7-6.追いつくために
レンとウィストの喧嘩が引き分けで終わったのを見届けた後、僕は冒険者ギルドに、ウィストは治療のため病院に向かった。胸を見たことを咎められなくてほっとしていた。
夕方に着いたこともあり、ギルドは騒がしかった。食堂で大勢の冒険者が食事をしている。そんななか、僕はクラノさんを探して食堂を見渡す。しかし、目当ての人物は見つからなかった。
「お疲れさーん。今日は成果無しかな?」
リーナさんの陽気な声が聞こえた。彼女は受付で書類を片付けている。仕事をしながら僕に話しかけるとは、相変わらず器用な人だ。
「そんなところです。また明日挑戦しますよ」
「そっかー。せっかく教えてもらったのにね」
「えぇ。ちょうどクラノさんを探してたんですけど、居ないみたいで……」
「たぶんもう少ししたら来ると思うよー。いつも夕食はここでとってるから」
そう聞いて僕は待つことにした。一人でテーブル席は使いにくいので、一人用のカウンター席に腰を下ろす。節約のため、料理は一番安いものを注文した。
「となり、いいかな?」
後ろから声を掛けられた。
僕より少し大きい身体、ぼさぼさした黒い髪で童顔の青年は、僕と近い時期に冒険者になった人だ。たしか名前は……。
「良いですよ、ヒュートさん」
そう答えると、ヒュートさんは嬉しそうな顔をして隣に座った。
彼は料理を注文すると僕に話しかける。
「で、あいつの言ったことは役に立ったの?」
探るような質問だった。あいつとは、僕が待っているクラノさんのことだろう。ヒュートさんが疑るのも無理はない。
クラノさんは僕をハイエナに仕立て上げた人物だ。そのせいで僕は冒険者達から陰口を叩かれたり、暴行も受けそうになった。
しかしベルク達のお陰で疑いが晴れると、今度はクラノさんが僕と同じ目に合うようになった。調べたところ、クラノは一緒にハイエナに仕立て上げようとしたノイズに乗せられて、本気で僕がハイエナをしていると思っていたそうだった。
このことを知っている者は多いはずなのだが、知らないとはいえ罪の無い冒険者を陥れようとしたことに対して、他の冒険者は厳しかった。クラノさんがギルド内にいるとき、彼に対する陰口が度々聞こえていた。
クラノさんはマイルスダンジョンの八階層に挑めるほどの腕を持っていた。その力と知識は他の下級冒険者よりも優れている。だから僕は今朝、八階層以下のモンスターについての情報をクラノさんに聞いていた。そのとき近くにヒュートさんが居たので、気にしていたのだろう。
ヒュートさんの質問に肯定したが、「本当に?」と追及してくる。
「本当ですよ。そのおかげでグルフ三体に襲われても対応できたんだから」
大きさや性格の情報は事前に入手していたが、実際に手を合わせた人の感想も聞きたかった。クラノさんから聞いた情報のおかげで、複数体のグルフと対峙したときの戦い方を見いだせた。
しかしヒュートさんは納得してなさそうな顔をしていた。
「けどあいつ、君を陥れようとした奴だよ? そんな奴の情報を信頼できるの? というか、そんな奴の話を聞きに行こうとする君の神経が分からないよ」
もっともな意見だ。陥れようとした相手に教えを乞うなんて行為、普段の僕ならしないだろう。
だけど僕は、ウィストやベルク達に追いつきたかったという想いが強かった。ウィストはもちろん、ベルクとも肩を並べるほどの力と実績を手に入れたい。彼らはすでに九階層に挑んでいる。追いつくためならそれくらいのリスクを覚悟する。そのためにも、クラノさんの知識は必要だった。
「みんなに追いつきたいからね。それくらいは覚悟の上だよ」
「……よく分かんないな」
ちょうど僕らの注文した料理が運ばれてくる。ヒュートさんはそれを食べ始めて会話を止めた。僕も料理を口にする。
食べ終えて待っていると、クラノさんがギルドに入って来る姿が見えた。クラノさんは僕と目が合うと、顎を使って僕を呼ぶ。僕が料理の代金を支払い終えると、クラノさんは空いていたテーブル席に座っていた。
僕はクラノさんが座っている方と反対側の席に座った。
「……これで最後だからな」
先にクラノさんがそう言った。朝、クラノさんからは八階層のモンスターについて教えられた。だから夜は九階層のモンスターについて教えてもらうつもりだった。
「十階層のモンスターは教えてくれないんですか?」
「十階層は俺も行かねぇから知らん。自分で見ろ」
というわけで九階層のモンスターについての情報を聞いた。事前に調べた情報と実体験を交えながら語ってくれるので、とてもためになる話だった。
クラノさんは一時間程かけて九階層のモンスターについて教えてくれると、席を立ちあがった。
「これでお前への借りは返した。あとは勝手にしろ」
僕は「食事しないんですか?」と聞いて引き留める。夕食をここでとっていると聞いていたのに食べない様子を見て不思議だった。
「雑音がうるさいからな。しばらくは別で食べる予定だ」
たしかに騒がしいが、これくらいはいつもの事のはずだ。
だがクラノさんの立場を考えてその意味を察した。
「すみません。そのことを考えてなくて……」
「別にいい。……あとお前、あいつらに追いつきたいと言ってたな?」
クラノさんには、僕が教えを乞うた理由を話していた。あいつらとはウィスト達の事だろう。
「はい。ウィスト達に追いついて、一緒に戦える冒険者になりたいんです」
「じゃあ、一つ忠告しといてやる」
その眼から真剣みが伝わった。
「無理な背伸びはやめておけ。気持ちだけで踏破できるほど、ダンジョンは甘いもんじゃねぇ」
そう言って、クラノさんはギルドから出て行った。
一方で僕は、クラノさんの言葉に疑問を抱いた。
言っていることは間違っていない。ダンジョンを踏破するには入念な準備と実力が必要だ。だから踏破するためにクラノさんから情報を得て、日々鍛錬をしている。
ダンジョンの踏破が難しいことは理解している。
だというのに、このタイミングで言うクラノさんの真意が、理解できなかった。




