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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第八章 底上げ冒険者

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8‐11.代償

 長く考えずとも、その言葉の意味は分かった。

 レンは危険指定モンスターだ。身軽で素早く、そのうえ頭が良い。だから初対面なら、たとえ相手が中級や上級冒険者でも逃げ切れることができるだろう。


 しかし、相手が凄腕の冒険者ならどうだ。

 ソランさんのような相手からも逃げられるのかと聞かれたら、そうだとは断言できない。一方で、それほどの腕前を持つ冒険者は少ない。だからレンの命はほぼ保障されていると考えていた。


 だが今日は違った。ヒランさんやソランさんと並ぶほどの腕前を持つ冒険者が目の前に居て、その冒険者は手にスコップを持っている。

 さっきの発言とこの状況を見て、ある一つの答えが結びついた。


「あんたがやったんだな?」


 アリスさんはくつくつと笑う。


「オレ相手にそんな口を利くとはな。下級冒険者のくせに度胸あるじゃないか」

「答えろよ」

「はっ。強気な態度は嫌いじゃないが似合わないぜ、クソガキ」

「さっさと答えろよ。アリス」


 笑っていた表情が一変し、「喧嘩売ってんのか?」と低い声を出す。

 普段ならビビっていただろう。後ずさりしていただろう。それほどの威圧感だった。けど僕はアリスさんの目を真っ直ぐと睨んだ。


 アリスさんは「いいぜ。買ってやるよ」と言ってから答えた。


「オレが殺した。これが証拠だ」


 アリスさんはポケットから何かを地面に落とす。暗闇で見辛いが、見覚えのあるものだった。

 それはレンの右手だった。


 瞬間的に頭が沸騰し、僕は剣を抜いてアリスさんに斬りかかった。だがその剣は躱されて、何もない空を切る。直後に、腹に衝撃が伝わり、地面に転がされた。倒れ込んでからやっと殴られたことに気が付く。速すぎて何も見えなかった。

 アリスさんはさっきまで僕がいたところに立っている。そこで僕を見下ろしながら、僕が立ち上がるのを待っているようだった。


 僕は立ち上がり、また斬りかかる。両手でがむしゃらに振りまくった。殺しても構わない、そう思っていた。

 だが何度振っても、どれ程近づいても、剣がかすりもしなかった。片手を剣から放して殴ったり、蹴ったり、体当たりをしても当たらない。しかもぎりぎりではなく、かなり余裕を持たれていた。


「ふざけんなぁ!」


 あまりにも実力差があり過ぎるアリスさんに言ったのか、当てることさえできない自分の実力に苛立ったのか、なぜそう叫んだのか分からない。だがアリスさんは、僕がやけくそになって大振りに剣を振るうのを待っていたのは間違いなかった。その瞬間、何の迷いもなくアリスが距離を詰めて、腹を蹴飛してきたからだ。

 最初よりも遠くに飛ばされた。痛みが腹を襲うと同時に息もできなくなる。アリスさんの脚が鳩尾に入ったのだ。腹を両手で押さえながら身体を丸める。ようやく息が出来るようになると、横向きに倒れていた身体に重みが圧し掛かる。耐えられずにうつ伏せになると、背中からアリスさんの声が聞こえた。


「お前って、よくオレの前で倒れてるよな」


 背中にアリスさんの重みが伝わる。アリスさんは地面に倒れた僕の身体に乗っていた。その事実が、余計に敗北感を感じさせた。身体を起こそうとするも、アリスさんの腕で押さえつけられた。


「まったく、何でそんなに怒ってんだ。たかがモンスター一匹を殺しただけだろ」

「ただのモンスターじゃない。友達だ!」


 最初は敵対関係だった。だがフェイルの手紙で引き寄せられて、何度も遊んでいるうちに仲良くなって、友達と言えるような存在になった。仮令(たとえ)、レンが危険指定モンスターであっても、そう言い切れる。だから生き延びてほしかったのに……。


「許さない……」

「へぇ。命の恩人相手にそんなことが言えるたぁ、なかなか薄情じゃないか」

「恩人って何の事です?」

「覚えてないのか? レーゲンダンジョンのこと」


 レーゲンダンジョン。その言葉を聞いてある答えが導かれる。

 僕がレーゲンダンジョンに挑んで死にかけたとき、助けてくれた人がいた。その人は強くて、男の口調で、聞き覚えのある声だった。


「あんたが、助けてくれたのですか?」


 アリスさんは「その通り」ともったいぶらずに答えた。


「金を貰ってその分の仕事をしただけだから、恩を感じて言うことを聞けとまでは言わねぇ。だがこれほど助け甲斐が無いと寂しいもんだぜ」


 首を捻らせて視線を向けると、そのセリフには似合わない笑みを浮かべている。そんなものは求めていない、そう言っているように見えた。


「ま、いちいち貸し借りを気にしてたら冒険者なんかやってらんねぇけどな。そこに関しては、らしいっちゃあらしいな」

「あんたにどう思われようと関係ありません。それよりさっさとのいてください」


 殴れないから、という言葉は口には出さずに飲み込んだ。しかしアリスさんは一向に退きそうにない。


「ほぉー。じゃあオレが今から言う言葉も気にしないみたいだな」


 何を言うつもりかと身構える。どうせ説教臭い言葉か、正論を口にしてエンブを殺したことに正当性があるということを話すだけだ。満足するだけ言わせて、油断したところで反撃してやる。

 アリスさんは調子を変えずに話し始めた。


「お前、冒険者を辞めろ」


 全く、関係のない話だった。一瞬、言っていることが分からなかった。

 数秒間、その言葉を頭の中で繰り返してからやっと理解できた。


「何言ってるんですか、あんたは」

「そのまんまの意味だ。お前は冒険者に向いてない。だから辞めろって言ったんだ」


 冒険者に向いていない。優れた冒険者であるアリスさんに言われると説得力があるように思えた。

 だが優れてなくても、冒険者を続けるか否かは僕が決めることだ。他人に口出される事ではない。


「僕が優秀じゃないってことは、嫌っていうほど身に染みてますよ。けどそれが辞める理由にはならない!」

「得意じゃないことを続けて何の得があるんだ?」

「向き不向きが問題じゃない! やりたいかやりたくないかです!」

「それで死ぬことになってもか?」


 死という言葉に口を噤んでしまう。冒険者は死にやすい仕事だ。分かってはいることだが、それを突きつけられると易々と首を縦に振れなかった。

 アリスさんは「ほらな?」とにやりと笑う。


「知恵、身体能力、経験が無く、共に冒険する仲間もいない。そのうえ性格も冒険者向きじゃない。今のお前は惰性で冒険者を続けているだけだ。そんなんじゃあ、近いうちに死ぬ」

「……もし死んだとしてもあんたには関係ないことです」

「あぁ、そうだ。だがお前が死んだら悲しむ奴がいる。それを考えなかったのか?」

「誰が―――」


 「いるんだ」と言い切る前に、友達の顔が思い浮かぶ。ベルク、カイトさん、フィネ、ラトナ、ウィスト。彼らは僕の友達だ。僕が死ねば、彼らは悲しむのだろうか。それともいつも通りに日々を過ごすのか。


「少なくとも、悲しませたくない奴がいるんなら冒険者なんかやめろ。冒険者だけが生きる道じゃないしな」

「……どの道を選んでも、あんたには関係ない」

「そうか」


 辞めさせることを諦めたように聞こえた。執拗なプレッシャーが途切れ、少しだけ安心する。

 その直後に剣が鞘から抜かれる音が聞こえた。


「じゃ、無理にでも辞めさせてやるよ。足の腱でも斬れば、冒険者を続けようって気にはならないだろ?」


 突然のキチガイみたいな発言に、言葉を失った。辞めないから足を斬るって、イカレ過ぎだろ。

 必死にどかすように身体を動かすが、振り落とせる気が全くしなかった。


「大丈夫だって。片足だけだ。ちょっと不便になるだけだ」

「ふざけないでください! ホントに止めてください!」


 必死に訴えるが止める気配を見せなかった。どんなに暴れても止めるようには見えない。


 諦めそうになって痛みを堪えることを考えそうになった時だった。


「アリス。その辺にしなさい」


 ヒランさんの声が耳に届いた。顔を上げると視線の先にはヒランさんとネルックさんがいる。ネルックさんはやれやれと言いたげな顔をしていた。


「いろいろと仕事を任されてイラついてるのかもしれないが、将来有望な冒険者に乱暴するのはよしてくれないか?」


 アリスさんは鼻で笑いながら、「将来有望?」と馬鹿にするように言った。


「どこがだ? こんなのよりオレの弟子の方が一万倍マシだ。とっとと上級に上げてオレの仕事を減らさせてくれよ」

「上級冒険者になるには、五つ以上の中級ダンジョンを踏破したうえで、冒険者ギルドに認められた者でしかなれない。そんなことで規定を覆すわけがない。それを―――」

「何回言ったら分かるんだ、だろ? その言葉は聞き飽きたぜ」

「奇遇だな。私も言い飽きてるさ」


 アリスさんはめんどくさそうに僕の上から退いた。後ろから殴りかかろうかと思ったが、隙が見当たらなくて諦めた。それが分かるほど、もう冷静になっていた。

 レンは死んだ。アリスさんを殴っても、もう僕の前には現れない。


「あなたに処分を言い渡します」


 目の前にヒランさんが来て、そう言った。


「エンブの存在を隠し続けたこと。そして逃がそうとしたこと。合わせて二週間の謹慎処分とします。その間、街から出ることを禁じます。よろしいですね?」


 抗っても覆しそうにないほどの意志を感じた。不満を抱きながらも、その処分を受けることにした。

 少し休みたくなったのも理由だった。


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