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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
終章

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外伝1-1.少女の恋の行方

 ダンジョンから帰って来た冒険者達は、ギルドに併設された食堂で料理と酒を飲み食いしていた。彼らは仲間と笑い合い、楽しみながら食事をしていて、その光景を見るのがフィネは好きだった。無事にダンジョンから帰って来れたことが嬉しかったからだ。


 書類の束を片付けた後、フィネは配膳の手伝いをする。最初の頃は何度もこけて料理をおじゃんにしたこともあったが、二年経つとそんなことはしなくなった。

 料理を指定されたテーブルに運ぶと、そこは二人の友人が座っている席だった。しかし、他の冒険者達が食事を楽しんでいるのに対し、彼らはテーブルに顔を突っ伏したまま動かなくなっていた。


「大丈夫ですか?」


 フィネの声に反応し、二人は顔を上げた。ヴィックとラトナ、二人の顔には疲労の色が溜まっているのが明らかだった。


「うん……なんとか……」

「あ、ヴィッキー。ご飯来たよ。早く食べないと……」

「そだね……明日にそなえて食べないと……」


 生気のない声で二人は話す。フィネは料理をテーブルに置くが、二人はいっこうに料理を口にしない。それどころか手すら動かさなかった。


「あの、どうしたんですか? 冷めちゃいますよ」

「食べたいのはやまやまなんだけどねー……」

「……腕を動かす体力すらないんだよ……」

「ここに来るまでに体力を使いきっちゃったーって感じぃー」


 二人の乾いた声が、事態の深刻さを示していた。ここまで疲労するとは、アリスの仕事を手伝い始めたとき以来だった。


 ヴィックとラトナがアリスの仕事の手伝いをし始めてから、そろそろ二年になる。最初の頃は毎日ぼろぼろで帰って来て、一日経っても街に戻らないこともあった。大変な仕事を手伝っているということは知っていたが、毎回怪我をしていたので心が休まる日は無かった。

 しかし半年ほど経つと慣れてきたのか、ギルドに帰ってきてから話をする余裕ができ、今では仕事後に一緒に食事をするほどだった。しかも最近、グーマンが帰ってきたということもあり、二人の仕事は楽になっているはずだった。


「今日は、そんなに大変だったのですか?」


 フィネの質問に対し、二人は表情を変えないまま答えた。


「うん。グーマンさんが帰ってきて調査を一緒にしたんだよ。そしたら師匠が『じゃあ今日でこの階層を全部調べ終えるか』って言いやがったんだよ。僕とラトナは十階層に来たばっかりなのに……殺してやりたいと思ったよ」

「久々に死にかけたし、まじさいあくーっていう感じぃー」


 アリスに対する愚痴が始まった。二年前では考えられない光景である。この二年で二人の性格も変わってしまった。

 しかしフィネは、変わってしまった二人の事は嫌いではなかった。特にヴィックは人間臭くなって、この方が良かったのではないかと思っている。


 昔のヴィックは愚痴を言うことが無かった。陰口も聞いたことが無い。悪口を言わないのは良いことなのかもしれないが、一方でストレスを溜め込んでいないか心配だった。それが原因で、フェイルに騙される展開になったのだから。

 だが今のヴィックを見たところ、そんな兆候は見られない。愚痴を吐くことで適度にストレスを発散し、共に苦しみを分かち合えるラトナがいることでストレスに耐えられるのだろう。


 もし一人だったらこうはいかないはずだ。フィネは二人を一緒にさせてくれたアリスに、内心感謝していた。アリスが嫌いな二人には決して言わないが。


「そんなことよりフィネ。ちょっと時間ある?」


 愚痴を言ったお蔭か、ヴィックの顔色が少しだけ良くなっていた。


「少しなら大丈夫だよ。なに?」

「ご飯を食べるの手伝ってほしいんだ。僕、まだ腕を動かせないから」

「手伝う?」


 テーブルには既に料理が置かれており、スプーンやフォークもある。他に何か用意すればいいのかな?


「なにすればいいの?」

「食べさせてくれない? こう、スプーンで一口分だけ取って、口に運んでさ」

「……はい?」


 この人は何を言っているんだ? 今の説明だとまるで……。


「ヴィッキーは、あーんさせてって言ってるんよー」


 あ、あーんって、あの?! 恋人同士でお互いの口に料理を入れ合う、あの行為を!

 驚きの余り、声が出なかった。そんなカップルみたいなことを、冒険者とギルド職員がいるこの場で、ラトナという友人の目の前で、自分の職場で、やれるわけがない。


 そりゃやってみたい気持ちはある。ヴィックの口にスプーンで掬い取った料理を運び、それを食べておいしそうに顔をほころばせる様子を見て、幸せな気分に浸りたい。けどそれはプライベートでならの話で、仕事中にそんなことはできない。


 断ることを伝えようとして、ヴィックの顔を見ると、


「あ、忙しいのなら別にいいけど……」


 申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。胸がチクリと痛んだ。フィネはもう一度、考え直すことにした。


 落ち着こう。むしろこれはチャンスなんじゃないのか。ヴィックにフィネを意識させるための切っ掛けになるかもしれない。

 フィネはヴィックの事が好きだ。しかしヴィックがフィネの事を好きなのかは分からないうえ、競争相手もいる。ウィストとラトナだ。

 ウィストはヴィックの目標だ。今のヴィックは、ウィストを女性としてではなく冒険者として見ているが、それがいつまでも変わらない保証はない。ウィストもヴィックの事を冒険者として見ているけど、同じ理由で油断はできない。

 ラトナも要注意だ。一時期はヴィックに猛アプローチしていたし、この二年間、ヴィックと苦労を共にした相方だ。ラトナがヴィックを見る眼も、上手く言えないが他の冒険者に向けるものとは違っている。現在、一番競争相手として強力なのは彼女である。

 しかも二人はフィネよりも女性らしいスタイルだ。ラトナはフィネと歳が近いのにもかかわらず、比べることすらおこがましいほどの艶やかな身体つきだ。何を食べたらそうなれるのか、ひと月分の稼ぎを対価にしてでも聞きたいほどだ。ウィストもラトナほどじゃないが良いスタイルをしている。健康的な引き締まった身体で、足が綺麗だ。しなやかで程よい肉付き、冒険者らしい足であった。脚フェチのヴィック(よく女性の足を見ているので察した)が会うたびに盗み見するほどだ。二年間ウィストと会ってないが、もしかしたらより綺麗になっているかもしれない。

 対してフィネはちんちくりんだ。同年代では貧相な部類のスタイルで、見た目で異性を引き寄せる点が無い。つまり、見た目の時点で二人に後れを取っているのだ。ヴィックが人を外見で判断する人間でないことは承知しているが、異性として付き合うのならばその点はマイナスになる可能性がある。

 だからここで「あーん」をして、フィネを異性として意識させれば、二人よりも一歩先に進めるかもしれない。それにギルド職員は、冒険者の身の保障を案じなければならない。そう考えれば、「あーん」をするのも悪いことではないのかもしれない。むしろすべきことではないのか? そう、決してフィネがしたいのではなく、必要だからすることなのだ。


 決心したフィネは、ヴィックの前に置かれたスプーンを取った。


「だ、大丈夫だよヴィック。いま、してあげるから!」


 心臓の鼓動が早くなっている。顔からも熱が感じられた。気にすることではない。これはギルド職員として必要な業務だ。決して恋人同士がするアレではない。いや、二人よりも先に進むのならば、アレの方が良いのか? 

 ダメだ。考えるのは無しだ。やろう。すぐにやろう。やってしまえば、何か変わるはずだ。

 フィネはスプーンで料理を掬い取り、ヴィックの方に向けた。


「は、はい! あーん……」


 緊張で、心臓の音が大きくなる。破裂しそうなほど動いている。早く、早く食べて!


 しかしヴィックは顔を下に向けて、食べようとしなかった。意地悪をしているのかと思い涙目になりかけたが、冒険者達が騒ぐ雑音の中から、小さな音が聞こえた。


「ずー……」


 ヴィックの寝息だった。顔を覗くと、瞼を下ろし、口をしっかりと閉じている。完全に寝入っていた。


 フィネの熱は平熱以下に下がり、激しく鼓動していた心臓も、あっという間に静かになった。


「今日は大変だったからねぇ。疲れちゃったんだよ」


 ラトナは震える腕をゆっくりと動かして、料理を口に運んでいた。


「食事中に寝ちゃうほど、なんですね」


 フィネは冷え切った感情と一緒に息を吐いた。


「うん。うちら、来週にはエルガルドに行っちゃうからね。今のうちに調査、進めたかったんだと思うよ」

「そう……え? 来週?」


 フィネの驚きの声に、ラトナは「うん」と平然と返す。


「待ちに待ったグーマンさんが帰ってきたし、ギルドからも許しが出たからね。あたしもみんなと会いたいし、ヴィッキーもウィズと一緒に冒険したいから、なるべく早い方が良いって」

「そ、そうなんですか……」

「だからねフィー」


 ラトナしか使わないフィネの愛称を言いながら、優しげな笑みを浮かべた。


「告るなら早い方が良いよん」


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