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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第八章 底上げ冒険者

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8-6.自分のため、仲間のため

 目を覚ますと、木目の天井が目に入った。見覚えのない景色だが、薬品の匂いと全身を包む柔らかい感触でどこにいるのかが分かった。以前、ウィストを見舞いに行った時の病院だ。


 身体を布団から起こすと、痛みが身体を走る。ずきずきとした痛みが、僕の身に起きたことを思い出させる。

 僕はレーゲンダンジョンに行って死にかけて、誰かに命を救われた。そしてお金がまったく無いことも思い出した。命に代えれば安いものだと、前向きに考えることにする。


 薄暗い部屋を見渡すと、ふと布団の上に茶色の塊がある事に気付いた。じっくりと見るとそれが髪の毛であり、誰かがベッドに伏して寝ているということが分かった。


 ゆっくりと髪を触ってみる。量が多くてふわふわとした感触だった。そっと髪を上げると寝顔が現れる。いつも太陽のような明るい笑顔で話しかけてくれるフィネだった。

 驚きはしたものの、笑みがこぼれてしまう。僕を見舞いに来てくれる人は今までいなかったから。


 目の端に光る筋がある。触れてみると濡れていて、それが涙だと察した。よく見ると、フィネの下の布団に水滴が落ちている。しかも窓の外を見ると、陽の光や電灯の明かりが全く点いていない。夜の浅い時間はランプの光が辺りを照らすが、今はそれがない。つまり今が深夜だということが分かった。

 こんな時間にまで、フィネは病室に残ってくれた。ここまで心配されたことが無性に情けなく、胸が痛くなった。


 フィネを起こして無事だということを伝えたい。だが、もうかなり遅い時間である。このまま寝かせてあげた方が良いと思って、僕も再び身体を寝かせた。

 眠りにつくまで、どんな顔をしてフィネと話せばいいのかと考えた。





 朝起きると、フィネは椅子に座りながら林檎の皮をナイフで剥いていた。滑らかな手つきで思わず見入ってしまった。

 フィネが皮を剥き終えて顔を上げたとき、僕と目が合った。驚いたのか、フィネの動きが固まる。全く動く気配が無かったので僕の方から言葉を掛けた。


「えっと、おはよう」


 するとフィネは急に立ち上がり、僕の身体に抱きついた。


「よかった……ほんとに、よかったぁ」


 僕の顔の横から、フィネの嬉しそうな声が聞こえる。僕もフィネの背中に手を回そうと思ったが、上げかけた手を止める。心配ばかりかけている僕に、抱き返す資格は無い。


「ごめん。心配ばかりかけて……」

「いいんです、そんなこと。無事でさえいてくれたら……」


 手で目を拭いながら答えられる。その仕草を見て息を呑んだ。とてもじゃないが平静でいられなかった。


 何を話すべきかと考えていると、病室のドアが大きな音を立てて開いた。


「よおヴィック! 生きてるか!?」


 ベルクが大声で尋ねながら入ってきた。汗をかき息を切らして心配そうな顔をしていたが、僕を見ると途端に目つきが鋭くなる。怪訝な様子だったが、自分の状況を改めて確認すると理由が分かった。

 僕は今、涙目のフィネに抱き着かれている状態だ。ほとんどの人が誤解するであろう光景である。

 ベルクもその例に漏れなかった。


「……邪魔したなー」

「待って! せっかく来たんだからゆっくりしていきなよ!」


 出て行こうとするベルクを呼び止める。重たい空気から逃れたかった。


 何とかしてベルクを部屋に留めると、フィネも落ち着きを取り戻して僕から離れた。フィネの顔は恥ずかしそうに赤面していた。

 ベルクは僕が無事な事を確認すると、安心したかのように顔がほころんでいた。


「しっかしびっくりしたぜ。怪我したこともそうだが、レーゲンに行って帰って来れたのも驚きだ」


 ベルクが驚くような態度を見せる。正確には死にかけたところを助けられたので、自力で帰って来れた訳ではない。


「偶然だよ。助けてもらったから、そのお蔭」

「いや挑戦することがすげぇよ。俺達はびびって行けなかったからな」

「そうなの?」

「あぁ。なんたってここ五年間で踏破出来た中級冒険者は一人だけって話だからな。行くとしても、他の中級ダンジョンを踏破してからって考えてたんだよ」

「五年間で一人だけ?」

「知らなかったのか?」


 ダンジョンについての情報は集めていて、難しいダンジョンだということも知っていた。だがその情報は得られてなかった。


「どこから聞いたの? それ」

「上級の冒険者だよ。全員で手分けして冒険者から聞き取りをして、集めた情報をもとにムガルとレーゲンのどっちを先に挑むかを考えたんだよ。それでさっきの情報が出たから、先にムガルに行くことにしたってわけ」


 至って普通の手段だった。僕も顔見知りの冒険者に話を聞いたが、そんな情報は出なかった。つまりそれを知っていたのは一部の冒険者だけだったということか。


「そこまで調べたんだ……」

「まぁな。俺だけじゃなく仲間の命も掛かってるからな。それを考えたらどうってことないさ」

「仲間、か……」


 十分に納得できる理由だった。僕にも同じ経験がある。誰かを守るために、友達のために戦ったときの事を思い出したら共感できることだった。


 ベルクは僕の肩をポンと叩いた。


「ま、落ち込むなって。失敗は誰にでもあるんだ。今回の事を教訓にして次に活かせばいいってことよ」


 僕の様子を悟ったのか、励ましの言葉をかけてくれた。温かい声が胸に響く。


 当初の予定はレーゲンダンジョンで僕の力が通用するか試して、それがダメならマイルスダンジョンで鍛え直すというものだ。ダメならダメで鍛え直せばいいだけの話だ。少しだけ気分が上向きになった。

 ベルクはそれを察したのか、


「じゃ、これからあいつらと冒険に行ってくるから」


 と言って部屋を出て行こうとする。


「……邪魔者が居なくなったからって、変な事すんじゃねぇぞ?」

「しないよ!」


 ベルクはそそくさと部屋の外に出る。ベルクの言葉を聞いたフィネは、乾いた笑い声を出しながら目を泳がせる。


「も、もう。何言ってるんでしょうねー!」


 動揺していることは明らかだった。話題を変えて落ち着かせよう。


「そういえば、フィネは今日仕事休み?」


 ギルド職員は週に一日だけ休日があるが、フィネは三日前が休みだったはずだ。だから今日も陽が昇っているこの時間まで、僕の病室に居ることが気になっていた。


「仕事……あ」


 何かを思い出したような表情を見せると、しまったと言わんばかりの顔に急変する。


「まずいです! かんっぜんに遅刻です!」


 どうやら忘れていただけのようだ。どこかで見た光景である。


「すみません! もうちょっとだけお話がしたかったんですが、無事と分かりましたし、お仕事もあるのでここで失礼します!」

「あ、うん。分かった。お見舞い、ありがとね」

「はい! それでは!」


 別れの挨拶をした直後、勢いよく病室から出て行った。僕はフィネが怒られないことを祈るしかなかった。



 フィネが部屋から去った後、医者が部屋に来て「三日後には退院できる」と聞かされた。初期治療が良かったお蔭でこの程度で済んだらしい。

 それまでにかかる治療費は、すぐに払えないので待ってもらうことにした。後払いになることを医者は了承してくれたが、もし払えなかったら冒険者ギルドに請求しに行くと言った。退院後はゆっくりしていられなさそうだ。

 だがどう足掻いても三日は病室から出られない。だから僕は病室で時間を費やすしかなかった。何もすることが無く寝るだけの生活は初めてかもしれない。



 入院してから二日目の夕方。誰かが病室の扉をノックした。ベルクはノックをしないし、フィネはノックすると同時に声を掛ける。医者はノックをした後に名前を呼ぶ。ノックだけをして声をかけてこないのは初パターンだった。


 部屋の外にいる人の次の行動を待っていると、またノックだけをしてくる。だが声はかけてこない。じれったくなって、「どうぞ」と言って促す。

 扉が開き、ノックをした人物が入ってくる。その者は、フィネの妹であるノイラだった。以前見たときと同じように、冷めた視線を向けている。学校帰りなのか、白色の生地に赤色の装飾が入った制服らしきシンプルな服装をしていた。


 意外な訪問者に驚いたが、ノイラは僕の様子を気にせずに「ヴィックさんですよね?」と尋ねてくる。


「そうだけど、どうしてここに?」

「昨日お姉ちゃんから聞いたの。ヴィックさんが入院してると」

「そっか……何か僕に用事かな?」

「はい」


 ノイラは一度言葉を区切って、目的を告げた。


「冒険者であるヴィックさんに、依頼したいことがあるのです」


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