〜武闘大会決勝・想定外の反撃〜
〜武闘大会決勝・想定外の反撃〜
なぜ、当たらない……
なぜ、騙されない……
なぜ——————俺はこんなに弱い?
こいつは俺の動きを全て見切っているのか?
頭がいいなら考えさせなければいいと思っていた、速さで翻弄すれば攻撃は当たると思っていた。
なのになんでこいつは、あんな余裕そうに笑ってやがるんだ!
「あらあら、随分とすごい身体能力なのね? け〜ど〜、想定通りの動きだったわよ?」
人を小馬鹿にしたような顔で、俺を見てくる眼帯女。
悔しいが、俺の脳みそで考えた手段じゃ、どうしようもできないのか?
だとしても俺は、負けるわけにいかねぇ。
前の試合でも無様を晒して、黙って帰るわけにはいかねぇ!
自分に気合を入れるため、大きく息を吸って宣言する!
「「だったらテメェの想定を超えてやる!」とでも言う気かしら? あら、一言一句合ってたみたいね。 私の計算通りに事が運びすぎて……この状況、もうたまらないわねぇ?」
ハモった………?
一言一句、タイミングすらも同じ?
俺は、自分が言うであろう言葉すら……予測されてるのか?
こんなの、俺一人じゃ——手も足も……
「あらあら? 心が折れてしまったかしら、想定より十四秒早かったわね? 気にしなくてもいいのよ? 私とあなたの相性が悪すぎただけですもの?」
相性が悪い、そんな理由で納得なんてしたくはねぇ。
けど、俺はあいつの掌の上で踊らされている状態。
考えろ、どうすればあいつを出し抜ける!
セリナさんみてえに出し抜く手段を!
セリナさんみたいに……驚くような策を!
そういえばセリナさん、この前パイナポがとーてむすっぽーんとどるべるうぉんをボコボコにしてた時に何かアドバイスしてたな、あの時は確か……
☆
俯き、力無く立ち尽くしていた夢時雨さんが、闘技場の上から急に私の顔を見てきた。
……っえ、何?
しかし私と目があった瞬間、ニヤリと笑い、何か口パクをしている。
目を凝らして見てみるが、私はレミスさんと違って読唇術など使えないのでなんて言ってるかわからない。
だが夢時雨さんはその瞳に自信を取り戻し、ニヤニヤと笑っているキャザリーさんを睨む。
彼女は、夢時雨さんの自信を取り戻した表情を見た瞬間、急に不機嫌そうな表情に変わった。
「なに? まだ諦めていないのかしら? 無駄よ? あなたが諦めなかったとしても、八パターンの選択肢の内、五パターンはそれを想定しているもの」
「あぁ、よく考えればそっくりじゃねえか。 お前のその、作戦を何個も用意しておくところ、面白いように敵を術中にハめるその立ち回り……けどな、俺はテメェよりすごいやつを知っている。 そいつがこの前言ってたんだよ。 動きが誘導されてんなら、あえて裏をかけってな」
そう言った瞬間、夢時雨さんはキャザリーさんに視線を送る。
彼女を馬鹿にしたような半笑いを浮かべながら。
「なによその顔、私よりすごい奴がいるですって? どこのどいつよ! 私は冒険者の中で一番頭がいいのよ! そんな私よりすごい奴なんているわけがないじゃない!」
「あぁ、確かに冒険者の中なら、お前は一番頭がいいかもなぁ?」
夢時雨さんはさらに表情を歪める。
しかしあの顔……
「ゆめぴーさんの顔、めっちゃ腹たつし……」と、べりっちょべりーさん。
「すんごくぶん殴りたくなる顔してるね、キャザリーとか言うクソ女、さすがにめっちゃキレてんじゃん。 ザマァ」怖い笑い方をするすいかくろみどさん。
「ゆ、夢時雨さんがあんな顔するとは思いませんでした……」若干引いているよりどりどり〜みんさん。
「すごい表情筋だね、獣人君」苦笑いするぴりからさん。
私の周りでさまざまな感想が飛び交う。
私もあの表情は………………拳が少しもぞもぞする。
「大口を叩いたくせに! どうしたのよ! 早くかかってきなさいよ!」
あの顔を向けられているキャザリーさんはものすごい剣幕で怒っている。 あの顔も確かにムカつくかもしれないが……
ただ、あのタイプの人間は、ただムカつく顔を向けられただけではあそこまで怒らない。
「ゆめぴー全然動かないし」
べりっちょべりーさんが眉を歪める。
「獣人君は何か考えがあるのかもしれないねえ?」
「ええ、夢時雨さんはきっと相手の裏をかいているんですよ」
外から戦いを見ている中で、おそらく夢時雨さんの意図に気づいたのは、私ととーてむすっぽーんさん、どるべるうぉんさんくらいだろう。
何せこの作戦は、私が二人に教えた作戦だ。
「裏をかいている? お嬢さん、彼はなにをしようとしているのかな?」
そんなもの、決まっている。
「なにもしていません、ただムカつく顔で相手を見ています」
「「「「………………は?」」」」
全員、意味がわからない、とでも言いそうだが……単純なことだ。
「彼女はこの試合の前に、夢時雨さんの動きを想定してさまざまな作戦を立てていたのでしょう。 そして作戦通りに夢時雨さんを動かそうと挑発したりしていたのでしょう。 なので、相手の術中にハマらないように、彼はなにもしていないんです」
ぴりからさんとよりどりどり〜みんさんは私の言葉でピンときたようだ。
「簡単に言うと、動きが読まれているので動かない。 想定外のことをされた彼女は実際に今、動揺して激怒しているでしょう?」
すいかくろみどさんとべりっちょべりーさんは、糸に引っ張られたかのように闘技場に首を向ける。
闘技場では激昂し、顔を真っ赤にしながら怒鳴り続けるキャザリーさん。
とうとう怒りがピークに達したのだろうか。
ずかずかと夢時雨さんに歩みよっていき、胸ぐらを掴んだ。
その瞬間、私は夢時雨さんと同じタイミングでニヤリと笑う。
私と彼女の違いはプライドの高さ、だから自分の思い通りに事を運べないだけでパニックを起こし
——————周りが見えなくなる。
「おいおい、ちょっと作戦がうまく行かないからって怒んなよ?」
夢時雨さんの言葉に何かを察したのだろう、慌てて下がろうとするキャザリーさん。
しかし、胸ぐらを掴んでいた腕はがっちりと夢時雨さんに握られていて後ろに下がれない。
「ちょ! 離しなさいよ! 反則よこんなの!」
「安心しろよ、俺はテメェの籠手をしっかりと握ってるんだからよ? それにしても、思い通りに行かないだけですぐキレて、作戦台無しにしちまうなんてなぁ? 俺が知っているやつは思い通りに行かなければすぐに対策を立てる、思考が回る限り次々と新たな作戦を考える。 テメェがあいつより格下だって言ったのは、そう言うところだぜ? そうだろ? セリナさんよぉ!」
一瞬、視線を送られた私は『ぶちかましてしまえ』というメッセージを込めて拳を向ける。
それを見た瞬間、夢時雨さんはキャザリーさんの腕を勢いよく自分に引き寄せ、反転して背中に背負う。
「俺は、誰かの真似をすんのが得意らしいなぁ」
そして見事な一本背負いでキャザリーさんを地面に叩きつける。
背中から地面に叩きつけられ、銅鎧が木っ端微塵になった。
ものすごい勢いで叩きつけられたキャザリーさんは、苦悶の表情を浮かべる。
夢時雨さんは技を決めた後も、がっしりと掴んだ腕は離さないまま場外の方へ駆け出す。
キャザリーさんは地面に引き摺られながら必死に立ちあがろうとするが、夢時雨さんがダッシュしているせいでバランスを取れず、立ち上がれない。
「ちょ! 審判! こんなの、防具以外のところに攻撃してるようなものよ!」
「なに言ってんだ? 投げたのは胴鎧を壊すためだが、今は攻撃してんじゃなくてただ移動してるだけだぜ? 荷物を引きずりながら……なぁ!」
夢時雨さんは引きずっていたキャザリーさんを、場外へ向けて思いっきり投げる。
涙目のキャザリーさんは空中で身動きを取れず、そのまま場外放り投げられた。
場外に投げられたキャザリーさんは、力無くコロコロ転がっていき、その場に倒れたまま……
「ひぃ、ひどいよぉぉぉ! わだし……女の子なのに! 思いっきり投げるなんてぇ! うう、うわぁぁぁん! おかぁさぁぁぁん! わだし、頑張って勝とうとしただけなのにぃ! ひっく……ひどいよぉぉぉ!」
大声でわんわん泣き出してしまい、闘技場の上で困った顔をする夢時雨さんに、観客たちは小さく拍手をしながら息ピッタリに声をかけた。
「どんま〜い!」
その掛け声を聞いた瞬間、私たちは腹を抱えながら笑ってしまった。
☆
「時雨が女の子泣かせたな。 かわいそうに、あの子……鼻水まで垂らしてたぞ? つーか、そんなことよりお前さっきはよくも無視してくれたな?」
「もっと優しく投げてやればよかっただろう? キャステリーゼちゃんもドン引きだったぞ?」
夢時雨さんのパーティーメンバーであるパイナポとぺんぺんさんが控え室に激励に来ている。
「そ、それはそうだけど……あの時は必死で」
「は? なにぬるいこと言ってんだし! 顔面から叩きつけてやりゃあよかったし!」
「ほんとほんと! べりちょんのいう通りだよ! あんないけすかない女、一回痛い目に合わせてやんないとわからんでしょ? 殴るなら鼻よ! 鼻っ柱へし折ってやんないと!」
未だに怒り心頭のすいかくろみどさんとべりっちょべりーさんがかなり怖いが、ぺろぺろめろんさんは困り顔の夢時雨さんをいじり倒している。
「あはっ! ゆめぴーが草食系男子モードになってるぅ! かわいい〜!」
ぺろぺろめろんさんにがしがしと頭を撫でられ、恥ずかしそうな顔をする夢時雨さん。
「初勝利おめでとうございます! 夢時雨さんすごくかっこよかったですよ?」
私もついでにからかってみる。
すると夢時雨さんは、顔から蒸気を出してしまいそうなほど真っ赤になって、膝を抱えてうずくまる。
「セリナさん、次も私が勝利して見せます。 これで勝利が確定ですね?」
頼もしいことを言ってくれるぬらぬらさん、しかしみんなは浮かない顔をする。
「なぁ、ぬらぬらは鈴雷の電撃対策は考えてるのか?」
心配そうな顔で問いかけるパイナポ。
しかしぬらぬらさんはゆっくりと振り向き、聖母のように微笑んだ。
「ご安心を、すでにセリナさんからご教授いただいたので! この三日間……ずっと練習していました。 この闘技場において無敗の冒険者は、私一人で十分なのです」




