外伝2.青年の未来
「面会だ。出て来い」
牢屋の外にいる男が、囚人に声を掛ける。その物言いは命令的で、侮蔑の意思を感じられるものだ。
だが、それも当然である。
自分より下の者に対しては、誰しも強気になれる。この刑務官の男もそうだ。出会ったときから口調だけではなく、眼からも見下すような視線を、囚人は感じ取っていた。
囚人は反抗することも無く牢屋を出る。刑務官の前を歩き、言われるがままに道を進む。
間もなくしてドアを見つけた。「入れ」と刑務官に言われて、ドアを開けて入った。
部屋の中は殺風景な小さい部屋だ。部屋の中央に小さなテーブルと向かい合うように椅子が並べられていた。さらに部屋の隅にも机と椅子があり、そこにはもう一人の刑務官が座っている。
そしてテーブルの向こう側の椅子に、よく知った人物が座っていた。
「久しぶりね。フェイル」
ララックがいつもの艶らしい笑みを向けていた。大人の女性が持つ、独特の色気を感じられる。以前会ったのは半年ほど前だが、あのころよりもさらに大人びた気がする。
「あぁ、久しぶりだね。こんなところで会うとは思わなかったよ」
「あらそうだったの。いつかはこんな形で会う日が来ると思っていたわ」
「君はいつもそうだ。何でも知っているような口ぶりで、それが苦手なんだよ」
「私も、あなたの演技臭い振る舞いが苦手よ」
「なるほど。気が合うね」
「ほんと、いつまで経っても変わらないわね」
それがフェイルのことか、ララック自身のことを言っているのか分からなかった。
マーニャが死んでから約五年が経っている。ララックは冒険者から商人に、フェイルは犯罪者になった。しかし、お互いの中身、性格的な部分が変わっているのかが分からない。もしかしたらマーニャが死んでから変わっていないのかもしれない。
フェイルは溜め息を吐き、ララックの目を見つめた。
「それで、何の用かな」
ララックを見ていると嫌でも昔の事が頭にちらつく。ララックとマーニャと一緒に冒険をしていた頃は楽しかったが、今では思い出したくはないことだ。早く面会を終わらせて帰って欲しかった。
ララックは懐から一枚の封筒を取り出した。土や水で汚れた古そうな封筒にはフェイルの名前が書かれている。
その筆跡は見覚えがあった。
「マーニャの手紙を渡しに来たの」
絶句するとは今の状態の事なのだろう。
「何で今頃」とか「本物なのか」とか聞きたいことが山ほど湧き出てくるが、あまりの唐突な出来事に、フェイルは何も言えなかった。
「ヴィック君が見つけてくれたの。彼女の遺体と荷物を、ね。そのなかに私とあなた宛ての手紙があったのよ」
五年前、フェイルは怪我が治った後にマーニャを探した。しかし突然増えた凶悪なモンスターのせいで捜索が進まず、またマーニャと別れた場所の近くにはいなかったため、マーニャを見つけることは出来なかった。
だけどヴィックが見つけたということは、彼を落とした穴の先、その近くにいたのだろう。
「とんだ間抜けじゃないか、僕は」
探しているときには見つからず、諦めたときに見つかるなんて、冒険者の頃と変わらないな。
自嘲したフェイルはララックが持つ封筒を受け取った。
正直、手紙の内容を読むのが怖かった。死に怯える心情が書かれているのか、仲間だけが助かることを恨んだ言葉が書き連なっているのか、そんな事が書かれているかもしれないと思うと、たとえ仲間の手紙でも読みたくはなかった。
普段から明るくて愛くるしい彼女がそんなことを書き残さないとは思う。しかし、腹の中では何を考えているのか、いつまで経っても分からなかった。だから最後の最後に、この手紙に胸の内を吐露されるのではないのか。そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。
けど、それならそれで仕方がない。
マーニャを助けられなかったことは事実だ。仲間なのに見殺しにしてしまった。その責任は取らなくてはならない。この手紙を読むことで、それができる。
フェイルは覚悟を決めて封筒の中から手紙を取り出し、読み始めた。
『おはよう、こんにちは、こんばんはー。いつ読んでるのか分かんないから、とりあえず全部書いといたよん。
死ぬ間際に書いた手紙がこんなテンションで始まってびっくりした? マーニャはいつでもぶれないってことを忘れちゃだーめ。
さて、こんな手紙を書いた理由だけど、やっぱ心残りがいろいろあるんだよねー。
もっと冒険したかったし、美味しい物食べたかったし、遊びたかったし、皆と一緒にいたかった。
そんな後悔をここに書き残し……ません!
引っかかったでしょ? ぶれないっていったじゃーん。
んじゃ、ふざけすぎると怒りそうだからそろそろ真面目に書くね。
実際、心残りはあるよ。けどそんなことはここには書きません。だってマーニャらしくないからね。
マーニャはいつでも前向きな明るい冒険者だから、そんな後ろ向きな手紙を残したくないのだ。
だからこの手紙には、フェイルがこれからの人生を楽しく送るためのアドバイスを書くことにするね。命が尽きる寸前の手紙だから、やるかどうかは別にしても、ちゃんと読んでおくように! でないと化けて出るから!
まずひとーつ、本音を話せる相手を探しなさい。
フェイルはいつも演技臭い話し方だから、何か隠してるんじゃないかって思うんだよねー。マーニャとララックが女だからってのもあるけど、はっちゃけられる相手を探した方が良いよ。愚痴を言うだけでも気が楽になるからね。
ふたーつ、たまには馬鹿になりなさい。
いつも後先を考えてて、それは良いことなんだけど、時々は何も考えずに遊んだほうが良いと思うよ。明らかに食べきれないほどの料理を注文するとか、何の目的も無く冒険するとかね。ストレス発散になるからオススメだよ。
みーっつ、コミュニケーションをちゃんと取りなさい。
いつもマーニャとララックに交渉を任せてるけど、これからはそうもいかなくなるでしょ。だからこれからは自分から相手に話しかけること。苦手かもしれないけど、いままでのマーニャ達との経験があれば大丈夫だから勇気を持って話しなさい!
そして最後。
たぶんフェイルは、マーニャが死んだことをすっごく悲しむと思うんだ。ま、好きな相手が死んだら悲しむよねー(ばれてないと思った? 残念!)。
で、さんざん悲しんだ後に、たぶん周りのものに八つ当たりするんじゃないかなーって思うんだ。襲って来たモンスターとか、助けてくれない冒険者とか、サポートが足りないギルドにとか。これは外れて欲しい予想なんだけどね。
けどね、マーニャが死ぬのは仕方がないことなんだよ。
冒険者は常に危険が隣り合わせの仕事なの。冒険が楽しくて、マーニャはそれを忘れてたの。だから死んじゃうことになったんだ。
つまり、慢心しちゃったことが原因で死ぬの。マーニャが死ぬのは自分の責任なの。
だから恨まないで。
応援してくれたギルド。競い合う一方で、時には一緒にモンスターを倒すために協力した冒険者。今では生活に欠かせない存在となったモンスター。みんな必要なものだから、恨んで壊そうとしたらダメ。
今までと同じように冒険を楽しむこと。それが最後のアドバイスだ!
というわけで、マーニャからのアドバイスでしたー。書けるスペースも少なくなったから、最後に一言だけ書いとくね。
今まで、一緒に冒険してくれてありがとう。楽しかったよ。
あなたが愛したマーニャより』
フェイルは手紙を二度読み直してから、手紙から手を離してテーブルに置いた。緊張しながら読んでいたが、緊張感のないマーニャの手紙の内容に呆れていた。
「馬鹿でしょ……」
死ぬ間際だというのに、自分の事ではなく他人の心配をした手紙を書くなんて。普段から予測できない行動をよくしていたが、最後までそれを貫くなんて想定外だ。
最後くらい、マーニャの知らない一面を知れると思っていたのに。
「けどマーニャらしいわね」
ララックは苦笑する。フェイルの態度を見て、どんな内容なのか察しがついたのだろう。
「ほんとだよ。僕の事もよく分かっているしね」
マーニャの予想通り、フェイルは八つ当たりをしていた。ギルドに、冒険者に、モンスターに怒りをぶつけ、そして最後に逮捕された。フェイルがこうなることを考えて、マーニャは手紙を書いたのかもしれない。手紙が早く見つかっていれば、フェイルはこうはならなかっただろう。
だけど、今からでも遅くはないかもしれない。
「ララックは、これからどうするんだい?」
ララックにも手紙は渡っている。それを読んだララックがどういう行動を取るのか興味があった。
「変わらないわ。いつもどおり商品を売って、お金を稼ぐ。そしていずれは冒険者のための店を作って、彼らを助けるのよ」
「その店は、前科者も利用できるのかい?」
ララックはくすりと笑った。
「もちろんよ。胡散臭い笑顔をした演技臭い口調の前科者も、不自由なく利用できるわ」
「そうか。それは良いことを聞いた」
フェイルは勢いよく椅子から立ち上がり、ララックの横に移動した。そしてララックの顔を見下ろし、彼女と目を合わせた。
「ならば僕は、もう一度冒険者になろう。いつここから出られるのかは分からないけど、出るために尽力しよう」
「……あなたは一度冒険者を辞め、冒険者の敵になったのでしょ? そんなあなたが、なんで冒険者に戻るのかしら?」
フェイルは口角を上げながら、心の内を晒した。
「僕の愛しい人達が、それを願ったからさ」
フェイルが愛する二人は、フェイルが冒険者を続けることを願っていた。マーニャは手紙でそれを伝え、ララックは会うたびにフェイルを気遣ってくれた。
フェイルは自分の思うがままに行動し、その結果、捕まってしまった。しかし冒険者でいた頃は、彼女達の支えと助言のお蔭で楽しい人生を送れていたのだ。
ならば初心に帰り、もう一度やり直してみようじゃないか。
「マーニャの想いとララックの支えがあれば、きっとやり直せる。だから、それまで待ってくれるかい?」
フェイルはしゃがみ込んで、ララックの手を握る。ララックは動じないまま、艶めいた唇を動かした。
「そんなの、決まってるでしょ」
少女らしい笑みを浮かべて、ララックは答えた。
「好きな人のためなら、ね」




