7‐11.一番乗り
ラトナとの冒険は怖いほど順調だった。僕一人では相手にできないモンスターでも、ラトナと協力すれば難なく攻略できている。僕が前に出るとラトナが後ろからサポートし、僕が防御に専念してラトナが攻撃したりと、様々な戦い方でダンジョンを進んでいった。他にも二人で同時に攻撃したり、的を絞らされない様に移動しながら戦うことを実践したり、モンスターの見つけ方や罠の使い方、連携の仕方もラトナから学んだ。
一人だと知識の幅が狭くなるので、ラトナが教えてくれたやり方を学んで実践するたびに、新鮮な気持ちで冒険できた。
チームを組んで二週間経ったが、八階層はもちろんのこと、九階層でもピンチらしいピンチは無い。余裕を持ってモンスターを相手取れていた。
「今んとこらくしょーだね」
ラトナも同じ考えだった。気分良くダンジョンを歩くラトナを見て、今日の目標を達成できることに自信が出てきた。
「うん。この調子なら行けそうだ」
今日の目標はマイルスダンジョン十階層目の踏破、すなわち、中級冒険者になることだった。
中級冒険者になるには、下級ダンジョンを最下層まで踏破する必要がある。ダンジョンが狭すぎたり生息するモンスターの種類が少なかったりすると、踏破しても中級冒険者になることを認められないが、マイルスダンジョンはその例には当てはまらない。踏破すれば正式に中級冒険者になれる。
ここ二週間はそのために準備をしてきた。連携を細かく確認したり、装備の点検もして、十階層のモンスターの情報も集めた。準備万端と言える自信があった。
それに今日中に踏破出来れば、ベルク達やウィストよりも早く中級冒険者になることができるのだ。
今までは彼らの後塵を拝していたため、彼らよりも劣っているという意識があった。しかし今日でその劣等感を完全に払拭できると思えば、今まで以上にやる気が出てきていた。
是が非でも踏破したい。それはラトナも同じ気持ちのはずだ。
ラトナも早く仲間と合流したいと言っていた。今までの冒険でも積極的に働いていたので、その気持ちは十分に伝わっている。
僕だけじゃなくラトナのためにも、マイルスダンジョンを踏破したかった。
何事も無く九階層を進むと、十階層に続く道が現れた。壁に空いた穴を覗くと、その先は下り坂になっている。
一度、武器の状態を確認する。刃こぼれも無く、盾も壊れていない。ラトナもボウガンの状態を確認して、それが終わると大丈夫だと言わんばかりの表情で頷いた。
「じゃあ、行こう」
「オッケー」
一緒に下り坂を歩き始める。情報によると、十階層はそれほど広くはないらしい。最初こそ色んな脇道があるが、最深部間近になると一本道に戻るとのこと。
最深部は、以前僕が捕えられた馬鹿でかい空間だ。あのときはモンスターは見当たらなかったが、今回は居る可能性がある。
そんな十階層に生息するモンスターは、一癖あるものばかりだという話だ。周囲の壁に擬態したり、遠くから攻撃したり、天井を歩いたりする厄介なモンスターが多いらしい。倒すのが面倒だとも聞いた。
未知なるモンスターが居る場所。近づくにつれて喉が渇いていた。
ほどなくして坂が終わり、平坦な道が見える。今までの階層と同じように壁に松明が備えられているのを見て、少しだけ安心した。
周りに注意を向けながら道を進む。見たことのないモンスターがどこにいるのか分からないため、慎重にならざるを得ない。
「大丈夫だよ、ヴィッキー」
だがラトナは、いつもと同じように声を掛ける。
「何かあったらすぐにサポートするから」
僕と違って、ラトナの調子は変わらなかった。そう言えばチームを組んでからは、モンスターに不意を突かれてもラトナが守ってくれた。そのことを思い出すと、少しだけ力が抜けた。
「そうだった、ね」
力強いサポート役がいるのに、何を恐れているんだ。
きょろきょろと周りを見ず、前だけを見つめる。前方は僕が、周囲はラトナが注意する。それがいつもの役割だ。
松明に照らされた道を進み続けると、モンスターに遭遇することなく目的の場所に着いた。見覚えのある広い空間、マイルスダンジョンの最深部だ。以前と違い、壁には明かりが備えられている。
踏破したことをギルドに証明するには、奥にある墓の裏に備えられた石版に名前を刻む必要がある。後日、ダンジョン管理人のヒランさんが刻まれた名前を確認してから、ダンジョンを踏破したとみなされるようになっている。
墓の方に向かって真っすぐと歩く。見たところ、モンスターは居なさそうだった。
墓の下に着くと裏を覗く。いくつかの名前が書かれた石版が、墓に立てかけられている。僕とラトナの名前をここに刻めば目標達成だ。
僕はギルドから借りた道具を取り出した。石版に名前を刻むためのもので、刻石棒と言うらしい。木製の短い棒の先に、太い刃先の金属が付いている。
刻石棒を強く握って、名前を刻み始める。自分の名前に使われる文字は勉強していたので、それを思い出しながら名前を刻む。
そのとき、水が滴る音が耳に入った。
奇妙に感じて周りを見る。水源となるものは何一つない。にもかかわらず、水滴の落ちる音が聞こえた。ラトナも不思議そうに周りを見ているが、それらしきものは見当たらない。
気のせいかと思って視線を石版に戻す。しかしまた音が聞こえた。しかもすぐ近くだ。
不安になって石版を置き、武器を構える。
周囲を見渡していると、上から落ちる水滴が視界に入った。上を確認するが、何の変哲もない天井しかない。
いや、よく見ると可笑しなところがある。斬られたような傷跡が、天井よりも少し低いところに浮かんでいた。
「ラトナ、あの辺を撃って」
指差して場所を教えると、ラトナはボウガンを撃つ。矢が当たる直前にその傷跡が動き、同時にペタペタとした足音も聞こえた。
音を頼りに、モンスターの場所を探る。事前に集めた情報にあったモンスター、メカクレだ。姿を消しながら壁や天井に張り付く厄介なモンスターだ。好戦的な気質でないため手を出さない限り襲ってこないのだが、攻撃してしまったため戦闘は避けられないだろう。
走り回る足音が聞こえていたのだが、じきにそれは止んだ。足音と傷跡でおおよその場所は捉えていたが、居場所が分かるだけだ。モンスターの姿や構えは見えていない。動きが分からないため、勘に頼った攻撃をすると反撃される危険がある。迂闊に攻撃が出来ない状況だ。
しかしそれは、僕に限った話だ。
ラトナはメカクレの場所に向かって矢を放つ。メカクレは避けられずに矢が刺さった。メカクレの呻き声が聞こえた直後、ラトナは次の矢を放つ。メカクレは素早く動いてそれを避けた。
矢が身体に刺さっているため、耳に頼らずとも何処に移動しているのかが分かった。メカクレは壁や天井に張り付きながら移動するが、その動きが鈍くなっていくように見える。以前グロベアと敵対したときと同じように、痺れ毒を使ったのだろう。動き始めこそなかなか当たらなかったラトナの矢が、今ではほとんど当たっている。
メカクレの身体に何本もの矢が刺さると、天井に張り付いていたメカクレは地面に落ちた。攻撃しようと近づいているうちに、メカクレの姿が見えるようになっていた。
黒色の身体をしたメカクレは身体をピクリとも動かさない。触れてみたが何の反応も無い。死ぬことで風景に同化していた擬態能力も消えるのだろう。身体を観察すると、足裏に円形の突起が付いていた。これで壁や天井に張り付いていたみたいだ。
「大丈夫。死んでるよ」
「そっかそっか。これで一安心だね」
僕は胸を撫で下ろした。邪魔者がいなくなって、改めて目的を達成できる。
再び石版の下に着き、自分の名前を刻む。使い慣れていないため時間がかかったが、無事に刻み終えた。刻石棒をラトナに渡して名前を刻み始めた。
「……できたっ!」
ラトナは嬉しそうな声で報告する。僕も思わず嬉しくなる。
「マイルスダンジョン、踏破だ」
ウィストより先に踏破した。これが僕の大きな自信となった。




