外伝3.英雄の約束
マイルスの北西には、大きな霊園がある。多くの故人が眠る場所で、金さえ払えばたとえ遺骨が一つも無くても、形だけの墓を建てることができる。
ソランは霊園内の、ある墓の前に辿り着いた。何の変哲もない墓だが、ソランが形だけでもと思って作ったリュカの墓だった。
「なんだ。先に来てたのか」
墓の前にはヒランとアリスの姿があった。二人はソランに気付くと、ヒランは一瞥してから墓を掃除し続け、アリスは「よっ」と手を上げて返事をする。
「おせぇんだよ。相棒の墓参りくらい一番に来やがれ」
「うるせぇ。買い物が長引いたんだよ」
ソランは鞄から紙に包まれた丸い物体を取り出す。包装紙を剥がすと、中から丸い菓子が出てくる。リュカが好きだった饅頭という菓子だ。
菓子を取り出したと同時に、掃除を終わらせたヒランが立ち上がる。そしてヒランの鞄から見え隠れしていた花束を墓の前に置いた。続けてソランも墓の前にしゃがみ、買って来た饅頭を花束の横に置いた。
「毎度思うのですが、食べ物を置いても彼女は喜びませんよ」
「なんでだよ。あいつの好きなもんだぞ」
「食べれないからですよ。今頃、目の前にある好きな物を食べれないことに歯軋りしていることでしょう」
「……ありえるな」
今更ながら、饅頭を置いたのは失敗だったかもしれない。けど少し考えてから、やはりこのままが良いと思い直す。
「いや、俺をおいて勝手に逝ったあいつにはちょうどいい罰だ。むしろ悔しがりやがれ」
相棒を残して死ぬなんてひどいことをしたんだ。これくらいの報いは受けるが良い。
「鬼だな」
「はい。死人に追い打ちをかけるとは、鬼畜です」
「ほっとけ」
二人の小言を適当に返してから、ソランは立ち上がって踵を返す。同じタイミングで、二人も墓から離れ始める。
霊園を出たところで、ヒランが聞いて来た。
「そろそろ出て行くのですか?」
何のことを言っているのかは分かっている。
「あぁ。俺にできることは全部やった。もうこの街に留まる理由はない」
「そうですか……」
ヒランの声は、いつもより小さかった。
特級冒険者はいろいろと特権が与えられるが、相応の仕事をする必要がある。未開拓ダンジョンの調査とか、現地の冒険者では倒せないほどのモンスターを駆除したり、そういった危険な仕事を任され、様々な街に出向かないといけない。
だがソランはリュカとの約束を果たすために、マイルスに留まり続けた。表向きの理由として、まだマイルスの冒険者ギルドの運営が不安定であることを上げた。そのお蔭で、マイルスに拠点をおいて活動することができた。
とはいったものの、やはり限度というものがある。特級冒険者をいつまでも一つの都市に留まらせると、他の都市の冒険者達に負担をかける。だからソランは、ある程度の戦力が整い、懸念事項が解消するまでいることにしていた。
それが解消されたのが、つい先日だった。
「フェイルとの問題も解消して、グーマンが上級冒険者になって帰ってきたんだ。他の冒険者も実力をつけてきたし、ギルドの運営も上手くいってる。つまり、俺がここにいられる理由はないんだよ」
「無理言ったらいけるんじゃね? 伊達に《マイルスの英雄》って呼ばれてないだろ」
「理由も無いのに居続けたら今度はお前らの立場が危うくなる。まともな仕事が出来てないから、俺が残ってるんじゃないのかってな」
「ほー。そんなこと考えてんだな」
「ったりめぇだ。この数年でモンスターの殺し方以外も学んだんだよ。それに―――」
ソランはリュカの墓の方に視線を向ける。
「俺が居なくても大丈夫な街にする。それがあいつとの約束を守る一番の方法だと思ったからな」
どんなに強くても一人だけでは生きていられない。それはリュカが教えてくれたことだった。
たとえソランがマイルスに居続けても、いつまでも守り続けられない。ならばソランが居なくても守れる組織を作る必要があった。
組織の利点は、一人だけではなく大人数で動けることと、役目を後世に継げられることだ。だからソランは、ヒランやアリスと協力して、冒険者ギルドという組織を発展させた。
その成果が、やっと実った。
「今じゃ死亡する冒険者数は、最少人数を更新し続けている。街の冒険者への評判も良くなってるし、支援者達も増えた。どこに行っても自慢できるほどだ」
そしてこれは、ソランの役割を果たせたことを意味していた。
「だから今から別の都市に向かう。そこで俺を待ってる奴等がいるからな」
「もう行くのか?」
「おう。早く行けってせっつかれてな。ま、暇になったらまたこっちに来るさ」
ソランは足を門の方に向かって動かした。
「待ってください」
出て行こうとしたソランの背中に、ヒランが声を掛ける。
「なんだ? 別れの挨拶か? またいつか戻ってくるんだからしなくてもいいぞ」
「いえ。一つお願いがあるので、それを聞いてもらいたいだけです」
意外な言葉に身構えてしまう。仕事を頼まれることは幾度とあったが、個人的に頼まれごとを受けるのは久しぶりだった。緊張すると同時にわくわくもしていた。
ヒランはソランを真っ直ぐと見つめ、それを口にした。
「帰ってきたら、冒険をしましょう」
「……冒険?」
「はい。今思えば、最近はあなたと冒険をしていなかった気がしたので」
拍子抜けするような願いに肩を落とした。緊張して損した気分だ。
「良いぜ、そんくらい。帰ってきて時間が合えばな」
「それならオレも行くぜ。またこいつと狩り勝負したいしな」
ここぞとばかり、アリスも参加してくる。
「あぁ、やろう。また俺が勝つだろうけどな」
「ほう、言ったな。負けたときになんて言うのか楽しみだぜ」
「そりゃこっちのセリフだ」
「相変わらずですね。あなた達は」
ヒランが溜め息混じりに言葉を吐く。しかし、口端が上がっているのを見逃さなかった。
だが、そうなるヒランの気持ちは理解できた。
歳をとっても、立場が変わっても、変わらないものを確認できたからだ。
「仕方がねぇよ」
ソランも昔を懐かしみながら言った。
「俺達は冒険者なんだからな」




