〜女王蜘蛛討伐・必中の矢〜
〜女王蜘蛛討伐・必中の矢〜
女王蜘蛛は巨大な繭からの逃走を測っていた。 すぐさま気づいた凪燕たちはおらんげの酸で繭に穴を開け、猛スピードで荒野を移動する女王蜘蛛を発見する。
女王蜘蛛は障害物に粘糸を付着させ、それを勢いよく巻き取って空中を立体的に移動していた。
そのため移動する経路を予想し辛い上に、予備動作がないため突然方向転換されてしまう。 隙があるとすればほんの僅かで、糸を巻き取っている際、空中で一瞬硬直する程度。
おらんげが開けた穴からすでに数百メートル離れた位置に逃げていた女王蜘蛛を確認し、下唇を噛む凪燕。
「んにゃろー! 逃げるとか恥ずかしくないのかよ!」
「モンスター相手にそんなこと言っても始まらないでしょ! ここで逃がしたら面倒なことになるわ! すぐに追うわよ!」
「それならば 俺が先行 ひとっ飛び!」
王消寅が足元に風を集中させ、空気を蹴るように足を屈めた瞬間。
——女王蜘蛛の右肩が消失する。
「「「「「は?」」」」」
繭から顔を出していた冒険者たちが同時に素っ頓狂な声を上げた。
人型になっていた上半身の右肩が円形に抉れ、右腕は宙を舞った。 その瞬間、遥か彼方で響いた悔しそうな声が風で流れてくる。
「ぬあぁぁぁぁぁ! レミスさん殺気消して! ギリギリで反応されたじゃないですかァァァァァ!」
「そ、そんなこと言われても〜」
冒険者たちは同時に叫び声が響いてきた方向に視線を送る。
「あぁ、なるほどね。 あそこにはあの狙撃の子がいたか」
「レミスの野郎」「いいとこ取りじゃねえか!」
凪燕の苦笑いを横から見ていた華嘉亜天火は不思議そうに首を傾げる。
「もしかして、あのエルフの子が狙撃したの?」
「あぁたぶんね。 あの子、弓使いのくせに最長狙撃記録が三千メートル近いらしいよ?」
「はい? 冗談よね?」
目を丸く開いて驚愕の表情を作る華嘉亜天火。 女王蜘蛛は繭から逃走して数百メーターの距離を移動していたが、それでもセリナたちがいた場所からの目算は二千メートル程度。
何もない荒野においてレミスの狙撃は、獲物となるモンスターにとっては圧倒的な理不尽となりえる。 そのうえ……
「あの受付嬢さんが羅虞那録を護衛に残した理由がようやく分かったわ」
「羅虞那録の障壁魔法は超絶に切れ味がいいからね。 あれで作った弓矢なら、女王蜘蛛に防ぐ手段がない」
圧倒的な射撃距離を誇るレミスの狙撃と、絶対的な破壊力を誇る羅虞那録の障壁魔法。 羅虞那録が作り出した障壁魔法で弓矢を作り、その弓矢を使ってレミスが狙撃する。
およそ組み合わせてはいけないほどに最強な組み合わせ。 この果ての荒野で戦う冒険者たちは個人でも絶大的な力を誇るが、それぞれが得意な能力を組み合わせれば、その可能性は無限大。
今の状態のレミスが放つ弓矢は、何もないこの荒野において防ぐ手段が皆無となり得る。
女王蜘蛛は慌てて身を翻し、鋼糸の網を多重に貼って狙撃から逃れようとするが、再度射出された弓矢は、その鋼糸の網を容易く突破して女王蜘蛛に襲い掛かる。
まるで人間のように、苦しげな表情で慌てて身をひねる女王蜘蛛だったが、レミスが放った弓矢は、無慈悲に左の蜘蛛足を三本抉った。
「あいつギリギリで」「避けやがった!」
「ふふふ、双子のお兄さん! 蜘蛛さんの足無くなってるから、避けられてはいないと思うよ?」
「ちげえ、そうじゃねえ!」「急所を避けたって意味だ!」
「うふふふふ、双子のお兄さんたちしゃべりかた面白いね! 息ぴったりだね!」
「「い、いやぁ、それほどでもぉ」」
息ぴったりに照れ始める双子、しゃべり方を褒めてもらえたのは初めてだったのかもしれない。 その証に二人の顔はふにゃふにゃになっている。
おらんげはケタケタと嬉しそうに笑いながら双子の顔を交互に見る。
「そんな事より今こそ攻め時でしょ!」
「無論だね 失態晒して 終われない!」
凪燕と王消寅は同時に移動を開始する。 それに続いて華嘉亜天火たちも後を追った。
☆
女王蜘蛛を一撃で仕留めようとしていたのに、あろうことか殺気に反応されて避けられてしまった。
正確に言えば、避けたというより急所を外したと言っていいだろう。 現在、女王蜘蛛は人型になってる上半身の右腕と、蜘蛛の形をした下半身の左足三本を失っている。
女王蜘蛛の背後には、レミスさんの狙撃の破壊力を連想させるように、底の知れない大穴が二つほど開いている。
レミスさんの射線上にある物体は、どんなに硬い物質だろうと貫いてしまうのだろう。 もしかしたらあの穴、この星の裏側まで貫通しているかも知れない。
「ものすごい射撃能力ね格下。 私の弓矢、遥か彼方まで貫通してるわ」
「あの、確認ですけど羅虞那録さん、あの障壁魔法って、この大地の裏側まで貫通してたりは……」
「は? 馬鹿じゃないの? 私の手から離れた障壁魔法は、三十秒くらいで消失するわよ? 大地の裏側まで貫通させたかったら、私ごと射出しないと無理よ?」
私は頭の中で想像する。 デフォルメされた羅虞那録さんが剣を持った状態で硬直し、レミスさんの弓矢に番られている光景を。
シュールすぎて思わず吹き出してしまった。 すると羅虞那録さんはむすっとした顔で私を睨みつける。
「何笑ってんのよ。 もしかして本当にためそうだなんてしてないわよね?」
「ふふ、すみません。 安心してください、羅虞那録さんごと射出するなんて、現実的に無理でしょ」
「まったく、この性悪女は何をしでかすかわからないから、よっぽどのことは言わない方がよろしいわね」
縦巻きロールの姫毛をくるくると指に巻き付けながらそっぽを向いてしまう羅虞那録さん。
「セリナさん! 大変です! 女王蜘蛛が岩を切り刻んで大量の障害物を作り始めました! 卑怯な女王蜘蛛め! 同じく卑怯な手を使う賢猿と——」
「——比況しなくてもいいですよ〜」
頬を膨らませてプルプルしながら、涙目を私に送ってくるレミスさん。 だって安直すぎるもんすぐ分かるよ。
「くだらないこと言ってると女王蜘蛛に逃げられますわよ? あの岩の障害物を打ちまくってぶち壊したらどうなのかしら?」
先ほど女王蜘蛛がいた場所は何もない荒野だったのだが、鋼糸の切れ味を利用して大地を切り刻み、大岩を隆起させて大量の障害物を作り出している。 まさに岩の森とかした戦場を水晶板で観察しながら、私は思考を回転させる。
あの狙撃から逃げるために障害物を作るとは相当に頭がいい。 しかしあそこには暴力的な力を持った冒険者たちがいる。
「レミスさん、今から私が書いた手紙を普通の弓矢に縛り付けて、それを凪燕さんの足元に撃ってください」
「いわゆる矢文ってやつですね! この前双子を説教する時も使いました! 手紙を書いてるセリナさんの、手が見たい! ……ごめんなさい」
「謝るなら最初から言わなければよいのではなくて?」
羅虞那録さんの言及に対し、さらに涙目になってしまうレミスさんを横目に見ながら、私は凪燕さんに指示書を書き始めた。
☆
「あの野郎!」「狙撃対策かよ!」
「およそ完璧とも言える対応力だね。 まだまだ僕たちの出番は終わってないんじゃないかい?」
岩の森へ全速力で駆け寄っていく凪燕たち。
「王消寅が先に向かってくれたから、きっと逃げようとしてる女王蜘蛛を足止めしてくれているはずだ! 急いで救援に——ぎゃあぁぁぁ!」
悠長に会話をしていた凪燕が急に悲鳴を上げながら急停止する。 並走していた双子や、おらんげを乗せて水圧ジェットで移動していた華嘉亜天火は驚いた表情で急停止し、後方で突然止まった凪燕に視線を集める。
「何事?」
「どうしたの凪燕お兄さん!」
「「なんだなんだ?」」
凪燕は冷や汗をかきながら片足を上げた状態で立ち止まっている。 その足元にはいつもレミスが使用している特注の木製弓矢が刺さっている。
弓矢の柄の部分には紙が縛り付けられており、顔面蒼白させた凪燕はゴクリと息を飲みながら足元に刺さっていた弓矢に手を伸ばす。
「な、なんだ矢文か。 それにしてもあの狙撃の子、ちゃっかり俺のこと暗殺しようとしてないかな?」
「そんなことより凪燕!」「手紙にはなんて書いてある?」
凪燕は頬を引き攣らせたまま縛られていた矢文を解き、手紙を開いて一瞬視線を動かすと、
「なるほどね、これは確かに最適解だ」
そう呟いて手紙を華嘉亜天火に渡す凪燕。
「なるほど、そういう手があったわね。 おらんげちゃん、王消寅ならうまくかわすだろうから、酸の波をもう一回打てるかしら?」
「うん、打てるけど二分くらい待ってもらっていい? おれんの酸はね、たっくさん作り溜めしてないとすぐに無くなっちゃうの。 だから絶望の波みたいにたくさん酸を使う技はね、もう一回使うってなると少し時間かかるんだ」
おらんげの酸は常に発射できるわけではなく、おらんげの魔力を日傘に貯蓄させ、貯蓄させた魔力を酸に変換して一気に放つ仕組みになっている。
そのため酸の使用量が多い絶望の波や絶望の雨は連射することができない。
それを聞いていた凪燕は、鼻を鳴らしながら前方に迫る岩の森を総覧する。
「別にさあ、さっきみたいにド派手な波は求めてないよ? あれの四分の一程度でいいんだ。 それだったらすぐに打てるんじゃないかな?」
「そうだね、ちょっと小さい波くらいなら今の状態でも打てるよ?」
「じゃあ撃っちゃおう。 まあでも、念の為先行してる王消寅に大声で注意勧告しておかないとね! おらんげちゃん、酸の波は十秒後に打ってくれるかい?」
「わかったよ〜!」
元気よく返事するおらんげを横目に、凪燕は口元にメガホンのように丸めた両手を添え、大きく息を吸った。
「王消寅! 今からおらんげちゃんが波を飛ばすから、空中にいるならそのまま浮いてろよ〜!」
そう大声を上げた凪燕は、一拍おいておらんげに視線だけを送り、そのままカウントダウンを開始する。
「ゴォー、ヨォーン……」
五から始まるカウントダウンを開始して、凪燕の発した声が最後、ゼロになった瞬間——
「ちょっぴり小さな絶望の波!」
波乗りするにはちょうどよさそうな、浜辺でよく目にするような規模の波が、おらんげ中心に扇状に発射される。
小さな波だったが岩の森になっていた荒野をじゅうじゅう々と音を立てながら更地へと変えていき、たまらず空中に逃れていた王消寅と女王蜘蛛が、全員の視界にとらえられた。
王消寅は女王蜘蛛を足止めする過程で鋼糸による攻撃を受け続けていたのだろう、回避に専念していたせいか女王蜘蛛はレミスに撃ち抜かれた部位以外に外傷はない。
空中に逃れていた女王蜘蛛はまだ酸に溶かされていなかった僅かな岩の先端に糸を伸ばし、狙撃の餌食にならないよう忙しなく体を動かそうとするのだが……
その一瞬は、王消寅への攻撃が中断されてしまう。
「待ってたよ お前の攻撃 止む時を 僅かな隙が 勝利条件」
王消寅は指揮棒を女王蜘蛛に向けると、女王蜘蛛の足元に突風が発生し、遥か上空まで女王蜘蛛を打ち上げた。
大空へと吹き飛ばされた女王蜘蛛を全員が見上げる。
遥か上空に障害物は存在しない。 粘糸を伸ばして高速で移動する女王蜘蛛にできるのは、粘糸の網をパラシュートのようにして落下時の衝撃を緩和させるか、ふわふわと滑空して落下の軌道を変えることくらい。
つまり、この状況下で一瞬でも動けなくなって仕舞えば、詰んでしまったようなもの。
勝ちを悟った冒険者たちは、ニヤリを笑みを浮かべながらその光景を目の当たりにする。
上空役五百メーターの高さに突き飛ばされた女王蜘蛛の頭が、一瞬にして消し飛んだ光景を。
☆
水晶板を覗いていた私は、背後で高笑いをあげている羅虞那録さんをシカトし、頭部を消し飛ばされた瞬間脱力しながら落下する女王蜘蛛を凝視する。
「あの、レミスさん。 念の為心臓部も撃ち抜いておきましょう」
「え? 素材単価落ちちゃいますよ? それを知ってて狙ったんか! って怒られちゃいま……」
「やかましい、とっとと撃たんかい!」
レミスさんはブツブツと文句を言いながらも再度弓をつがえ、人形のように両手と蜘蛛足をはためかせながら落下していく女王蜘蛛の胸部を撃ち抜いた。 女王蜘蛛の胸に大穴が開く光景を目に焼き付けながら水晶板から視線を外す。
「よし! これで間違いなく討伐完了ですね!」
「どうして心臓部も撃ったんですの?」
「いや、一応上半身は人型ですし、死んだふりして逃げられたら嫌だなーって思ったので」
「相変わらずオーバーキルを徹底していますのね?」
呆れたように肩を窄めていた羅虞那録さん。 私は念の為紅焔さんが暴れていた別の戦場に視線を向けた。
すると、紅焔さんは突然動きを止めてしまった役三百体の中型モンスターを前に、寂しそうに立ち尽くしていた。
これで討伐成功したと確信できる。 ようやく私は大きく息を吸い、盛大なガッツポーズをあげながら飛び跳ねた。
「うおっしゃー! 女王蜘蛛討伐完了です! ひゃっほー!」
「ねえ、水を指すのは非常に申し訳ないとは思いますけど、頭も心臓も打ち抜いたせいで、あのモンスターの本当の急所がどっちだったかわからなくなってしまいましたわよね? あなた、また本部から怒られるのではなくて?」
ごもっともな羅虞那録さんの意見を聞き、私は石化したように固まってしまった。
しばらくすると、肩を落とした紅焔さんが私たちの元へと帰ってくる。
「あと三百体だったのに、もう少しで全滅させられてたのに……」
ど、どうしよう。 紅焔様が落ち込んでしまわれた。 もう少し女王蜘蛛を生かしておいた方が良かったのかもしれない。
などというアホな後悔をしていたら、討伐を終えた冒険者たちがぞくぞくと戻ってくる。
「わし、地堀虫しか討伐しておらんのだが?」
「おじいちゃんさっきまでは嬉しそうな顔で『ここはワシに任せて先にいけ!』とか言ってたくせに、討伐が終わったら物足りなそうな顔しないでよ〜」
例に従って途中で合流したと思われる凪燕さんが茶々をいれる。
「あっけない 終わってみると 寂しいな 結局俺たち いいところなし」
「そんなことねえだろ」「お前は最後の最後に」「「いいとこ持ってたし」」
「そうだよ王消寅お兄さん! どちらかというと、りんこお姉ちゃんの方が何にもしてないよ?」
「まあ! おれんちゃんったら! お姉ちゃんに向かってそんなひどいこと言うだなんて! お部屋に戻ったらお仕置きしちゃうんだから! 今日のお菓子はひとつもあげないからね!」
「りんこお姉ちゃんひどい! 意地悪! デベソ! いいもん、夜中に一緒にトイレに行ってあげないもん!」
珍しくあっぽれさんとおらんげさんが喧嘩している。 あの姉妹はすごく仲がいいから喧嘩しないと勝手に思い込んでいたので驚愕だ。
「そんなことよりも、こいつは新種だろ? 一応死体ごと運んだぞ?」
ラオホークさん、改めロリホークさんが煙の縄で引きずってきた女王蜘蛛の亡骸を顎で指し示す。 なぜロリホークさんなどと言い換えたかというと、シクシク泣いているシャエムー・グードゥさんを肩車して鼻の下を伸ばしていたからだ。
「うう、凪燕様が、あたしのゼンマイファミリーを焼いてしまいました。 あたしの家族が、うう……」
「ちょ、マジ泣きじゃん。 ごめんってシャエムー・グードゥちゃん。 ほらほら、拠点帰ったらお菓子奢ってあげるからさ」
「気安く近づくな凪燕! 私は貴様を絶対に許さん!」
シャエムー・グードゥさんを肩車した状態で凪燕さんと睨み合うロリホークさん。 火花を散らしながら睨み合う二人をスルーして、私は女王蜘蛛の亡骸をいろんな角度から観察する。
「それにしても厄介な敵でしたね。 まあ、正面から迫っていた中型モンスターの動きが止まったところを見るに、今回の件はこれにて一件落着でしょうね」
「さすがだぜMCセリナ! その実力《♪♪♪♪♪》にはマジ感服! さすがビックボス! この討伐は自慢する!」
「おういえぇ! 案内人に敗北なし、その手前まさに規格外っす。 そして華麗に帰宅するエレガンス! 拠点に着いたら即座に、こいつの墓石に刻むライムくれてやる《♩♩♩♩♩》!」
「ぬわぁぁぁぁぁ! レベルがっ! チゲぇぇぇぇぇ!」
頭を押さえながらくらりと足をおぼつかせたフェアエルデさんだったが、ふざけてられるのもここまでか、そう思いながら後頭部に衝撃を喰らった。 シンプルに痛い。
「ふざけてないでとっとと帰りますよ! まったく、とんでもないモンスターと戦わされて、こっちは疲れてるんですからね!」
鬼軍曹くりんこんさんに、私とフェアエルデさんは首根っこを掴まれて引き摺られていく。 こうして私たちは無事に女王蜘蛛討伐を終え、果ての荒野の拠点に帰還する運びとなった。




