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【書籍化】推し騎士に握手会で魔力とハートを捧げるセカイ(連載版)  作者: 緑名紺
第1章 推しのいるカフェ

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4 推しメニュー実食



「こんなチャンス逃せないわよ。わたしだったら絶対に声をかけるわ」

「ええ? いいんでしょうか? プライベートの時間を邪魔するなんて無粋では? 鬱陶しいと思われるのは嫌です」

「そうかしら? いつも応援しています、と声をかけるだけなら、喜んでくださるかもしれないじゃない。じゃあメリィは推し騎士様と遭遇しても、見なかったことにしてその場を去るのね?」

「それは、私の場合ですと、下手したらストーキングしていると怯えさせてしまいそうなので、誤解させないために、仕方なく……」

「相手にばっちり認知されてるってことじゃない。それはそれで羨ましいー」


 街中で偶然推し騎士様と出会ったら、の議論が思いのほか白熱し、気づけば時間が経っていました。


「お待たせいたしました、お姫様方!」


 リリンちゃんの声に振り向くと、油断していた私は透明な悲鳴を上げました。


 ネロくん! ネロくんが、私の注文を運んできてくれたではありませんか!

 今日も最高に格好いいです! 騎士要素ゼロの厨房のエプロン姿も素敵!


 私と目が合うと、少しはにかんでくださいました。眼福すぎて涙が出そうです。

 彼の態度はいつも通り。どうやら先日の握手会での私の発言は、特に気にしてはいないようです。良かったような、少しだけ残念のような、複雑な気持ち……。

 しかしその寂しさもすぐにどこかに行きました。

 懸念していた恥ずかしさよりも、カフェでネロくんに配膳してもらえる喜びが上回りました。熱で顔が溶けてしまいそう。


 どうして今日に限って、とリリンちゃんを見ると、ウインクをしてくれました。ネロくんに声をかけてホールに連れ出してくれたのでしょう。感謝を込めて拝むようなポーズを取ると、笑われました。


「……どうぞ」


 目の前に置かれたパンケーキと同じように、私もぷるぷると震えました。スミレのお茶が彼の手で注がれる間、時よ止まれと本気で願ってみましたが、効果はありません。ただお花の良い香りが広がって、私の穢れを浄化してくれるようでした。


「あ、ありがとうございます、ネロくん」

「こちらこそ、いつも来てくれてありがとう」


 もう言葉もありません。

 エナちゃんは「良かったわね」と私に微笑んだ後、リリンちゃんがてきぱきと推しメニューをセットするのを感激した様子で眺めていました。


「素敵……」


 金の縁取りのお皿に、フルーツがふんだんに使われたスイーツが並んでいます。

 フルーツタルトと小さなパフェ、そして甘酸っぱそうな柑橘系のゼリーが宝石のように煌めいています。細かい飾り切りのフルーツは色とりどりで美しく、アステル殿下の溌剌さと高貴な雰囲気を良く表した一皿です。

 炎柄のティーカップに注がれたのは、赤みの強いアップルティーでした。情熱的で爽やかで、これまたアステル殿下にぴったりですね。


 あ、よく見ると、スイーツのお皿に赤いパウダーでアステル殿下の紋章――エストレーヤ王家の紋章が描かれているではありませんか。

 とても手が込んでいますが、国民としては少々畏れ多いです。いいんでしょうか……?


「ものすごく芸術的な一品ですね」


 トップ騎士様の推しメニューだけは注文したことがなかったので、私も初めて間近で拝見します。このクオリティなら、三倍多くお支払いしたいです。


「こちらのメニューをご注文いただいた姫君には特別なメッセージがありますので、僭越ながら朗読しますね!」


 リリンちゃんが咳払いをして、明朗に読み上げました。


『俺が考えたメニューを注文してくれてありがとう!

 俺は果物が好きだから、たくさん取り入れてもらったんだ。この彩り、見ているだけで元気が出るだろ。もちろん味も保証する。オススメはフルーツタルトだ。

 アップルティーは、よく母上や兄上とのお茶会で飲んでるやつ。姫君にも同じものを楽しんでもらいたいから、俺はこれにした。気に入ってもらえると嬉しいな。いつも応援してくれる感謝を込めて、素敵なティータイムを!』


 途中からこれがアステル殿下からのメッセージだと気づいたエナちゃんは、そっと目を瞑りました。分かりますよ、脳内で推し騎士様の声に変換しているのですよね。リリンちゃんが少し殿下に寄せた口調で読んでくださったので、イメージしやすかったと思います。

 発言を撤回します。三倍どころか、こんなの値段を付けられません。与えられ過ぎて苦しくなってしまうほど、推し成分の過剰摂取です。


「…………」


 エナちゃんは静かに涙を流しました。舞台女優みたいな綺麗な泣き方です。


 ネロくんだけは少しぎょっとしていましたが、私やリリンちゃんは動じません。この店ではありふれた光景です。

 

「最高ですね、エナちゃん」

「ええ。今日の日記は長くなりそう」


 それにしても、王室御用達のアップルティーまでメニューに組み込まれているのですね。これは採算がとれているのでしょうか。どう考えてもこの金額で提供して利益が出る内容ではありません。アステル殿下はサービスしすぎです。


 いつまで経っても手を付けようとしない私たちに対し、リリンちゃんも思わずと言った風に苦笑しました。


「さぁさぁ、早くお召し上がりくださいね。お茶が冷めちゃいますよ」

「う、勿体なくて食べられない……!」


 ハンカチで目元を押さえるエナちゃんに、私も激しく同意を示しました。


 ふわふわのパンケーキとそれに寄り添うメレンゲクリーム。

 もう何度もこのメニューを口にしていますが、ネロくんが自ら運んでくれたのは初めてです。確認する勇気が持てない。これはもしかして、もしかしなくても……。


「それ、全部ネロが作ったんだよ。上手だよねぇ」

「っ!」


 ネロくんの手作りパンケーキ!

 ダメです、こんなご褒美を与えてもらえるほど、最近の私は頑張っていません!

 幸福のあまり眩暈がしてきました。


「メリィちゃん、あの、ちゃんとレシピ通りに作ったから、大丈夫だよ。火も通ってる」


 ああ、ネロくんが何やら見当違いな心配をしています。安心していただくためにも、早く食べて感想を伝えないと!

 震える指先を叱咤して切り分け、私はパンケーキを口に運びました。


「わっ」


 口に入れた瞬間に溶けてなくなる星雲のごとき食感。優しいはちみつの甘さが広がって、私の全身をふんわりと労わってくれるよう……。

 いつも美味しいですが、今日は格別です!


「美味しいっ。今まで食べたものの中で、間違いなく一番です。圧倒的に優勝してます」

「いや、そんなはずはないと思うけど……? いつもと同じ分量だし」


 死ぬならこのパンケーキの上がいい。そう言いかけて、堪えました。ネロくんが反応に困ってしまうでしょう。今日は理性が勝ちました。

 甘い幸せに頬を緩めていると、ネロくんも優しく目を細めました。


「メリィちゃんに喜んでもらえたのなら良かった。いつでも作るよ」


 トドメの一言でした。私は宙を仰ぎ、それからフルーツタルトを堪能しているエナちゃんを見ました。


「今日は本当に来て良かったですっ。エナちゃん、誘ってくれてありがとうぅ」

「でしょ? はぁ、わたしも来て良かったわ。この世にこんな幸せがあるなんて……」


 私たちが二人揃って深く頷くと、騎士様二人も揃って笑みを漏らしました。


    ☆


 メリィちゃんのこんなにも幸せそうな顔が見られたんだから、頑張って働いてきた甲斐があった。

 思い切ってホールに出てきて良かったな。一人じゃなかったからか緊張もあまりしなかったし、後でリリンに礼を言わないと。


 俺はもう少しだけ勇気を振り絞ってみた。


「えっと、二人は学校のお友達?」


 メリィちゃんにばかり話しかけるのも良くないと思って、二人の関係を改めて聞いてみる。あまり姫君の私生活を聞き出すような真似をしてはいけないけど、見ての通りのことならば大丈夫だろう。

 エナちゃんというらしい女の子は慌てて居住まいを正した。


「あ、ええ、そうです。エナと申します。初めまして。といっても、いつもメリィから話を聞いていて、初めて会った気がしませんけど」

「そうでした! どうですか、エナちゃん。この距離で見るネロくんは。とっても格好良いですよね!?」


 メリィちゃんは目を輝かせて言った。その聞き方、本人の前では答え方を限定されてしまうだろう。案の定エナちゃんは少し困っていた。


「そ、そうね。メリィが夢中になるのも分かるわ」


 メリィちゃんは誇らしげだ。俺の方が照れてしまう。


「あは、メリィちゃんって学校でもこんな感じなの?」


 リリンの質問に、エナちゃんはからかうような笑みを浮かべた。


「いいえ、わたし以外の前だとわりと大人しいですね。というか、びっくりしたわ。メリィったら、ネロくんの前だからって、だいぶかわいこぶりっ子して――」

「わぁっ、やめてください!」

「ほら、声もなんか少し高くなってるじゃない」


 メリィちゃんはまた真っ赤になって俯いてしまった。

 そうか、いくつもの顔を使い分けているのか。やっぱり俺はメリィちゃんのことを全然知らないらしい。大人しいメリィちゃんというのはあまり想像できないけれど、いつか見てみたいな。


「二人はどうやって仲良くなったの? やっぱり推し騎士絡みかな?」


 リリンがおかわりを注ぎながら聞くと、エナちゃんはお礼を言ってから首を横に振った。


「わたしがアステル様をお慕いし出したのは最近で……メリィと仲良くなったのは偶然でした」

「そうなの?」


 エナちゃんは遠い目をして語ってくれた。

 数か月前にこの国に単身留学しに来たが、なかなか学校生活に馴染めずにいた。声をかけてくれる女子生徒はいても、なかなか友達になるところまで進展しなくて孤独を感じていた時に、メリィちゃんに出会ったらしい。


「わたしが学食のシステムが分からなくて困っていたら、メリィが颯爽と助けてくれたんです。空いている席やこの国特有のマナーを教えてくれたり、他にも授業での困り事の相談に乗ってくれたり、とても親切にしてくれて」

「うわぁ、メリィちゃん優しいねぇ。そこから友情が芽生えたんだ」

「それも全て、わたしに騎士団のイベントに応募させて当選確率を上げるためだったと知った時、芽生えた友情が壊れかけました」

「エナちゃんストップ! それ以上は何卒!」


 メリィちゃん……ブレないな。

 それでもエナちゃんは一つの物事に夢中になって突き進むメリィちゃんに好感を持ったため、一気に仲良くなったらしい。そして彼女の話を聞いているうちに星灯騎士団に興味を持ち、見事にアステル団長の沼に落ちた、と。


「この王国は本当に刺激的。出会う人みんな変わっていて、騎士様もファンもキラキラ輝いていて……魔女に呪われているとは思えないくらい明るくて楽しい、大陸一奇妙で愉快な国だという噂は真実だったわ。最高!」


 俺たちの祖国が他国にどのように思われているか知って、なんとも言えない気持ちになった。



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