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【書籍化】推し騎士に握手会で魔力とハートを捧げるセカイ(連載版)  作者: 緑名紺
第3章 推しを想う日常

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12 姫君たちの情報収集



 真っ直ぐ学校に向かうことはせず、途中にある広場に寄りました。

 握手会の開催を確認するのが、すっかり日課になっています。


「きゃ、やったー! 嬉しい!」


 掲示板の前で飛び跳ねている姫君がいますね。今日は握手会が開催されるようです!

 同じ学校に通う生徒も多く、毎朝のようにこうして顔を合わせている関係で、喜んでいる顔ぶれを見れば、どの騎士様が参加されるのかなんとなく分かるレベルに達しました。

 かなりの人数の姫君がお祭りのようにはしゃいでいる様子を見るに、今回はトップ騎士様がいるようです。異様な熱量になっています。


「久しぶりにリナルド様にお会いできるわ!」

「ああ、バルタ様……わたくしの名前覚えてくださったかしら」

「ばあや! 美容院の予約を!」


 なるほどなるほど。北部と南部に配属されているトップ騎士様も、会議に出席するために王都に戻っていますもんね。久しぶりに連携確認をされるのでしょう。魔物討伐ではなく、演習のための魔力募集と掲示板に書いてあります。


 ネロくんの参加の有無は掲示板を見るまで予想できません。幸か不幸か、今のところ同担に出会ったことがないので……。

 私は自慢の視力で、後方から騎士様の顔写真を順番に確認しました。


「あっ」


 ネロくんの顔を見つけるのと同時に、私は鞄から手帳を取り出し、握手会の開催時間と時間割を照らし合わせました。


 うん、うん、大丈夫。この時間なら会いに行けます!


 私が通っている王立学校は男女共学。しかも貴族も平民も在籍していて混沌としています。

 仕事や習い事など、それぞれご家庭の事情があるという観点から、週に数回同じ内容の授業が行われていて、好きな日に出席すれば大丈夫というシステムです。出席日数と課題の出来次第で期末に試験を受けることができ、合格すれば単位習得できる、という流れです。


 無計画にスケジューリングしていると、何日も朝から夕方までみっちり授業を受ける羽目になったり、課題をする時間がなくなったり、単位数が足りなくて進級できなくなったりします。

 スケジュール管理は大変ですが、こうした突発的なイベントにも参加できるので、私は助かっています。


 今まで何度かネロくんに会いに行くために、サボ……いえ、危ない橋を渡りました。

 先日リリンちゃんに「授業は真面目に受けた方がいいよ」と真顔で言われてしまったこともあり、今後は気を付けて行きたい所存です。後回しにせず、できるだけ早く必要な授業を消化するのです。


 試験で良い成績を取れば、両親からご褒美にお小遣いをもらえることもありますし、真面目に学生の本分に励まなくてはなりません。不真面目でお馬鹿なところを見せて、ネロくんに幻滅されたり、恥をかかせるわけにはいきませんもの。


 とはいえ今日の予定は大丈夫。無理なくネロくんに会いに行けます。


「…………」


 もちろん握手会は楽しみなのですが、懸念もありました。

 彼がトップ騎士様がメインの演習に参加するなんて初めてのことです。トップ騎士会議に呼び出されたことと関係があるのでしょうか?

 握手会が午後ということは、日をまたいで遠方に向かうのでしょう。魔物討伐の任務よりは安心ですが、トップ騎士様の厳しい演習に加わって、ネロくんが怪我をしないか心配です。


 こういうときこそ、私がたくさん魔力をお渡ししなければ!

 訓練演習は魔物討伐の任務よりも危険度が低いせいか、善意の民があまり握手会に参加せず、魔力が集まりにくいみたいですから。


『あ、もしも彼に会ったら、婿養子についてどう思うのか聞いてきてね』


 ふと、今朝の母との会話を思い出してしまいました。

 会うことはできますが、私の口からそんなこと質問できるはずもありません! 忘れましょう!


 笑顔の姫君たちの間を抜け、私は小走りで学校に向かいました。赤くなってしまった顔を、運動して誤魔化すのです。






「おはよう、メリィ」

「はぁ、はぁ……おはようございますっ」

「どうしたのよ。陸に打ち上げられた魚人みたいになって」


 今日の一時間目は、エナちゃんと一緒です。

 お友達と示し合わせて同じ授業を受けるのは、女子ならではの光景でしょう。私とエナちゃんはそこまでべったりではありませんが、グループ課題のある授業などは極力一緒に受けるようにしています。二人組作ってーという恐怖の言葉に抗うためです。


「そこまで死活問題じゃないです。少し気を鎮めるために走ってきただけで」

「あ、分かった。どうせ握手会でしょ?」

「……当たりです。というわけで、五限目は広場に行ってきます」


 トップ騎士様の訓練演習が催されることを話すと、エナちゃんは立てた教科書に顎を乗せました。お行儀が悪いですが、美人がやるとアンニュイで絵になりますね。


「いいなぁ……」


 その一言には涙を誘うような哀愁が漂っていました。

 使い魔討伐の時以外、アステル殿下が参加される握手会はほとんどありません。人が集まりすぎて危険ですし、厳重な警備を敷く経費がかかりますからね。


 アステル殿下が訓練されるときは、魔力譲渡する姫君が抽選で選ばれ、ひっそりと握手会が行われるという噂があります。当選者には箝口令が敷かれ、いつどこでどのように握手会が行われたかも秘密なのだとか。

 ……まぁ、所詮は噂です。

 実際はお城に勤めている役人や部下の騎士たちから魔力を集めているのではないでしょうか。その方が手間もコストもかかりませんし、何よりファンに対して公平な態度を心掛けているアステル殿下が、平等性の不透明な抽選方式で握手会をするとは思えません。


「アステル殿下は握手会の機会こそ少ないですが、その分、ファンとの交流イベントはほぼ皆勤賞ですよ。今は英気を養って開催の時を待ちましょう!」


 トークショーやクイズ大会などの接触の少ないイベントなら、アステル殿下は率先して参加していらっしゃいます。こんなに親しみやすい王族はいない、と他国の賓客が驚かれるくらいです。


 例えばトップ騎士のトーラ様などは、ほとんどそう言ったファン向けのイベントには参加されません。唯一の例外は、『最強騎士決定戦』という武闘大会くらいでしょう。アステル殿下に勝てないのがお約束なのですが、毎回ドラマチックな戦いを見せてくれます。露出は少なくてもファンの需要を満たして、ますます人気を集めています。


「そう! そのことについてメリィに相談があったのよ!」

「え、なんでしょう?」

「今までのイベントの様子が知りたいの! アステル様が何を話されたのか、どういう雰囲気だったのか、他の騎士様との絡みや観客の感想も気になっていて」

「……なるほど。要するにイベントレポが欲しい、ということですね」


 気持ちは痛いほど分かります。

 私もネロくんの入団式には参加できなかったので、後で知りた過ぎて頭を抱えました。困った末に、リリンちゃんを拝み倒して当時のエピソードを聞き出しました。

 緊張のあまり大柄な同期の方、多分クヌート様ですね……彼の陰に隠れてやり過ごしていたそうです。狩人の隠密技術を無駄に応用していたそうですが、おかげで新人びいきの姫君の記憶にも残らず、デビュー握手会もほとんど誰も来てくれなかったとか。

 なんだかネロくんらしいですし、そのおかげで私はネロくんと出会えたのだと分かって、しばらく頬が緩みっぱなしでした。


「わたしだって努力はしたわ。新聞や情報誌を図書館に保存されているバックナンバーでできるだけ追った。でも、公式の情報って要約されていたり、カットされていたり、イベントの全容や空気感が分からないものばかりで……お堅いのよね」

「ですね。ちょっと危ない発言が面白いのに、検閲で直されてしまいますから。うーん、ネロくん関連ならいくらでも話せますけど、アステル殿下についてとなると……」


 私はネロくんに出会うまで、星灯騎士団を追いかけていませんでした。出会ってからも、彼に無関係のイベントは参加していませんし、エナちゃん御所望のレポは差し上げられません。


「非公式ファンクラブに行けば、そういう記録が残っているはずですが……」

「何それ!? 詳しく!」


 私はエナちゃんのキラキラした瞳を真っ直ぐ見られませんでした。


「同じ推し騎士様を愛する者たちが集まって、情報交換をしたり、一緒に応援したり、魅力を語り合ったりしているクラブです。同じ騎士様のファンでも、スタンスによっていくつも存在しているんですよ。イベントレポも、行けなかった人や自分の記録用に書き残して共有しています」

「面白そう! ……ねぇメリィ。どうしてそんな楽しそうなファンクラブのことを今まで教えてくれなかったの?」

「っ! ……派閥争いが怖いからです!」


 私は窓の外を見て遠い目をしました。


「私も箱推しのファンクラブをいろいろと巡ったことがあります。一言で言うと、そこは魔窟でした。保護者目線、ガチ恋勢、自称プロデューサー、熱狂的信者、創作家……様々な派閥の姫君が笑顔でマウントを取り合い、推し騎士様を独自解釈して新たな可能性を生み出し、見えないものを見ようとして気づけば新しい沼に引きずり込まれている……エナちゃんに深淵を覗く勇気はありますか?」


 エナちゃんは神妙な表情でごくりと息をのみました。

 脅しすぎてしまいましたか。私は取り繕うように微笑みました。


「まぁ、少々特殊なクラブもありますし、推し騎士様のことになると過敏な方々が所属していらっしゃることもありますが、基本的にはめちゃくちゃ楽しい集いですよ。だって推し騎士様への愛に溢れて活き活きしていますから。大きなクラブは『自分の推し騎士様をもっとたくさんの人に愛してもらいたい』というファンの鑑のような方が仕切っているので、きっと快くイベントレポを読ませていただけると思います。確かこの学校にも支部があったはず」

「そ、そう……ちなみにメリィは?」

「私は結局無所属です。もしネロくん推しの同志に出会えても、多分同担拒否してしまいそうなので……でも、出入り自由のライトな箱推しクラブで、たまに情報交換はしていますよ。騎士団についてお喋りするだけでとても楽しいですし、素敵な姫君からお勉強させてもらっています」


 私も歴で言えば新参で、分からないことだらけでした。先輩姫君たちにファンとしての心得を教えてもらえたからこそ、今のところトラブルなく過ごせているのでしょう。

 先日ネロくんにお渡ししたトップ騎士の情報ノートも、クラブの有識者の方々に協力していただいて作成しました。勇気を出してファンクラブを覗いておいて良かったです。


「あ、でも、くれぐれもクラブに所属するかどうかは慎重に決めてください。あくまでも“非公式”ファンクラブ。後で何かあっても自己責任になってしまいます」


 公式のファンクラブを発足してほしい、とほとんどの姫君が願っているはずですが、なかなか実現しませんね。国家公認の組織となると、貴族間でいろいろとしがらみがあるのでしょうし、誰がどのように取り仕切るかのルール決めも大変です。

 何よりアステル殿下がファンに順番――会員番号を付けたくないとおっしゃっているからかもしれません。

 結果として、非公式のファンクラブが乱立することになってしまいました。ほとんどは真っ当な愛で運営されていると思いますが……。


 厳しい表情をしているエナちゃんに、私は本音を告げました。


「……ファンクラブのこと、黙っていてごめんなさい。エナちゃんがクラブに入ったら、私と推し騎士様語りをする頻度が減って、寂しくなってしまいそうで」

「メリィ……」

「あと、古参の方と揉めるんじゃないかと心配だったんです。エナちゃんって結構血の気が多いから、熱くなってトラブルを起こしそうで」

「言う順番が逆だったら、怒らなかったのに」


 エナちゃんは私の頬を笑顔でつねった後、しばらく黙り込み、そして――。


「学校にある支部とやらに行くからついてきて! 今日の昼休み!」


 後戻り用の命綱、そして暴走防止のための引き紐(リード)として、私の手をぎゅっと握りしめました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 騎士を推す姫君の様子が楽しそうでいいですね。 しかして、派閥争い、解釈違いがあるようで やはり推し事は修羅の道のようです。 学業については同じ授業が数回行われるかなり フレックスな設計で…
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