〜武闘大会決勝前夜・宣戦布告〜
〜武闘大会決勝前夜・宣戦布告〜
「ん? なんで霧が晴れたかって? 地面を思いっきりぶん殴った風圧的な?」
などとぺろぺろめろんさんは意味不明な供述をしており、大きく破損———もとい粉微塵にしてしまった闘技場は修復のため、大会の日程は大幅にずれる事になった。
具体的に言うと決勝戦は三日後。 土魔法が使える土木のお兄さんたちが、昼夜問わずひたすら修理する予定だとか………
つまり三日後がキャリーム先輩との決着の日だ。
ちなみにあの後メル先輩は抗議しに闘技場に駆け込んできた。
「あの爆発音なんですか! あなたもしかして爆薬使いました? 反則ですよそんなの!」と、ものすごい勢いで抗議していたが。
「ん、使ってないよ〜? おぼろんも見てたんでしょ〜? なんならここでもっ発ぶちかましてあげよっか? そんなことよりおぼろんさ〜、あんな遠くからどうやってうちに攻撃してた訳? まさかとは思うけど、霧で見えないからって………水の刃で間合いを長くする的な攻撃魔法、使ってた訳じゃないよね?」
と、言いながらにじり寄るぺろぺろめろんさんから目を逸らす事しかできないメル先輩は………
満面の笑みで口の右端に舌をペロンと出し、「そんな卑怯な手、使う訳ないじゃないですか!」と、どこかのケーキ屋さんのマスコットキャラクターみたいな顔で告げていた。
正直者のメル先輩は嘘がつけなかったらしい。
こうして陰謀と謀略が渦巻く準決勝は四勝一敗という大勝利を飾った。
その日の夜、訓練場にみんな集まって反省会が開かれた。
夢時雨さんだけは訓練場の端の方で、ちょこんと正座している。
すいかくろみどさんはそんな夢時雨さんに「ゆめぴー元気出して! ナイスファイトでかっこよかったよ!」っと元気づけていた。
とーてむすっぽーんさんはどるべるうぉんさんに文句を言っている。
「お前のせいで戦いづらかったんだかんな! 今すぐ謝ってもらうぞ!」
「うるさいっすよ! 危うく殺人犯になりかけたんでしょ! 次からはもっと加減してあげたほうがいいと思いますよ? この馬鹿力!」
などと言い合いながら組み合っていた。 いつの間にあんなに仲良くなったのかな?
「おいゴリラ女!」「お前マジですごかったぞ!」「拳振り落とすだけで」「闘技場が木っ端微塵とか!」「お前はただのゴリラじゃなくて」「スーパーゴリラだ!」
「よーし双子ちゃんたち、可愛くて可憐なうちにかまって欲しくてしょうがないみたいだね! お望み通り一日中かまってあげようじゃないか! かかってこいやぁ!」
双子さんたちはぺろぺろめろんさんに気があるのだろうか? いつも楽しそうに追いかけっこしてるからそんなことを考えてしまう。
「セリナさん、次の戦いに向けての話し合いをしなければ、みなさんかなり浮かれてしまっているようですので。」
ぬらぬらさんはこんな状況でも真面目に次の戦いへの対策を練りたいようだ。
それもそのはずか、次の相手はキャリーム先輩で、ぬらぬらさんの相手はあの鈴雷さんなのだから。
「みなさーん! キャリーム先輩との戦いに向けて対策会議しましょー! 追いかけっこや取っ組み合いはやめて早く集まってくださ〜い! ちょっと〜! 夢時雨さんもいつまでいじけているんですか〜? もう終わったことを悩んでもしょうがないので早くこっち来てくださ〜い!」
こうして私たちはキャリーム先輩との戦いに向けての話し合いを始めることになった。
対策会議を終え、今日はみんなゆっくりと休んでもらうように言ってから訓練場を出ると、訓練場の外で思わぬ人物と遭遇する。
「セリナの冒険者たちは、みんな仲がいいのね?」
「キャ! キャリーム先輩?」
訓練場の外で待っていたのはキャリーム先輩だった。
扉のすぐ横で、壁にもたれて腕を組んでいる。
「まっ! まさか盗み聞きを!」
「ちっ! ちがうわよ、あんぽんたん! 訓練場は防音だから聞こえないわよ! 安心なさい、あなたたちが何を話していたかは聞こえてなかったわ? ………冒険者たちが仲良さそうに走り回っているのは、見ていたけど」
キャリーム先輩はなぜか寂しそうな顔をする。
この顔をするキャリーム先輩は、決まっていつも自分自身を非難する時だ。
「何か、お話があるのですか?」
私はこの人の悩みを聞けるくらいの仲になりたいと思っているが、おそらくこの人が抱える悩みは私の想像を絶する悩みだろう。
力になりたい、心からそう思っているが、私なんかが軽々しく聞いていい話ではないのだ。
「そうよ! 今日はあなたに話………というか、宣戦布告をしに来たの! あたしはちゃんと決勝に上がったわよ! 去年は相手があんただったせいで一回戦で敗退だったからね。 今年は油断なんてしないわよ! ——まぁ去年も全く油断なんて………ごにょごにょ」
キャリーム先輩のごにょごにょとつぶやく声はいつも何を言っているのかわからない。
こんなに観察して、休みの日に一日中追跡調査をした私でもわからないことはあるのだ。
「あんたの問題児が闘技場をめちゃめちゃにしてくれたせいで、三日間もお預けだけど、あたしたちはこの機会に最後の調整をするわ! 覚悟しておきなさい!」
キャリーム先輩はそう言って、ふんっと可愛く鼻を鳴らしながら去っていった。
それにしてもさっきの寂しそうな表情………
冒険者たちが楽しそうに話していたり、他の受付嬢と冒険者が戯れたりしている姿を、いつも遠くから見ている時の表情にそっくりだった。
最近までは全く理由がわからなかったけど、この前メル先輩の代表を偵察に行った際、午後の部で戦ったキャリーム先輩の鉄ランクの代表を見た瞬間………ようやく理由がわかった気がした。
キャリーム先輩の、鉄ランク代表は魔族だった。
盛大なブーイングと共に出てきたあの魔族の男の子と、キャリーム先輩の悩み。
あの人は優しすぎる、優しすぎるからこそ見捨てられない人がいる。
どんなに差別されているような人間も、あの人は見捨てられないのだ。
だからこそあの人は、他の冒険者と仲良くする獣人やエルフ、小人族やドワーフをうらやましそうな表情で見つめているのだろう。
私にできる事があれば力になりたいとは思っても、この異世界に来てから三年しか生きていない私にはこの世界に根付いた差別の根本など、どうする事もできない………
キャリーム先輩の背中を見送りながら、悔しくて、血が出んばかりに拳を強く握りしめた。
この世界には人間族、小人族、魔人族、獣人族や森林精いわゆるエルフや、鍛治精いわゆるドワーフなど人種がたくさんある。
その中でも魔人族に対する人々の目は冷たいものだ。
魔人族は、人型モンスターの群れを蹂躙した際に、稀に奴らの巣から見つかる異形の姿をした子供のことだ。
どうしてそんな子供がいるかは言うまでもないだろう。
たまに森に捨てられた子供などが、人型モンスターに育てられることもあるがそれとは根本的に生まれが異なるのが魔人族。
その体は小鬼のように皮膚が緑色で尖った歯を持つ者。
豚人のように鼻が潰れていて、耳が垂れ下がっている者
鬼人のように頭にツノが生えている者。
深海魔鬼のように手に水掻きがついていたり、体の至る所に鱗がある者など、種類は多々いる。
巣で発見された幼い魔人族は保護され、専用の孤児院に預けられる。
魔人族が預けられている孤児院は、国から補助金が出てはいるが、生活はひどいものだ。
孤児院内にいても毎日のように聞かされる誹謗中傷。
少しでも孤児院の外に出れば、街の一般人から石を投げられ、罵倒され、時には暴力まで振られる事もある。
そのせいで彼らは好きな仕事につく事ができない、選択肢は人種の差別が少ない冒険者か街の外で野盗になるかのほぼ二択。
そんなひどい生活を送るせいで魔人族の人たちは冒険者協会内でも浮かない顔で、一人で冒険に出かけている。
小さい頃から罵倒され続けているせいで内気な性格になってしまうのだ。
内気な彼らは戦いが苦手な人が多いため、採取クエストや簡単な討伐任務をこなしてギリギリの生活をしている。
キャリーム先輩は、自分の担当に進んで魔人族を引き入れている。
もちろん私や他の受付嬢も、魔人族の冒険者は数名程度だが担当している。
キャリーム先輩は異常なほどに魔人族を引き入れているのだ。
休みの日に、一般人に暴力を振るわれそうになっていた魔人族の男の子を、体を張って助けていた事もある。
あの時は私も思わず助けに走ってしまったが………
他にも孤児院に多額の寄付をしていることも知っている。
もちろん魔人族への差別は年を重ねるごとに弱まっているとは聞いている。
しかし平和な国で育った私にとっては、現場を見てしまうとどうしても弱まっているとは思えないのだ。
キャリーム先輩が今回闘技大会の代表に魔人族の冒険者を選んだ理由はおそらく、この差別に対する彼女なりの抗議なのだろう。
もちろんそれだけではないとは思うが、少なくとも私にできるのは全力で戦いに臨むこと。
相手に同情して手を抜きました。
なんて事が知れたらきっと、キャリーム先輩の思いを踏み躙る事になる。
私はそう心に決意して、三日後の決勝戦に臨む。
・決勝戦対戦表
キャリーム・チーム名「ドダキステ」
鉄ランク・どろぱっく
銅ランク・樽飯庵
鋼ランク・キャザリー
銀ランク・鈴雷
金ランク・貂鳳
セリナ・チーム名「セリナ組」
鉄ランク・どるべるうぉん
銅ランク・とーてむすっぽーん
鋼ランク・夢時雨
銀ランク・ぬらぬら
金ランク・ぺろぺろめろん




