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【書籍化】推し騎士に握手会で魔力とハートを捧げるセカイ(連載版)  作者: 緑名紺
第4章 星灯の騎士の非日常

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19 任務開始

 

 翌朝。

 夜番が終わって横になっても、あまり眠れなかった。浅い眠りの中でメリィちゃんに会ったような気がするけど、起きたら何を話したのか忘れてしまった。


 冷たい川の水で顔を洗って、眠気も迷いも吹き飛ばした。

 メリィちゃんのお守り石のことは王都に帰ってからだ。今日は変異種の魔物討伐に集中しよう。討伐に戦力として参加できなくても、森の中なら役に立てることがあるはずだ。


 朝食は栄養たっぷりの携帯食料で済ませ、隊列を決める。


「先頭チームにネロを推薦します!」


 勢いよくクヌートが手を挙げた。


「俺も賛成っす。ネロは騎士になる前は狩人で、森の歩き方を熟知しています。些細な変化も見逃さないでしょう」


 ジェイ先輩も追随した。


「こいつを?」


 トーラさんの鋭い視線を俺はかろうじて逸らさず受け止められた。

 期待されると責任が重たくて逃げたくなってしまうけれど、多分、貴族出身の騎士が多いこのメンバーの中では俺が一番森に慣れている。故郷の森とは勝手が違うかもしれないので、絶対に大丈夫とは言えないけど……俺だって役に立ちたい。


「深い森なので、途中で方向感覚が狂うかもしれません。今日は曇り空ですし……でも俺なら目撃情報があった場所まで真っ直ぐ案内できると思います」

「……分かった。こっち来い」


 呼ばれた俺が歩み寄ると、トーラさんがいきなり腰の剣を抜いて振り下ろした。


「っ!」


 俺は地面に転がるようにしてそれを避ける。よく見ればトーラさんは剣を寸止めしていたが、本当に命の危機を感じた。


「ふん、これに反応できるならいいか。近接武器の経験はあるのか? どれくらい戦える?」

「あっ、えっと……ナイフや鉈なら。あと、父と一緒にイノシシや熊を狩ったことがあります」


 森を歩くのに刃物は必須だし、村にいた時は弓矢以外の武器も扱って獲物を狩っていた。今も腰に短剣を差している。


「トーラって乱暴だよね。いきなりひどいよ」

「うるせぇな。いきなりじゃねぇと不意打ちの意味ねぇだろ」


 近くにいたミューマさんが手を貸してくれた。起き上がると、トーラさんが懐から地図を取り出し、俺に投げ渡した。


「狩人のじいさんにいろいろ情報を書き込んでもらった。が、正直何が書いてあるか俺にはよく分からねぇ。お前は読めるか?」

「あ、はい。大体は」

「……じゃあナビゲートを任せる。あとはミューマに面倒見てもらえ」


 その地図には、変異種の魔物を目撃した位置だけではなく、森の危険な場所や動物の生息地、植物の植生についても描き込まれていた。文字の代わりに符号を使って示しているので、知識がないと分からないだろう。

 狩人にとっては宝の地図ともいえる。森の情報は狩人にとって財産だ。部外者にここまでの情報を開示してくれるのは、おじいさんが騎士たちを信頼しているからに他ならない。


「承知いたしました。お任せください」


 上官への了解の意味を示す礼をして、俺は前の方の隊列に加わった。地図を見ていたら、気ままに森を歩いていた頃を思い出して、少しワクワクしてきた。

 父が亡くなってから森に入るときに気分が高揚することはなくなっていたから、とても久しぶりの感覚だった。


「ネロ、少しは怒っていいと思うよ。きみの同期はぷんぷんしてるじゃん」

「え?」


 振り返れば、後ろの方の隊列でクヌートが機嫌悪そうに顔をしかめていて、ジェイ先輩がそれを宥めていた。

 トーラさんが俺を試すようなことをしたのが気に食わなかったみたいだ。でも、弓しか使えない人間が前にいたら、守る側の人の負担になってしまうから、反応速度くらい知りたいと思うのは普通だ。俺も迷惑はかけたくない。


 森に向かって出発する。

 まずは真っ直ぐ魔物の目撃地点を目指す。


 懐かしい森の香りを乗せた風を胸いっぱいに吸い込む。


「この先は踏むと危険なキノコが群生しているみたいなので迂回しましょう」


「その葉っぱは肌が弱い人はカブレるので触らないで下さい」


「あ、コモモコマドリ。ちょうど親鳥が雛に歌い方を教えてます。可愛いですね」


 俺はミューマさんや周囲の騎士に、見かけた植物や動物について説明しつつ、方向を示した。念のためコンパスを見ているけど、特定の草の葉の向きなんかでも大体の方角は分かる。

 小一時間ほど進んだところで、俺は違和感を覚えた。


「すみません、止まってください」


 急に生き物の気配が希薄になった。鳥も虫もいない。この先に何か危険なものがいる証拠だ。


「魔物が近いみたいだね。どうしようか?」

「……二手に分かれるか。八人、いや、七人で進んで、三人はここで待機する」

「そうだね。いざという時の連絡係は必要かな」


 トーラさんとミューマさんの相談はすぐに終わった。

 騎士たちの顔ぶれを見て、トーラさんが告げた。


「ジェイ、クヌート、ネロの三名はこの場で待機。討伐が完了したら青い魔術信号を打つから合流すること。異常事態が発生した時は赤い信号弾を打つ。その場合はただちに森から離脱し、騎士団本部へ連絡しろ」

「了解しました」


 ジェイ先輩は即座に返答したけど、俺とクヌートは反応が遅れた。特にクヌートは不満げだったが、渋々と了解の意を示す。

 索敵班に選ばれなかったのはもちろん複雑な気持ちだけど、異常事態が発生しても救援にもいかせてもらえないのか。

 ……分かっている。俺とクヌートは新人で、ジェイ先輩はそのお守り役。あまり戦力として見られていない。万が一にも全滅だけは避けなければならないのだ。トーラさんやミューマさんが手こずるような魔物ならなおさらだ。

 この人選は適切だし、命令も合理的だ。それでももやもやしてしまう。


 索敵班が出発してから、俺は大きなため息を吐いた。

 ジェイ先輩が肩を叩く。


「……変異種の任務は難易度が高いからな。最初はこんなもんだ」

「しかし! 見学もさせていただけないのは不満です! 自分の身くらい守れるし、私に任せてくれれば絶対に成果を挙げて見せるのに!」


 悔しさをにじませるクヌートに、ジェイ先輩は苦笑を返した。


「そのセリフ、聞き覚えがあるぜ。そう言って入団試験の時に突っ走って、怪我してなかったか?」

「うっ」


 クヌートは恥じ入るように顔を隠してよろけた。


「あ、あの時のことは……まだ若かったので」

「半年ちょっとしか経ってねぇだろ。ま、成長を見せる機会はきっと来るから焦るなよ。リリンなんか、あの時の三人組の中で今回一人だけ留守番だから、すっげぇ拗ねてたぞ」


 ……帰ったらリリンにきちんと声をかけよう。いつもさっぱりしていて明るいけど、機嫌を損ねると大変なんだ。それこそ入団試験の時も初っ端からクヌートと喧嘩していた。


「入団試験か……まだ一年も経ってないのに懐かしいな」


 話していたら記憶が呼び起こされてきた。

 俺たちの出会いは、入団試験で三人一組の同じ班になったことだ。三日三晩、食糧も持たされず山でサバイバルをし、どれだけ多くの魔物を狩れるか、という実技試験を一緒に受けた。

 ちなみにジェイ先輩はこっそり俺たちを監視して評価点を付ける係だった。


 試されたのは個人の強さとチームワーク、そして過酷な環境でもへこたれない精神力だ。

 メンタルには自信のなかった俺だが、山の中という過ごし慣れた環境だったせいか野宿でもなんとも思わなかった。ほぼ初対面の二人と一緒に活動するのは気を遣ってしまったけど、常にクヌートとリリンが火花を散らしていたので、俺はそれをやんわり仲裁しているだけで仲間っぽい感じになれた。二人とも俺を挟んで会話をするから、一人ぼっちにならずに済んだし。


 しかし、それでも大変だった。

 一日目でクヌートが魔物と戦って怪我をして、その夜にはリリンが毒虫に噛まれて熱を出した。

 看護をしつつ、動物を狩ったり薬草を採取して食事の準備をし、自己嫌悪に陥っていた二人を必死に励ましていたら二日目が終わった。

 そして三日目。

 歩ける状態にまで回復した二人と、二日目の分を挽回しようと魔物狩りをしようとしたところ、突然山賊に扮した試験官たちに襲われた。どうやらそういう試験だったようだ。

 そこでは人間相手に戦ったことのない俺が足を引っ張ってしまい、二人に助けられた。最後は協力して試験官を追い払い、三人揃って無事試験に合格したのだ。


 それが、俺たちの友情の始まりだ。

 特にリリンとクヌートは最初の仲の悪さが嘘みたいに打ち解けていて、俺も嬉しかった。


「試験の時から、俺はお前たち三人の実力を買ってる。いつか揃ってトップ騎士になるんじゃねぇかって期待してるんだ。だからさ、今日の悔しさをバネに頑張れよ」


 ジェイ先輩がしみじみと言った。

 俺とクヌートは視線を合わせて頷き合う。王都に帰ったら、リリンも交えて三人で訓練しよう。


 ……周囲を警戒しつつそんな話をしていると、何かが弾けるような音ともに木々の隙間から、青い信号弾が打ち上がったのが見えた。討伐完了の合図だ。


「良かった。無事に終わったんだ……」

「さっさと行くぞ! せめて魔物のサンプル回収を手伝う!」

「待て待て。でかい図体で転ぶなよ」


 張り切って駆け出すクヌートと、それを追いかけるジェイ先輩。俺も後に続いた。


「…………?」


 ふと、嗅いだことのない甘い香りが鼻をかすめた。

 蜜を蓄えた花のような、熟れ過ぎた果実のような、濃厚な香り。

 これは変異種の魔物の残り香だろうか。


 次の瞬間、空に赤色の閃光が弾けた。

 気づけばもう、信号弾が放たれた地点は間近に迫っていた。

 クヌートとジェイ先輩は立ち止まったが、俺を振り返ることはなかった。


「なっ!?」


 ぽっかりと空いた巨大な地面のくぼみ。

 その中心にそびえるのは、茨を纏った禍々しい灰色の樹。くぼみのせいで高さが差し引かれて遠くからは見えなかったが、相当に大きい。

 茨が蛇のように蠢き、幹の洞の奥が赤く光った。目がある。魔物だ。


「来るんじゃねぇ! 罠だ!」


 そう叫んだトーラさんは茨に絡めとられ、地面に伏していた。他の騎士たちも同じ状態だが、もはや声を発する力もないのか、ぐったりしている。

 ミューマさんに至っては、魔術用の杖を握り締めた腕しか見えず、後は茨の繭に包まれていた。集中攻撃を受けたみたいだ。

 精鋭ぞろいの騎士たちがなすすべもなく倒れている。


 どうして? 青い信号弾は討伐完了の合図だったはずなのに。


 強烈な甘い香りに眩暈がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです!更新お待ちしております! 気になるキャラクターです。 クヌート 言葉選びに難があるけど、それもクセになる、デレ。 同期組の話も読みたいです! アステル様 まさに太陽。子犬とい…
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