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【書籍化】推し騎士に握手会で魔力とハートを捧げるセカイ(連載版)  作者: 緑名紺
第5章 射抜かれたハート、駆ける星々

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23 緊急招集


 

 変異種の魔物討伐から数日後。

 アステル団長の号令の下、王都配属の全騎士が本部の大会議室に集められた。

 こういった緊急招集は、使い魔討伐以外の時では俺は初めてだ。


 ミューマさんは目が合うと笑顔で手を振ってくれて、トーラさんには通りすがりに頭をぐちゃぐちゃに撫でられた。

 二人とも元気そうで良かった。もちろん、クヌートとジェイ先輩も回復してここにいるし、リリンも気合十分といった様子で胸を張って立っている。


 いろいろな噂が広まっているのか、騎士たちは落ち着かない様子だった。

 俺も、ものすごく緊張している。


 アステル団長がジュリアン様を伴って入室すると、室内は静まり返った。

 団長の真剣な顔つきに、議題の重さが伝わってくる。


「よく集まってくれた。みんなに大切な話がある。これから話すことは、他言無用だ。心して聞いてほしい」


 それから、アステル団長自らが先日の変異種の魔物討伐で起きたことを説明した。

 悪魔という単語が出てくると、戸惑い交じりのどよめきが起こる。


「悪魔は、魔女を魔女たらしめる存在で、配下の中で最強の使い魔だ。魔女にとっては切り札だが、力の要ゆえに表には滅多に出てこない。普段は別の次元に身を潜めているそうだ。その悪魔がこの次元に現れて活動を始めたということは、魔女の代変わりの時期が来たのではないか……というのが研究者たちの見解だ」


 そして俺たちは魔女の秘密を聞かされた。


 このエストレーヤ王国が魔女に呪われたのは約百五十年前。

 今なおその呪いは続いていて、新たな使い魔が出現する度に王国は被害を受けている。

 俺はなんとなく魔女は普通の人間よりも長生きなのか、寿命を延ばす魔術でも使っているのかと思っていたけど、そういうわけではなかったようだ。


「分かっているだけでもう百八十年以上、魔女は他者の肉体を奪って生き続けている。来世では悪魔の奴隷にされてしまうから、完全な死を迎える前に精神を別の肉体に移し、今の生にしがみついているんだろう」


 肉体と精神、その二つが死を迎えることで、魂が来世に運ばれるそうだ。魔女は禁忌の魔術で完全なる死を回避している。

 そして現在、悪魔は魔女の命令を受けて、新しい肉体を探すために姿を現した。魔女本来の肉体ではないため消耗するのが早く、二十年ともたないようだ。


 おぞましい話だった。

 自分が死なないために、他の人間の体を奪って生きるなんて。


 俺は狩人だから、命を奪って生きることを強く非難はできない。

 しかし父は常々言っていた。不必要に奪ってはいけない、人が人を襲ってはならない、命を奪うことに慣れてはいけない、自らも狩られる側になりうると忘れてはいけない、と。

 ……命を扱うなら、越えてはいけない一線があるんだ。


 寿命での死は自然の摂理だ。それに逆らうだけではなく、他者の人生ごと体を奪って、さらに悪逆の限りを尽くすなんて、自分勝手にも程がある。


「前回悪魔らしき存在が目撃されたのは十八年前――北部解放戦のときだ。今魔女が使っている肉体は、もしかしたら悪政で多くの民を苦しめた当時の北部辺境伯の末娘かもしれない。彼女だけは火の魔術で焼け死んだため、遺体の判別が不完全だった可能性がある」


 衝撃の事実に、騎士たちは大きくざわめいた。

 この場にいる騎士はみんな若く、北部解放戦の当事者はいないけど、それでも親世代から内乱の悲惨さを聞かされて育っている。

 一体いつから魔女が北部辺境伯――巷で言うところの悪徳領主の娘に成り代わっていたのだろう。それによってだいぶ北部解放戦の見方が変わってくる。


「では、もしやあの内乱は魔女の仕業だと!?」

「確証はないが、そう考えると辻褄が合う部分がいくつもある。母上の……女王陛下の話では、当時の北部諸侯は皆様子がおかしかったそうだ。まるで誰かに操られているかのように北部の様子を黙し、なんの恩義も利益もないのに辺境伯に与した。実際、戦いが終わった後、記憶の混濁が見られ、無実を叫ぶ者が多くいたらしい。魔女の魔術によって精神を蝕まれていたのだとしたら……」


 民を虐げる悪徳領主に誰も歯向かわず、王都軍が眼前に迫っても離反せずに付き従っていた。使い魔が出現して王国軍の戦力が削られたのも偶然ではなく、魔女が裏で糸を引いていたのならタイミングを合わせることもできただろう。


 北部解放戦が王国軍の勝利で終わったのは、運が良かったんだ……。

 あの戦いに終止符を打ったのは、奴隷扱いされていた民兵たちの反逆だ。領主の娘が民兵に直接魔術をかける機会などなかっただろうから、彼らは魔術の範囲外にいた。魔女にとっても予想外の蜂起だったのかもしれない。


 そこまで話が進むと、貴族出身の騎士たちが一部、アステル団長に厳しい目を向けた。

 分かっているばかりに団長は頷く。


「どうして王家が今まで、北部解放戦に魔女が関与している可能性を黙っていたか、だな。単純に証拠がなかった。全てが魔女の企みだったのかも、北部辺境伯の反逆に便乗しただけなのかも、十八年前のことは何一つはっきり分からない。そんな状況の中、最も陛下たちが懸念したのは、魔女が肉体を乗り移ると知って人々の中に生まれる疑心だ。使い魔の脅威に加えて、北部解放戦での戦いの傷、そこに隣人が魔女かもしれないと疑う心が広まれば、臣下は告発し合い、民は魔女狩りを始め、王国の結束が崩れてしまうかもしれない。それこそ魔女の思うつぼになってしまう」


 深慮の結果、悪徳領主一族以外の関係者は減刑にし、魔女の関与を暴けなかった責任を取って先代国王は退位したのだという。


「…………」


 もしかしたらこの中にも、北部解放戦で痛手を受けた家の者がいるかもしれない。魔女に操られてやったことで罪に問われたらたまらないし、貴族としての評判は確実に地に落ちた。この十八年、たくさん苦労したに違いない。

 そんな彼らが、王家の隠し事に対して複雑な感情を抱くのは当然だ。

 ここで新しい火種が生まれてしまうのではないか、と俺は冷や冷やした。


「国を治めるエストレーヤの血を引く者として、真実を明らかにできなかったことを不甲斐なく思う。臣下や民を信じ切れない弱さを心から詫びたい」


 しかしアステル団長の真摯な言葉を聞いて、みんなは口をついて出そうな不満をぐっと堪えた。

 全員分かっている。王族が保身のために都合の悪い情報を隠したわけではなく、国やそこに生きる人々を守るための、仕方がない選択だったのだと。ましてや当時幼子だったアステル団長を今ここで責めても意味がない。


「俺が言葉でいくら謝ったところで、失ったものは戻らない。俺にできるのは、二度と同じ過ちを繰り返さないこと……もう絶対に魔女の犠牲者を出さない。そのために手を尽くしたい。俺は今ここにいる騎士たちを信じている。魔女の秘密を打ち明けたのは、みんなの力を貸してほしいからだ。どうか、ともに王国の敵と戦い、民の命を守ってくれ」


 そうだ。十八年前のことよりも、今のことを優先しなければ。

 悪魔が魔女の新しい肉体を探している。もしかしたら、自分の大切な人が犠牲になるかもしれない。

 家族や友人、慕ってくれる姫君たちが魔女に奪われる……それだけは絶対に許せない。


 騎士たちが次々と了承の意味の敬礼をすると、アステル団長は安堵したように「ありがとう」と頷いた。

 この場にいる全員、気持ちは一緒だった。俺たちだって、団長のことを心から信じているんだ。どこまでも付いていくし、騎士を名乗れるだけの働きをして見せる。


「我らが偉大な団長の有難いお言葉、一言一句胸に刻みましたね? アステル様は我々の力と結束を信じて、魔女の秘密を打ち明けてくださったのです。私は全部黙っておいて生かさず殺さず働かせればいいと進言したのですが、それでは誠意がないと仰るので……分かっていますね?」


 副団長のジュリアン様が微笑みながら睨みを利かせると、みんなはさっと視線を逸らした。

 ……ここにいる全員、なんとなく分かっていた。王家の弱みになり得る話を聞いてしまった以上、もう逃げられない。ジュリアン様を敵に回したくなければ、どっちみち死ぬ気で働くしかないのだと。


 アステル団長が心配そうにジュリアン様を見た。


「ジュリアン、俺や王家へのヘイトを無理矢理引き受けてくれなくていいんだぞ」

「え。……ああ、いえいえ。そのようなつもりは全くありませんでした。アステル様の身代わりになれるのなら光栄極まりないことですが、この状況で騎士たちをどう使い潰すのが効率的か、それを考えた結果です。追いつめられた者ほど必死に働いてくれますので」

「待った。いくら非常事態とは言え、大切な仲間に過労を強いるなよ?」


 戸惑うアステル団長に対し、ジュリアン様は清々しい笑顔で答える。


「ええ、もちろんでございます。アステル様の役に立てる貴重な人材は、ちゃんとストックしますよ」


 ぞっとした。

 暗に言っている。役に立てない者はどうなっても構わない、と。

 俺たちはアステル団長のための人材在庫らしい。


「悪魔より先にこいつをなんとかすべきじゃねぇか」

「騎士団の結束を乱しているのはジュリアンだよね」


 トーラさんとミューマさんの冷静な意見をジュリアン様は黙殺した。


「みんな! 本当にごめんな! ジュリアンとは後で話し合うから! それでももし辛いことがあったら必ず俺に相談しろよ!」


 幸か不幸か、みんなの心は一つになった。

 アステル団長を信じてついて行こう。それしか生き残るすべはない。

 パワハラの相談窓口をいくつか案内された後、改めてジュリアン様に進行役が移った。


「さて、我々は鈍間ではありません。悪魔や魔女については、長い年月をかけ、王国内外を問わず情報を集めて研究していました。とある国の悪魔狩りの一族からの情報によれば、魔女が新しい肉体に乗り移ることも、悪魔がその肉体を探しに行くのも、珍しいことではないそうです。魔女の器になり得る人間の傾向も分かっています」


 悪魔狩りの一族なんているんだ、と何も知らない俺たちは驚いたが、そこは今重要じゃない。

 次に魔女が体を奪おうとしている人間の特徴が分かれば、悪魔に攫われる前に保護できるかもしれない。


「まず健康な十代半ばの若い女性であること、次にある程度魔力が強いこと。そして、あとは悪魔好みの見た目であること。要は美しい容姿の少女ということでしょうね。総合的に見て、貴族のご令嬢が狙われやすいのは間違いありません」


 みんなは難しい顔をしていた。その条件に当てはまる少女が、王都だけでも百名近くいるだろう。全員を集めて保護するのは現実的ではなかった。

 悪魔の好みの容姿なんて分かるはずもない。人間の美的感覚と同じかどうかもさだかではない……。

 それでも国民全てが対象ではなく、魔力の強い若い少女という条件が分かっただけでもだいぶマシだった。

 十代の貴族令嬢ならば、ほとんどが王立学校に通っているので、王都の守りを固めればいい。


 俺の脳裏にメリィちゃんの笑顔が浮かぶ。

 ……うん、十分に当てはまる。守らないと。


「我々騎士団は、人目を惹く容姿ゆえに本来は巡回などの任務には向きませんが、今回ばかりは全てを軍任せにもできません。上位騎士は貴族街、下位騎士は大通りや王立学校を中心に、その他貴族令嬢が立ち入りそうな場所の警備に参加してもらいます。念のため北部と南部でも主要都市を巡回するよう指示する予定です。さぁ、班を作って割り振りますよ。名前を呼ばれたものから並んでください」


 こうして俺はメリィちゃんが通う王立学校へ警備に赴くことになった。






 俺にとって、王立学校は縁遠い場所だった。

 読み書きや計算は村の塾で最低限教えてもらえたし、騎士カフェでも先輩から社会の仕組みを教えてもらえる。

 俺の人生においては、今のところそれで不便を感じたことはない


 ……ただ、必要性を感じたことはなかったけど、学校生活に憧れはある。

 同年代の子どもたちがたくさん集まって過ごすなんて、一体どんな感じなのだろう。

 メリィちゃんと同級生だったらどのように接していただろうか、と何度か想像したこともあった。


 だから、悪魔から生徒を守る仕事のためとはいえ、学校の敷地に入るのは感慨深かった。

 貴族の子息令嬢や裕福な商家の子どもはもちろん、学問に秀でた平民の子どもも特待生として通っているらしい。


 ついにメリィちゃんのことを知る機会が来たかもしれない。


 ……いや、そんなのダメだ!

 俺の仕事は巡回警備。その立場を利用して、生徒の個人情報を調べるような真似をするわけにはいかない。俺の方が不審者になってしまう。

 良からぬ発想を頭の外へ追い出し、俺は真面目に働くことにした。人気のない場所、部外者が侵入しやすそうな場所、その他、戦いになった時に有利な場所に目星をつけてまわる。


「ネロくんっ!」


 ……それでも、メリィちゃんを見かけたら、見なかった振りはできなかった。

 これも仕事のうちだ。彼女の安全のためにも、俺を探すのは止めてもらわないといけない。


 俺を見つけた瞬間、彼女の瞳にきらきらとした星が散る。嬉しくてどうにかなってしまいそうだ。俺だって会って話したかったんだ。


「これ、普通のお守りじゃないよね? ミューマさんが――」


 彼女がくれたお守りの不思議な力が俺の、いや、騎士団の窮地を救ってくれた。心からの感謝と、謎を解き明かしたい。


 ミューマさんからも「とりあえずネロが代わりに聞いてきて」と頼まれていた。彼は魔女と悪魔への対策のため、王都の著名な魔術師たちと連日会議をしていて忙しいのだ。


 しかし。


「そのお話はまた今度! お仕事頑張ってくださいね!」


 メリィちゃんは顔を真っ赤にして逃げ出してしまった。

 またか。彼女はいつも俺から逃げていく。


 謎は深まっていくばかりだった。


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