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【書籍化】推し騎士に握手会で魔力とハートを捧げるセカイ(連載版)  作者: 緑名紺
第1章 推しのいるカフェ

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5 同期の騎士様 その2

 


 ピークを過ぎていたこともあって、店内には穏やかな空気が流れていました。


「ねぇ、彼ってこの前の」

「もしかして功績授与で名前を呼ばれていた騎士様?」

「なんか可愛い感じの方ね……リリンちゃんと仲がいいのかなぁ」


 ネロくんがホールに出てきたことで、他の姫君たちの視線が徐々に集まってきました。彼が誰か気づいたようです。

 好奇心に満ちた視線に晒され、ネロくんは照れてしまって居心地が悪そうです。


 ここで声をかけたり笑顔を向けたりできないところがまた可愛い。すごい成果を出したんだから、もっと胸を張ってもいいのに。

 手作りのパンケーキをいただくという、最高に幸せな体験を経た結果、私の心には余裕が生まれていました。大人のお姉さんたちがネロくんを見てヒソヒソしていても、嫉妬心が働きません。


「じゃあ、俺はそろそろ厨房に戻るよ。あの、ゆっくりして行ってね」

「えー、もう行っちゃうの?」


 リリンちゃんが引き留めかけたその時、新しいお客様の来店を告げるベルが鳴りました。

 手の空いていた騎士たちが出迎えに行きかけ、足を止めます。


「業務中に失礼いたします。ネロとリリンはいますか?」


 店内が大きくざわめきました。

 大柄な少年――しかも星灯騎士団の正式な団服に身を包んだ方が入ってきたからです。私も存じ上げない方でした。ネロくんとリリンちゃんになんの用でしょう?


「クヌート? どうしてここに?」


 あ、このお名前、聞き覚えがあります。確かネロくんとリリンちゃんの同期の騎士様だったはず。

 リリンちゃんが前に出ると、クヌートと呼ばれた少年はあからさまに顔をしかめました。

 

「リリン、貴様はなんて格好をしてるんだ……」

「えー? 可愛いし似合ってるでしょ?」

「そういう問題ではない。一人だけ風紀を乱すな」


 盛大なため息を吐くクヌート様。何やら雲行きが怪しくなってきました。

 姫君たちの心配そうな視線に気づいたのか、リリンちゃんが奥にクヌート様を連れて行こうとしますが、彼はそれを振り払って空いているテーブル――なんと私たちの隣の席に座りました。


「ここでいい。先輩方にこのカフェを体験して来いと言われている。珈琲を一ついただこうか」


 ネロくんとリリンちゃんは困惑気味に顔を見合わせましたが、結局はクヌート様の言葉に従うようです。私たちに断ってからネロくんが厨房に戻り、リリンちゃんはクヌート様にカフェのメニューを見せていろいろと説明をしています。


「なんだか、今までにないタイプの騎士様ね」

「はい……」


 ネロくんが珈琲を淹れて戻ってくると、クヌート様は二人も座るように促しました。


「仕事中なんだけどー?」

「今はそこまで混雑しているようには見えない。少しくらいいいだろう」


 先輩騎士様たちから許可をもらって、ネロくんとリリンちゃんが向かいの席に着きました。

 同期三人が顔を合わせて何を話すのか。

 滅多に見られない光景に、店内の視線が熱くなりましたが、露骨に見ては失礼だと姫君たちは素知らぬ風を装います。見事な擬態です。私もエナちゃんもお茶を楽しむふりをして聞き耳を立てました。


「クヌート、王都に戻ってきてたんだね。もしかして異動?」

「ああ。急な話だが、明日から正式に配属される。その前に、貴様たちには挨拶しておいてやろうと思ってな。宿舎に行ったら、二人とも勤務中だというのでわざわざ来てやったのだ」


 感謝しろ、とクヌート様は尊大な態度で言いました。

 多分、というか間違いなくクヌート様は貴族出身の騎士様でしょう。凛々しく高貴なお顔立ちをしていますし、仕草の一つ一つが優雅です。

 一人だけ珈琲を飲んでいる状況を気にしないことといい、同期と言っても身分差で上下関係があるのでしょうか。


「ふん、悪くないな。良い豆を使っている」

「そりゃそうだよ。団長は王子様で、他のトップ騎士もほとんどは貴族だもん。大切な姫君たちに良質で美味しいものをって思うのは当然でしょ」


 リリンちゃんの言葉に、クヌート様は憂うように目を伏せました。


「団長……アステル様はやりすぎだ。国民に対してここまで心を砕かなくとも」


 アステル殿下の名前が出たことで、エナちゃんの目つきが狂犬のごとく鋭くなりました。推し騎士様を批判されて黙っていられるほど、今のエナちゃんはお淑やかではありません。


「あの御方のカリスマ性があれば、何もせずとも皆ついてくる。ただでさえ王子としての公務と団長としての職務で多忙を極めているのだ。国民へ感謝する時間を、ご自身の休息に当てていただきたい。誰も文句は言わんだろう」


 おっと、風向きが変わりました。

 神妙な表情でアステル殿下を案ずるクヌート様を見て、エナちゃんも感情の行き場を失くしました。もしかして良い子なのでは、と店内がにわかに活気づきます。


「お姫様たちの喜びが団長の力になるんだよ。クヌートは過剰なファンサービスだって言うけど、実はボクたちの方がすっごく元気をもらえて、頑張ろうって気持ちにしてもらっているんだよねぇ。そうだ、クヌートもここで一緒に働いてみない? 楽しいよ?」

「私が? 馬鹿を言うな。ゼーマン家の男が、このような店で下働きなどできるものか」


 この発言に、また店内の姫君たちがむっとします。


「貴族には貴族の、平民には平民の働き方がある。私がこの店で働くことで、その領分を侵すわけにはいかない。先輩方もやりづらくなるだろう」

「あは、そうだね。クヌートが働くなら一号店の方がいいかもねぇ」

「そちらには親族の女性たちが通っている。私が視界に入ったら邪魔だろうから、どのみちカフェで働くことはできんな」


 不思議です。ものすごく気遣いができる方に見えてきました。最初に誤解を与えるような物言いばかりするので、先ほどから姫君たちが手の平をくるくる返しまくっています。


「あの、クヌート……北部での暮らしはどうだった? 寒くなかった?」


 今まで黙っていたネロくんが、躊躇いがちに問いました。

 どうやらクヌート様は今まで北部地方に配属されていたようです。なるほど、私が彼のことをよく知らないのも仕方がないことでした。


 エストレーヤ王国の領土は楕円型です。

 使い魔の出現にいち早く対応できるように、国の中央に位置する王都の他に、北部と南部にも星灯騎士団の支部があるのです。


「別になんともない。北部解放戦の爪痕ももはや残ってなかった。まぁ、辺鄙なところが多く、魔物討伐の任務に出向くのは厄介だったが、それも良い経験となった。私を研修期間と同じ男だと思わない方がいいぞ。随分と強くなったからな」

「それは楽しみだねぇ。まぁ、ボクたちも半年前とは違うよ。ねぇ、ネロ?」


 リリンちゃんがくすりと笑うと、クヌート様は少し不快そうに鼻を鳴らしました。

 ネロくんは曖昧に笑っています。


「ふん、ネロは使い魔討伐に参加して、第四戦功を授与されたらしいな。しかしいい気になるなよ。ただでさえ魔力が少ないんだ。調子に乗ると足元をすくわれるかもしれない」

「う、うん。気を付けるよ」

「まぁ、これからは私がいるのだ。多少のミスはカバーしてやるから、使い魔を撃墜させたという弓の腕を存分に振るうといい。お前なら、背中を射られる心配もない。だから絶対に私より前に出るなよ」


 やっぱり悪い方ではないような気がしてきました。ネロくんのことを心配していますし、実力を買って下さっています。

 ネロくんもクヌート様に上から目線で物を言われても全く嫌がっていません。むしろ王都への配属を心から喜んでいるように見えます。


「ネロに何かあれば、母君が悲しまれるからな。あれから息災にされているのか?」

「ああ、最近はずっと落ち着いている。……本当にありがとう。クヌートには感謝してもし足りない。本当なら北部に配属されるのは俺のはずだったのに、上層部にかけあって代わってくれるなんて」

「もういい。礼なら何度も聞いた。母一人子一人の親子を引き離させるわけにはいかんだろう」


 今度こそ、カフェ中の姫君の情緒がぐちゃぐちゃにされました。

 私もです。では、ネロくんがずっと王都にいられたのはクヌート様のおかげということですか!?


 ネロくんの抱える事情は、少しだけ知っています。カフェのシフトが変則的なのも、お母様のお見舞いや検査の付き添いのためみたいです。北部に配属になっていたら、お母様はきっと心細い想いをされていたでしょうし、ネロくんも気が気ではなかったと思います。

 クヌート様の申し出は、ネロくんにとって何よりも有難いものだったに違いありません。

 

 お二人の間にある信頼関係、そしてそれを優しげに見守るリリンちゃん。尊い……。


「えへへ、やっぱり同期っていいよね。顔を見ると安心する」

「改めておかえり、クヌート。これからよろしく」


 リリンちゃんとネロくんの言葉に、クヌート様は不敵に笑いました。


「ああ、ただいま」


 もうすっかり店内の空気は温かいものに変わっていました。

 この同期は仲良し、三人揃って推せる、良いものを見せてくれてありがとう。そんな気持ちをここにいる全員が共有していました。

 第七期入団組推し爆誕の瞬間でした。


「そろそろ失礼する。そうだ、ネロ、先ほど本部で小耳に挟んだのだが……」

「うん?」


 クヌート様が声を潜めました。それでも隣の席の私たちには聞こえてしまいましたが。


「今度、トップ騎士会議に呼び出されるらしいな。アステル様たちに失礼のないよう気を付けろよ」


 私とエナちゃんは揃って咽そうになりました。

 どうしてネロくんが? 先日の使い魔討伐で活躍したからですか?


 ネロくんは浮かない顔で頷き、エプロンのポケットから一枚の紙きれを取り出しました。あれが招集状のようです。


「頑張るけど、気が重い。トップたちのことは、顔と名前とエンカラと好きなスイーツしか知らないから……」

「怖そうな人もいるもんねぇ。まぁ、団長がいるなら大丈夫じゃない?」


 リリンちゃんの励ましに、ネロくんはおずおずと頷きました。


 これは……!

 私がネロくんのために一肌脱ぐときが来たかもしれません!





騎士カフェ編・完

次回「トップ騎士会議編」の更新まで少し時間をください。


感想や評価などいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 私も箱推しになりました! [気になる点] カフェにいた姫君達の今後の動向がすごい気になる~ ネロくんファン増えるのかな。 [一言] 続きとても楽しみに待ってます!
[良い点] 同期達の友情も、それを見守り情緒をぐちゃぐちゃにされた姫君達も尊い。生まれてきてくれてありがとう。 しかし男の娘にツンデレとこの騎士団、層が厚すぎやしませんかね? いや箱推しとしては結構…
[良い点] 推し活をするメリィとエナの会話が面白いです。 特に先達としてエナを嗜めるメリィがいい。 社会性と人間性、大事。 ここにきて男の娘騎士追加! バリュエーションが抱負! 騎士団の層の厚さがう…
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