49 射手部隊、入場
魔術系の騎士様の競技会が終了し、休憩時間となりました。
「すごかったです! 大迫力……!」
結界が張られていたとはいえ、目の前で超高度な魔術が炸裂してドキドキしました。
白熱した競技会を制し、優勝したのはトップ騎士のお二人ではなく、上級騎士様でした。
ミューマ様が二回目の魔術攻撃でボディを狙ったものの、ジュリアン様がそれを相殺するように魔術を放ち、余波で核が露出したところを、鋭い水刃の魔術で割ったのです。
瞬時に魔術を発動した騎士様の判断力、素晴らしかったです。観客からは惜しみない拍手が贈られました。
私は初級魔術の単位を一年かけてようやく習得したレベルですが、魔術を使う騎士様たちのすごさは分かります。
ほんの少しの詠唱であの威力の攻撃魔術を発動できるなんて、どういう頭脳をしているのでしょう。
魔力は握手会で集められるのでどうとでもなりますが、複雑な術式を構築するためには並列思考で様々な魔術的な処理を脳内で行わなければなりません。できない人には一生できない芸当です。
特にミューマ様とジュリアン様の魔術は、素人から見ても規格外でした。
「ミューマ様の魔術は実に豪快……面倒な構成を全て魔力のごり押しで省略しつつも、発動時には針穴に糸を通すかのような精度でコントロールし、その時の状況に合わせて威力を調整している。天性の感覚の持ち主なのだろうな。あの発動スピードからして、術式を反芻して考えてない。ほとんど反射で行っている。あんな魔術、誰にも真似できぬ」
ピノー先生は星灯騎士団が誇る魔術の神童・ミューマ様について、冷静に解説してくださいました。
それ以外の騎士様についても、どのような強みがあり、何を考えて魔術を行使しているか分かりやすく説明してくださるので勉強になりました。さすが魔術教師です。
来年度受講する予定の魔術関係の授業のレポートにできそうです。メモしておきましょう。
「ジュリアン様は……ああ! 何と無駄のない魔力コントロールだろうか! 術式も理路整然としており、千年語り継がれる美しい詩を紡ぐがごとく! 特に二回目の魔術が素晴らしかった! ミューマ様の荒ぶる魔術効果をものの見事に対消滅させてしまった! メリィ氏に分かるか!? あの魔術にどれだけ高度な技術が詰め込まれているか! 理想を最果てまで極めた至高の魔術だった! まさに神の御業!」
一方、推し騎士様であるジュリアン様のことは情熱的に語ってくださいました。とにかくすごいということとしか分かりません。
興奮のあまり背中から揺らされた時はびっくりしました。しばらくして我に返って謝って下さったので許しますけど……。
休憩時間になると、先生は競技会の余韻に浸りながら、持ち込んでいたスケッチブックに描き込み始めました。
ちらりと覗き込んで息を呑みました。
ジュリアン様が攻撃魔術を披露する姿の下書きのようですが……す、既に上手い。神画家の本領発揮です。
三枚ほどさらっと書き上げてから、ピノー先生は天を仰いでため息を吐きました。
「はぁ、今日は本当にイベントに参加できて良かった。ジュリアン様は初めてお会いした時から手の届かぬ魔術の頂にいたが、さらに高みへ登られたのがよく分かった。それでいて、副団長としての立ち回りも見事。人気を分散させるために、わざとミューマ様の邪魔をなさって他の騎士に花を持たせたのだろうな。騎士団全体の未来を考えた英断、さすがだ。ああ、この世で最も健康に良い光を浴びて、新陳代謝がかつてないほど活発に……今年一番笑ったかもしれぬ。きっと明日は頬が筋肉痛に――」
「先生、イベントの総括を始めないでください。まだまだこれからですよ! 私の推し騎士様の雄姿も見届けて、きちんと描き上げてくださいね!」
私としては、これからが本番です。
ああ、ネロくん。握手会やカフェでお会いする時の柔らかくて初心な雰囲気も最高なんですけど、きりっと凛々しく弓を構える姿も素敵なんですよね……早く観たい!
「あ、ああ。もちろん、感謝の気持ちを込めて描かせてもらうとも!」
冷や汗を拭う仕草をしながら言わないでほしいです。絶対に約束を忘れていたに違いありません。
ちらりと周囲を見渡せば、観客のほとんどがピノー先生と同じように気が抜けてしまっています。それくらい、魔術系の騎士様の競技会は見ごたえがありました。
射手の競技会には興味がなく、既にイベント後の握手会に想いを馳せていそう。
うぅ、あまり騎士団のイベントに物申したくはありませんが、順番が良くないと思います!
射手の競技会が先であれば……いえ、それはそれで誰の記憶に残らない可能性がありますね。
やはり射手が目立つのならこの順番しかないでしょうか。難しいです。
「…………」
この訓練発表会はネロくんにとって大きなチャンスなんです。活躍して観客たちの心を掴めば、一躍人気の騎士となれるかもしれません。
功績授与で多少知名度は上がったとはいえ、ネロくんが注目されたのは一瞬のこと。じわじわ握手会の列は伸びているようですが、大きなイベントでじっくりたっぷり彼の魅力を知ってもらえればもっと……。
容姿も実力も人格も兼ね備え、アステル殿下を始めとしたトップ騎士様からも目をかけられるようになった今、恐ろしいところに人気に火がつく下地は揃っているんです。
そうですとも。あんなに頑張っているんですから、ネロくんはもっともっと称賛されるべき。トップ騎士様と並んだって、決して見劣りません。
あまり考えたくはありませんが、きっとまた使い魔や魔女や悪魔と戦うことになります。戦いに出る時は、握手会でたくさん魔力を集め、身を守ってほしい。
たとえネロくんを推すガチ恋の姫君が誕生することになったとしても……大丈夫です。
私が一番ネロくんのことを応援している事実は揺らぎません。未来永劫、絶対に。
「お待たせいたしました。もうまもなく射手の競技会を開始いたします。席にお戻りください」
アナウンスを聞いて、自然と体が強張りました。
少しだけ心配です。ネロくん、こんな大勢の観客の前で緊張していないでしょうか。
万が一大きな失敗をしたら……と図々しくも身内感覚でハラハラしてしまいます。だって初めての訓練発表会なんですよ。
射手部隊の騎士様たちが入場すると、温かい拍手で迎えられました。
人数はたったの八名。魔術部隊の騎士様の三分の一以下の人数です。
入団順なのか、ネロくんは最後列での入場でした。
それでいて、休憩中の間に用意された舞台に辿り着くと、先輩たちに真ん中のポジションを譲られています。可愛がられているのか、射手部隊の皆様は揃って引っ込み思案なのか……。
「ネロくんっ、今日も素敵です! 頑張ってください!」
「……メリィ氏。そのような小声では聞こえないと思うが」
「今の私の精一杯の声量なんですっ」
心の中では推し騎士様の晴れの御姿に大絶叫していますが、心のままに再現すると周りのご迷惑になりますし、大変悪目立ちしてネロくんの集中を乱す可能性があります。
ボリューム調整ができるほど私は器用ではなく、結果、慎ましい声援になってしまうのです。
その分、拍手は誰よりも大きく。魔術部隊の競技会に負けないくらい、盛り上げたい所存です。
「では、これより射手部隊の競技会を始めます。人数の関係上、進行役と解説を私とミューマで務めさせていただきますね。よろしくお願いいたします」
そう言って、トップ騎士のジュリアン様とミューマ様が舞台にやってくると、大歓声が響きました。ピノー先生も「っしゃ!」と柄にもなく拳を握り締めています。
……これからメインとなる騎士様への声援を完全に凌駕してしまっていて、なんだか物悲しい気持ちになりました。
いえ、私が落ち込んでどうするんですか! マイペースに応援しましょう!
観客席のあちらこちらから射手の騎士様の名前を呼ぶ声が聞こえます。同士たちよ……うん、私は一人ではありません!
「では、射手部隊長のニコラ・ダイアーくん。簡単に射手の役目の説明をどうぞ」
「へ!? あ、オレですか? え、今ですか?」
「またあなたは……段取り表をちゃんと読んでいませんね?」
「は、はいっ申し訳ありません! えっとえっと、皆さんこんにちは! 射手の部隊長のニコラでふっ。あ…………噛んじゃった。ごめん……」
しょんぼりするニコラ様を、両隣の騎士様たちが慰める様子に、今日一番の笑いが起こりました。
部隊長のニコラ様はあがり症で有名です。
腕が良くて人望があって指揮も的確……らしいのですが、人前ではイマイチその実力が発揮できないことでおなじみです。
「き、気を取り直しまして……ニコラ・ダイアーです。オレは第一期入団で、実家もそこそこ太く、年齢的にも上の方ってことで、部隊長をやらせてもらっています。頼りない感じがするかもしれませんが、他のみんなはちゃんとしてるから大丈夫!」
ニコラ様のファンたちが「そんなことない」と必死に声を出してフォローしています。
卑下しがちな彼ですが、射手の中ではおそらく一番ファンが多いのではないでしょうか。不思議と目を惹きますし、飾らない言動から人柄の良さが伝わってきます。
そもそも実力と人気があるからこそ、部隊長に任命されているわけですから。
「あ、えっと……射手っていう兵種は使い魔戦での運用方法が限られていて、前衛の邪魔をせずに攻撃するのは難しいし、魔術みたいに複数人で協力して超強力な一撃を放つこともできないし、正直地味……あー、ネガティブなことしか言えない! そ、そうじゃなくて……そうだ! この前のカラスみたいに空中にいる使い魔との戦いでは活躍できます! な、ネロ!」
言葉を詰まらせたニコラ様ですが、突然目を輝かせてネロくんの肩を叩きました。
私は心の中で悲鳴を上げました。
「こいつ! ネロはすごいんですよ! 新人ですが、初めての使い魔戦で第四戦功を授与されるし、オレなんかより全然腕がいいんです。実質、射手のエースです! 今日はこいつに注目してほしいです! 普段の訓練でも――」
「ニコラ、ちょっと待って」
「こんな雑な持ち上げ方、ネロが可哀想だろ」
あまりに強引な話の振り方に、ミューマ様や他の騎士様が止めに入りました。
多分、ニコラ様に悪気はなく、新人を引き立てるための激励なのだと思います。
ですが、逆効果です。ネロくんが競技会の前にプレッシャーで潰れてしまう……!
ジュリアン様がにっこり笑って、ネロくんに視線を向けました。
「ではせっかくですので、ネロ・スピリオくんにも話を聞いてみましょうか。自己紹介や今日の意気込みなど、観客の皆様に向かってお好きにどうぞ?」
ひぃっ!
ネロくんが脚光を浴びるのはもちろん嬉しいんですが、予想外過ぎます。心臓が痛い。
祈るように見守っていると、
「あ……はい。第七期入団のネロ・スピリオです。今日は訓練発表会に来てくださって、ありがとうございます」
ジュリアン様の拡声の魔術により、ネロくんの声がよく聞こえました。
え? 意外です。
意外なくらい落ち着いた声音。いつものネロくんだったら、絶対にもっと動揺が表に出ていると思うのですが……。
「ニコラ隊長の言った通り、射手は難しい兵種です。戦場ではかなりの慎重さが必要で、使い魔の種類によっては出る幕がない時もあるそうです。だけど、絶対に必要な存在だと他の兵種の先輩たちに言ってもらえています」
私も、他の騎士様たちも、目を丸くしてネロくんを注視しています。
大勢の前でこんなにすらすら話せるなんて……まだ知らないネロくんの新しい一面に、胸がきゅんきゅんし始めました。現金な心臓です。
「俺たちの攻撃は誰よりも速く、遠くまで届くから。魔術や剣が間に合わない瞬間を失くすために射手は存在するんだと思います。『派手な活躍ができなくてもいい』『絶対に仲間を傷つけさせない』と言って、先輩たちはいつもたくさん訓練しています。本当にたくさん……そんな格好良い先輩たちみたいに、俺も仲間を守る一矢になりたいと思っています」
「え、ネロぉ、そんなこと考えてたの!?」
私とニコラ様を含む先輩騎士様たちは、同じポーズをしています。すなわち、両手で口元を押さえて溢れ出す感情を堰き止めるポーズです。
「今日は俺の……俺たちの訓練の成果を見てほしい。仲間に背中を預けてもらえるように、魔力を分けてくれる皆さんに安心してもらえるように、一生懸命頑張ります」
お辞儀をしてネロくんが言葉を締めくくると、割れんばかりの拍手が沸き起こりました。
百二十点のコメントでは? ネロくんにこんな才能があったなんて……。
ネロくんはそこで我に返ったようにして恐縮しています。
「メリィ氏の推し騎士様、ものすごくしっかりした良い子だ……」
「そ、そうなんですぅ……素敵な騎士様なんですぅ」
私はと言えば、涙腺が爆発して大号泣していました。
ネロくんが先輩たちにもみくちゃにされ、観客たちから称賛の声を浴びています。
なんて感動的で美しい光景でしょう。
格好良すぎです。あなたを推してきて良かった。心の底から誇らしく思います。
だけど、ネロくん、どうしたのでしょう?
どこか様子がおかしいような……?




