロ!」
ニコラ隊長を含む射手の先輩の他、魔術系の騎士や手伝いに駆け付けてくれた騎士たちまで、俺の優勝を自分のことのように喜んでくれた。
胸がじぃんと痺れるのと同時に、恐縮してしまう。
本当に、先輩たちは良い人たちばかりだな……新人のくせに出しゃばるなと反感を覚えている人なんて一人も居なさそう。
「すみません、俺、無我夢中で……良い結果を残せたのは先輩たちのご指導のおかげです。本当にありがとうございました」
心を込めて礼を言うと、先輩たちが思い思いのポーズを取った。
両眼を手で覆って宙を仰いだり、心臓の辺りを押さえて蹲ったり、壁に手をついて何かを堪えるように顔を背けたり……俺が何かを言うと、たまにこうなるんだよな。
その後、ニコラ隊長が「胴上げしよう!」と言い出し、先輩たちがノリノリで俺を取り囲んだところで、手を叩く音が聞こえた。
「はしゃぐのはまだ早いですよ。イベントはまだ終わっていません。出場した騎士は身なりを整えて、速やかに握手会会場へ移動。手伝いの者も、握手会のサポートと後片付けで分かれてください」
ジュリアン様がてきぱきと指示を出すと、全員が背筋を伸ばして動き出した。
俺も急いで着替えを始める。
「優勝者二名の握手会は人々が殺到すると思われますので、覚悟するように。持ち時間は、そうですね……一人十五秒とします。各兵種の次期エースとしての自覚を持ち、丁寧に対応するよう心がけてくださいね」
十五秒。トップ騎士の握手会みたいな短さだ。
多分、握手をして一言二言しか話す時間がない。
助かるような、困るような、複雑な気持ちだ。
訓練発表会、最後の催し。
今日の声援と日頃の応援への感謝の気持ちを込めて、ファンサービスとしての握手会が行われた。
射手にとってはようやくファンと直接話せる機会となる。
「本当にもう、すっごく格好良かったです。すっかりファンになっちゃいました!」
「あ、ありがとうございます」
「これから応援させてもらいますねー!」
俺は面食らっていた。
たくさんの人が俺の天幕の前に並んでくれていて、順番が回ってくると競技会での興奮そのままに感想を伝えてくれる。
その熱に戸惑うことしかできない。もちろん嬉しいし、正直照れてしまうくらいだけど、あまりにも褒められるからどういう顔をすればいいのか迷う。身分不相応な気がするんだ。
そして、相変わらず気の利いた返答ができない自分に落ち込む。
「ボクも将来、ネロお兄ちゃんみたいに弓矢で戦う騎士になりたい! どうすればそうなれるの?」
女性の他にも、まだ幼い男の子もご両親と一緒に俺に会いに来てくれていた。
憧れのこもった瞳で見上げられて、思わず口ごもってしまった。いや、幻滅されないように真面目に答えなきゃ。
「とにかくたくさん弓を引くことかな。あ、最初から矢を番えて的当てをやっちゃダメだよ。危ないからね。周りに人がいないかよく確認して練習して――」
「えー、地味!」
「そういう地道な練習をするのが渋くて格好良いんだぞ」
「そうね。結局、黙々と仕事をこなす男が一番素敵なのよね」
「そっかー! じゃあ頑張る!」
ご両親のフォローもあり、男の子は元気よく返事をして帰っていった。素直すぎる良い子だ。
でも、嬉しいな。射手の魅力に気づいてもらえて、報われた気分。
「…………」
目まぐるしく訪れる人々に、ひたすら感謝を伝える。
長いイベントを最後まで観てくれて、わざわざ俺に会いに来てくれているんだ。戸惑うことはあっても、疲れた顔だけは絶対に見せないように対応する。
そしてついに、彼女の順番がやってきた。
「ネロくん、優勝おめでとうございます! 本当に本当に本当に最高でしたっ。ネロくんと出会ってから記念日が増えていく一方ですが、今日という日もまた新しいメモリアルになりました。いつもありがとうございます!」
メリィちゃんには、なぜか逆にお礼を言われてしまった。
俺はまだ心の中にモヤモヤが残っていて、上手く笑えない。
スタッフさんに伝えられた彼女の持ち時間は三十秒。つまり、同行者の時間が足されている。
「来てくれてありがとう、メリィちゃん……そちらの方は?」
天幕の入り口で、これまたなぜかスケッチブックを抱えている男性――ベルナールさんというらしいジュリアン様のファンに目を向ける。
「あ、ピノー先生は学校の先生です。ワケあって今回の訓練発表会に同行してもらいました」
「先生?」
つまり、メリィちゃんとは教師と教え子という関係?
それは思いもよらない関係性で、俺が心配していたアレコレとは無縁のように思えて途端に力が抜けた。
近くでよく見れば、メリィちゃんとは年齢が離れているし、二人の間に流れる空気もそこまで親しさを感じない。
え? でもなんで学校の先生と騎士団のイベントに?
どういう理由があれば、そんな奇妙な状況になるんだろう?
「ジュリアン様からはまだ何も聞いていませんか?」
「え? いや、詳しいことは何も……」
「わ、私のことはお構いなく。いない者として扱ってほしい。時間がもったいない!」
魔力譲渡不要の握手会だからと、ベルナールさんは握手を辞退するみたいだ。よく分からないけど、確かにもう時間は残っていない。
俺はベルナールさんに会釈をして、メリィちゃんに視線を戻す。
キラキラでピッカピカ。俺を見つめる誰よりも熱っぽい瞳。
俺が大好きなメリィちゃんのとびきりの笑顔だ。
右手を差し出すと、メリィちゃんの小さな手が重ねられた。もう何度目になるか分からないけど、彼女と握手をすると、いつも温かい気持ちになる。
「俺のこと、観ていてくれた?」
「? もちろんです。ネロくんの活躍を観に来たんですから!」
「今日の俺、変じゃなかったかな?」
「確かにいつもと雰囲気が違っていましたね。でもでも、変だなんて! 新しい一面が見られて眼福でした。その……すっごく格好良かったです!」
頬を桃色に染めて俯き、ぎゅっと俺の手を握りしめる彼女の仕草に、心臓がきゅうと痛む。
心のモヤモヤは浄化され、ようやく俺は心から笑うことができた。
「良かった。メリィちゃん、俺――」
そこで時間が来てしまって、メリィちゃんは名残惜しそうに手を離す。
そのしょんぼりした表情も、どうしようもなく可愛いと思ってしまう。
「また会いに来ます。握手会にもカフェにも、絶対に一番たくさん……今日は本当に最高でした。全部終わったら、ゆっくり休んでくださいねっ」
最初の笑顔から一転、複雑な感情が見え隠れする表情で去っていった。
自惚れかもしれないけど、もしかしてメリィちゃんも俺と同じ気持ちを抱いているのかな。
メリィちゃん、俺、嫉妬しちゃったんだ。
きみが知らない異性と一緒にいる光景を見て、たまらなくショックだった。
俺は恋人じゃないし、友達でもないし、ああいう場面で声をかける資格を持たない。
メリィちゃんが誰と一緒にいても文句ひとつ言えない立場なんだと思い知らされて、途方に暮れてしまった。
だからだろうか。
せめて騎士としての俺を見てほしかった。
普段、人からどう思われるかを気にして上手く振る舞えない俺だけど、今日はどうしてもメリィちゃんの視線を奪いたかった。
こんなの、まるで駄々をこねる子どもだ。恥ずかしいな。
でも、よく分かった。
俺がメリィちゃんの心を離さないためにできることは、星灯の騎士として輝くこと。
メリィちゃんが惜しみなく捧げてくれる魔力と心をただ受け取るだけじゃなくて、惹きつける努力をしなくちゃいけない。
だって、じっとしていられないんだ。
正直、後先考えずに行動してしまった気もするけれど……大丈夫だろうか?
「…………」
予想外の事態になっている。
まだ途切れそうにない行列を見て、俺は気合を入れ直した。
打ち上げの席でジュリアン様に言われた。
「痴情のもつれで使い物にならなくなる騎士が多くいる中、あなたは大丈夫そうですね。むしろストレスが溜まると感覚が研ぎ澄まされるタイプですか? 恐ろしいですねぇ」
いつになくご満悦なジュリアン様に、全てを理解した気がする。
どうやら俺は今日、弓の腕やらメンタル強度やらストレス耐性やらをまとめて試されていたらしい。ぞっとした。
「一射外しましたね。アステル様の背中をお任せするには、まだ少し早いかもしれません。これからも精進なさい」
表情はにこやかなのに、その目は全く笑っていなかった。
俺はまだ彼のお眼鏡にかなっていないのだ。
きっとジュリアン様は、トーラさん以上に俺が前線入りすることを警戒しているんだと思う。
使い魔戦では、アステル団長は仲間を信じて後ろを振り向かない。彼の立場を考えればとても危険なことなのに。
「はい。信じていただけるように、頑張ります」
騎士のほとんどがジュリアン様を恐れているけど、同時にこうも思っている。俺もそれを実感した。
「ジュリアン様以上に副団長にふさわしい者はいない。騎士団が正しくあるためには必要不可欠な人間だ」――と。
第7章・完
お読みいただきありがとうございました。
感想などいただけると嬉しいです!
次の話をどうするか迷っているので、更新までお時間がかかりそうです。
すみません。




